第4話 クレイジーな女友達
だるい。とにかくだるい。深夜の国道沿いを歩いてたら、汗が止まらない。ストッキングが気持ち悪くて、ゲーセンの駐車場ではぎ取る。足の裏から伝わる温もりと痛み。雨の臭いがすると思ってたら、案の定降ってきた。何でこんなことになったのか……考えたくもない。携帯をブラウスで拭いて、着信履歴から電話する。
「やっちゃん、迎えに来て」
「……どーしたんや。飲み会やろ」
「食事会。帰るって言って出てきた」
「ふーん」
「今、8号線歩いてる」
「どの辺や」
「100万ドルあたり」
「新しく出来たパチ屋やな。そのまま歩いてれ」
「了解」
歌わないとやってられない。歩き慣れないミュールのせいで、小指が限界。昨日塗ったペディキュアはよく見たら、中指を塗り忘れてる。前方から来た、見慣れたダイハツの赤い軽が、植え込みが途切れた部分の、歩道ギリギリで止まった。短いクラクションが鳴って、ハザードランプが点滅する。助手席の窓が開き
「エミ」
ヤスヨの声。
「やっちゃん、ごめん、汚いんやけど、うち」
「いいから乗んな」
ヤスヨの細眉に、なぜか安心して涙が出た。車内は相変わらずココナッツの匂いだ。18の頃から変わんない。途中、柑橘系に変わったりしたけど。
「ちょっと走るか」
「うん」
「アユはやべーから、気志團にするわ」
「何でもいいわ」
「とし上ーの人、ビーナス♪」
「やめろ」
こいつは私の黒歴史にいちいちぶっ込んでくる。だけど、今はそれがありがたい。さっきまでの私は……
「ねえ、あれやろ。バツイチのシンママ」
「何で分かるんや」
「あいつ、性格悪いんや」
「……男らは秦さんの事好きそうやったけど」
「看護師で~、見た目が華奢で~、すぐ泣く苦労人のビッチ。おまけに子持ちの貧乏クソババア」
「泣く女はみんな性格悪い」
「そうそう。そして男は、助けてやらにゃと騙される」
「あんたもやんけ」
「うちは好きな人の前でしか泣かんし」
「惚れやすいんやろ」
「まあそうやな。ほやけど、アイツはヤバい。一回大げんかになったわ」
「やっちゃん誰とでも喧嘩するよな」
「喧嘩上等、店、出禁にしたった」
One Night Carnivalの音量を上げて、アクセルを強く踏むヤスヨ。だめだ、今日は徹夜か。
「もうすーぐ海がー見えーる~」
「海かよ」
「嫌なのかよ」
「砂浜がいい」
「あのさ、エミ。旦那が出て行ったわ」
「はあ?」
「あいつ、バイト先の女と家借りて出てった」
「あー」
「何かさ、17で出来婚してさ、子供成人したやん。もうさ、ええわと思ってさ」
「ろくでなしやったもんな」
「新彼女、18やってさ。彼女が15ん時からやって。死ねって感じ」
「あいつ、重度のロリコンやもんな。死なな治らんやろ。どんだけやって話やで、その前のは確か14やったっけ」
「犯罪者おらんよなって清々したわ。あいつ、浮気性の割に嫉妬深かったしな。うちの前の職場の上司殴ったりさ……正直今、久々に気分いいで」
「良かったな」
ヤスヨの顔は、結婚生活の気苦労でまだ険があるけど、私が好きだった頃のヤスヨに戻ってた。喧嘩っ早くて、どんなバカな奴にも優しかった。そういや今日は、私に説教しないな。
「エミの姉ちゃんと、鶴姫の湯でこの間会ったんやけどさ」
「ああ、好きやもんな、温泉」
「あんたと後ろ姿そっくりやったで」
「……」
「あの人、いい人やな。うちがゆっくりお風呂入れるようにって、子供見てくれたりしたんやで、昔」
「介護職はおせっかいなんや」
「おせっかいも、うちにはかなり助かったで。一人で子供見るの大変やったもん」
「そうやな」
「研修、あと3回やろ。がんばりや」
「母親かよ」
「マジで言ってんやで。これで諦めたら、正直あんた、また引きこもりやで」
「まあそうやな。ほやけど、いきなり機嫌悪くなって帰った女、もう誰も相手にせんやろ。辛いわ」
「ええやん、あのクソビッチのドブネズミのために、あんたが消える事無いんや」
「何か、話が変な方向行ってないか。やっちゃん、興奮し過ぎとちゃうか」
「あのくそったれのゴミ溜め女に群がる蠅野郎なんか、お呼びで無いんや」
「やめて、長さんの事まで悪く言うの。あの人は育ちがいいから」
「お坊ちゃまなんか脳みそカリフラワー以下やで。スッカスカやで、人間観る目無いで、苦労知らずのアスパラや」
「もうええ。話題代えよう」
「ええはずあるか、ち〇こなんか代わりはいくらでもあるで、諦めんでええんや!」
「汚い話せんといて!」
私たちは、怒鳴り合った後、大笑いした。真夜中の海は、真っ暗だった。
明け方帰ると、姉がくたびれた表情で、ご飯を食べていた。
「姉ちゃん、どうしたんや朝早くに」
「あんたこそどこ行ってたんや。まあ、独身やしええけどな。おかん、最近どうやった」
「どうって、何が」
「皆で探し回ってたんや、買い物行ったおかんが帰って来んから」
「はあ」
「まあええ、わては今から仕事やし。帰ったらゆっくり話すわ」
「うん」
ぼんやりと姉の背を見ながら私は、訳も分からないでいるしかなかった。
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