第2話 底辺じゃない、これが中流の生活!
「エミちゃん、居るかー」
私は、開けっ放しの窓からのぞき込む、一個下の元ヤン、ヤスヨを見た。金髪の生え際が、プリンになっている。美容師なのにズボラな奴だ。
「なんや、うち今寝てるんやで」
「いつも寝てるな、仕事辞めたんか」
「今日は休みや」
「ふーん、いつも休みやな。そんな事よりな、いい仕事あるんやで」
「あんたが紹介する仕事はロクでもないのばっかりや」
「何やの、エミちゃんが喫茶店の仕事急に辞めるさけ、うち、あの店行けんようなってもたわ」
「ママがヤクザの情婦なんて、知らんかったわ」
「……うちも知らんかったんや。でな、今度の仕事は堅いで。刑務所の清掃や」
「刑務所って。嫌やわ」
「ボケてる囚人の汚れたのを、掃除するだけや。危なくないで」
「あんたがやったらええやん」
「美容室辞めれんしなー、店新しくしたばっかやし」
「まあなあ、やっちゃんのおじいちゃんの田んぼ潰して建てた店やしなー。そう言えば、車もおじいちゃんが買ってくれたんやしな、やっちゃんは楽や、羨ましいわ。わても金持ちのおじいちゃん欲しい」
「ほやから仕事紹介してるやんけ、エミちゃんはそうやっていっつも羨ましがってばっかりで、感謝するっちゅうことをせんから彼氏もおらんし結婚もできんのや。うちらもう38やで、産むタイムリミット過ぎてるわ、マジな話」
「もうええ、あんたと喧嘩するのもう飽きたんや。蚊の飛ぶ音の方がウザくないわ。彼氏おらんのは、飲み会でやっちゃんが男全部取ってまうからやろ。あんたといるとろくな事ないわ」
「またそうやって人を妬む。そういう心が、悪いものを引き寄せるんやで。仏さまに生かされてる事に感謝やで」
「あんたとこの宗教の話はうんざりや。ほんなら、何であんたの旦那は働かんとパチンコ行ってるんや。毎日感謝してれば、いいのが引き寄せられるんとちゃうんけ。話にならんのや、何でも心の問題にするのは悪い癖やで。とにかくわては、やっちゃんの話は信じんでな」
「頑固やなー。あんたみたいな頑固な女、男が逃げるわー」
「役立たずの男といるよりは、おらん方がましや」
「きつい性格やー、とにかくそういう事やでな。考えといて」
「期待せんといてや」
私は、ヤスヨがまだしつこくこちらを見ているので、その鼻先で窓をピシャリと閉めた。夕方になっても外は暑く、風呂上がりのビールを楽しむためにクーラーをつけた。「働かん奴は昼間からクーラーつけたらあかん」と母が怒るので、私はこうして毎日、サウナのような部屋で汗をかいている。だが、いっこうに痩せないのだ。
風呂上がり、ビール片手にテレビをつけた。イカフライ煎餅がまだあったはずだ。お腹空いたから、とりあえずお茶漬け。
「火星の最新情報!今夜、公開される真実!」というアナウンサーの暗い声とともに、穂積こと「ほずみっちー」の黒光りした顔が、不敵な表情で現れた。
「テレビ局の悪意を感じるわ」
私は、シャケ茶漬けをかき込みながら呟き、思い切りむせた。
「あんたな、40前後から老化現象が現れるんやで。正しい姿勢でご飯を食べないと、誤嚥(ごえん)するで」
介護職員の姉の言葉を思い出し、丸い背中を伸ばす。辛い。元に戻す。
「火星なんか、金持ちの住む場所やろ。わてらには、関係ないわ~」
そう言いながらも、リモコンを握る私の指先は、録画予約のボタンを押していた。
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