馬車の中で/老夫婦

 あるとき、少女は乗合馬車の中にいました。


​ 心優しい老夫婦が、一人きりで道を歩く少女を見かねて、声をかけてくれたのでした。


​ 馬車の幌の中、膝を抱えて座る少女の横には、当然のように棺桶が置かれています。


「​ねぇあなた? お母さんとお父さんは一緒じゃないの?」


 老婦人は少女に優しく尋ねました。少女は首を振ります。


「​いないわ。パパもママも。天国に行っちゃった」

「​まぁ……​」


 ​婦人の顔が曇りました。


「​ごめんなさい。辛いこと、思い出させちゃったかしら?」


 少女は首を振ります。


「​ううん、平気」

「​お嬢さんは、どこまで行くんだね?」


 穏やかな口調で今度は老紳士が聞きました。少女は目的地を言います。


「​ほぅ、ずいぶん遠いところに行くんだね?」


 老夫婦は目を丸くしています。


「​これを届けなくちゃいけないから」


​ 少女は馬車の揺れに合わせて震える棺桶に、小さな手を添えて言いました。


「​そう……。​大事なものなの?」​


 少女は頷きます。


「​その、何が入っているのか、聞いてもいいかしら?」

​「こらこら、あまり根掘り葉掘り聞くものじゃないよ。疲れてしまうだろう。少し休ませてあげなさい」


​ さらに質問を重ねる老婦人を、老紳士が窘めました。老婦人は口元に手を当てて、恥ずかしそうに笑います。


「​あらあら、ごめんなさい。私ったら気がきかなくて」

「​ううん、いいの」


​ ちょうど少女と老夫婦が話し終えたとき、がたがたと揺れていた馬車がゆっくりと止まりました。町に着いたのです。


「​乗せてくれてありがとう」


​ お礼を言って馬車を降りた少女に、老婦人は言いました。


「​一人で大丈夫? 良かったら、私たちと一緒に行かない?」


 少女は首を振ります。


「​大丈夫よ。だってわたし、一人じゃないもの」


​ がらがらと車輪を鳴らし、少女はまた歩き出しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る