第100話 魔物を操りしもの
「……全く、こんな時に寝ていなくてはならんとは。こういう時は、ヒーリングを自分自身に使えん事が恨めしくなるな」
病院の白いベッドに横たわりながら、少し不機嫌そうにベルが言った。私とサーク以外の人は、今はお願いしてこの個室から引き払って貰っている。
バルザックを倒し、甲冑の男――サーク達にはグレンと名乗ったらしい――を退けた私達だったけど、被害は決して少なくなかった。満身創痍の私とサーク、ベルは勿論、グレンに吹き飛ばされた人達の中にも、衝撃で骨を折ってしまったり、頭を強く打って意識がまだ戻らない人が少なくなかった。
病院の医者が王都にまだ残っていたのは幸いだった。お陰で、助け出した時にはすっかり衰弱しきっていた王様も含め、負傷者全員が迅速な治療を受ける事が出来た。
私とサークも、本当は入院が必要だって言われたんだけど……。この先の事を考えると、休んでなんかいられなかったんだ。
「それにしても、ベルが手も足も出ない上に、サークまで深手を負うなんて……」
二人と合流した時の事を思い出すと、気持ちが重くなる。バルザックを倒して、ボロボロの体を引きずって玉座の間を出た私が見たものは、血溜まりの中に倒れるベルと、曲刀を支えに何とか立っている、私と同じように満身創痍のサークの姿だった。
私は倒れている人達の中で見た目が無事そうな人達を起こして回り、協力して貰って負傷者達を病院に運び入れた。王様の捜索は、討伐隊に参加しなかった冒険者の人達が請け負ってくれた。
サークの実力は、ずっと一緒にいてよく知っている。ベルだって、普通の冒険者としては相当な実力者の筈だ。
その二人を、たった一人でここまで追い込める。それでなくても今回の討伐隊は、グレン一人にほぼ壊滅させられたと言っていい。
あまりの実力差に、目眩がしそうになる。……サークですら追い詰められるほどの相手に、本当に勝てるの?
「人型のドラゴンか。全くとんでもないものが、敵にいたものだ」
深い溜息と共に、ベルがそう吐き捨てる。私もベルと、全くの同意見だ。
ドラゴン。その名前を知らない者は、生まれたての小さな子供くらいだ。
滅多に生まれる事のない魔物で、その姿を見た事のある者は殆どいない。けれども見れば、死は免れないと言われている。
ドラゴンは一度現れれば、死ぬまで破壊の限りを尽くす災厄の化身。かつてはこのドラゴンに大勢の人々が殺され、多くの国が滅ぼされたらしい。
その伝説の魔物とも言えるドラゴンと、かつてサークは偶然遭遇し、戦った。そして勇気と知恵と力を振り絞って、見事ドラゴンを討ち果たしたのだ。
それがサークが『竜斬り』と呼ばれる由来。本人は「死にたくないから戦っただけなのに、英雄扱いは不本意だ」なんて今でもよく言ってるけど。
そのサークが、グレンを、「人型にはなったが強さは据え置きのドラゴン」と評したのだ。グレンの力の強大さが、嫌でも伝わってくる。
「正直な話、勝てるのか、奴に? 少なくとも、一対一でどうにかなる相手ではないぞ、アレは」
身をもって体感した強さを思い出したんだろう、ベルが少し青ざめた顔になる。そんなベルに、サークは静かに答えた。
「出来るかじゃねえ、
「それは確かにそうだが……」
「バルザックの残した言葉が確かなら、まだ今は奴らが積極的にこっちを狙ってくる事はない。クーナが奴らにとって必要な力を身に付けるまでに、対策を講じるさ」
言われて今度は、私がビクッとなってしまう。同時に、今まで以上に気分が重くなった。
敵が私を必要とするのは、神の触媒にする為。そしてその目的は、私が強くなればなるほどより理想的な形で達成される。
この世界を守る為、もっと強くなりたいのに……。私が強くなればなるほど、敵を助ける事にもなってしまう……。
「悩むな、クーナ」
俯く私の頭を。サークが、優しく撫でた。
「お前はお前の思うまま、強くなればいい。奴らにも手が出せないくらいにな」
「……うん、そうだね」
サークの言葉に、少しだけ、気持ちが軽くなる。……本当に、そうなれればいいな。
「コホン。……それではこちらも、伝え損ねていた報告を行おう」
ベルの咳払いの音に、我に返る。あ、危ない……ベルの存在を忘れて、浸っちゃうとこだった……。
「う、うん。中央大陸はどんな様子なの?」
「まず、魔道具の盗難事件や変異種の大量発生は西大陸と同様だ。それに加え中央大陸では、奇妙な現象が増えている」
「と言うと?」
サークが問うと、ベルは一瞬言いにくそうに顔をしかめる。けれどすぐに覚悟を決めたのか、ぽつりぽつりと語り始める。
「……野良エルフ。お前は今までの旅の中で、人が魔物を操る手段を伝え聞いた事はあるか」
「いや。魔物除けの魔道具ってんなら聞いた事はあるが、魔物を自在にってんなら、それはまさしく悪魔の所業だ」
「お前でも知らんか。……実は、このところ、人が魔物を操っているとしか思えん事件が各地で頻発しているらしい」
「何?」
サークの眉が、ピクリと跳ねる。私も、信じられない気持ちでいっぱいだった。
人間が、魔物を操る。そんな事が出来るようになったら、魔物を共通の敵とする事で保たれていた世界のバランスが崩れかねない。
「確かなのか」
「ああ。未だ捕らえられてはいないものの、魔物を操る人間の姿を確かに見たという者もいる」
「そんな……」
気持ちが思わず暗くなる。異神側は、そんな技術まで手に入れたっていうの……?」
「異神が絡んでるにしろ絡んでないにしろ、気になる現象ではあるな」
「ああ。お前達と合流した後、本格的な調査を開始しようと思っていたが……その矢先にこのザマとはな」
「ベル、私達の為にいっぱいありがとう。どうか今は休んで。ベルに何かあるのも、私は嫌」
「……クーナ」
不意にベルの手が、ベッドの脇に置いていた私の手に重なる。そしてそのまま、軽く握り込んできた。
「ひゃっ!?」
「お前に何かがあっても、私は生涯ここに残った事を後悔するだろう。……どうか、無事で」
「う、うん……」
あ、ああ、ビックリした……。ベルってば、急に手を握ってくるんだもん。
でも、前よりはベルに触られるの、嫌じゃなくなったかも……?
「……おい」
「ひゃう!?」
そんな事をぼんやり考えていると突然体を引っ張られ、私はバランスを崩す。そして気が付くと、サークの腕の中に抱き込まれていた。
(え、えええええええええーっ!?)
「クーナには俺がついてる。心配には及ばないぜ? 色男」
「それが余計に心配だと言っているのだが? 不埒な
私を腕に抱えたままサークがベルと何やら言い合いを始めたけど、全く頭に入ってこない。ち、近い! これじゃ心臓の音まで聞こえちゃうよーーー!
「はっはっは。テメェにだきゃ不埒だ何だと言われたかねえわ」
「ほう? お前も私も考えている事は同じだと思っていたがな」
「ご冗談を。俺は誠心誠意、いつだってクーナを守る事だけに全力を尽くしてるぜ?」
(あ……私、もう、駄目……)
そして、遂にドキドキが頂点に達した私は。
疲れもあって、そのまま、サークの腕の中で気を失ったのだった。
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