第5話 何で今まで……
姉が出ていくのを見送った後、部屋を仕切るカーテンを開ける。
母は、大好きな「戦慄!心霊写真特集」のビデオをつけたまま、リクライニングソファで眠っていた。漆塗りの、黒いおぼんには、ホッピーの瓶が2本並んでいる。明滅する光のもと、眉毛の無い丸い顔を見ながら私は、思った。
「長生きしてよ」と。
朝7時。母の姿は無かった。病院の清掃は、早朝から始まる。何となく胸騒ぎがして、私は久々に、職場の母を訪ねる事にした。寝起きでぼんやりした頭を覚ますために、コンビニに寄る。
化粧もせずに出てきたことを悔やむ。病院の救急の入り口近くの、警備員室の前のATMで、清掃員の制服を着た、母と同じような年代の男性を見つけた。
「すいません、大島夏美……母を探しているのですが。今、どの辺にいますかね」
私を見る男性の顔が、強張った。
「はあ? 夏美さん? あんた、娘さんか。ええ? 夏美さんなあ、待機所にいるで」
「休憩中なんですか? だって今……忙しい時間帯だと思うんですけど」
コーヒーが入った、小さなレジ袋を持つ手に力が入った。
「……。待機所に行ってみなはれ。うらは、もう行くさけ」
「はい……ありがとうございました」
病院内にある、清掃会社の待機所を訪ねた私は、そこで、母を見た。白いタオルを畳んでいる母。どう見ても、仕事をしているようには見えなかった。
「おかん、何してるの?」
「ああ? 絵美か。どうした、何かあったんか」
「おかんこそ……コーヒー飲む?」
「あら、ありがとう。いただくわ。ほら、早瀬さんも」
煙草を吸っている女性、早瀬さんは、コーヒを母から受け取ると
「大島さんな、クビになったのに、毎日来るんやで。娘さん、知らんかったんか」
と言いながら、コーヒーを私に寄こした。
「すいません……。お母さん、一緒に帰るで」
私は、喉が詰まったようになって、それだけ言うのがやっとだった。
「ええー、お母さん仕事中やで」
「大島さん、今日は、もうおしまいだから、大丈夫よ」
「そう? じゃあ、若いもんに任せようかな。もう、クタクタやでな、わて。七十二にもなると」
「お疲れ様ですー」
早瀬さんが、私にだけ聞こえるように
「大島さん、物忘れ外来、行ってみた方がいいよ」
そう耳打ちすると
「あー、忙しい! 人が足らんのに、会社は新しい人入れんのや。こっちかってあっちこっちガタガタやわ!」
清掃用具のワゴンを押しながら、去っていった。
私は、早瀬さんにかける言葉も無くただ居心地が悪くて、俯いた。
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