閑話 その12
「……本当にあの娘を一人で行かせるとはな」
全力で攻撃を受け止めてるこっちとは違い、余裕すら感じさせる様子で、甲冑の男が言った。
「よく言うぜ。テメェ、
「ふむ、見抜かれていたか」
「クーナを捕まえ損ねた時、あまり焦ってなかったようだったから……なっ!」
俺は曲刀を素早く引くと、僅かに生まれた隙を突いて渾身の蹴りを胴に見舞った。甲冑越しでも打撃は殺せなかったんだろう、ほんの一瞬相手がよろめいた間に、素早く後退し距離を取り直す。
「何故クーナを見逃した」
「我の目的は、十分に達成された。それだけの事」
「……成る程。貴様の目的は最初から、この野良エルフの足止めだったという事か」
「然り、白い騎士よ。そこの戦士とバルザックとでは、相性が悪いからな」
「チッ、つくづく居場所が筒抜けってのはめんどくせえな……!」
舌打ちし、曲刀を構え直す。今度はベルファクトも、横に並んで立った。
「改めて名乗ろう。我の名はグレン。未だ未熟ながら『
「やっぱりテメェも『
「フ、貴君と同じ立場にあると思ってくれれば良い。異界の英雄『竜斬り』よ」
「ハッ、そこまでご存知かい。異世界の人間にまで知られるたぁ、俺もつくづく有名になったもんだぜ」
忌々しく俺が吐き捨てると、それが愉快だったのか、くつくつという笑い声が響いた。それが癪で、俺はますます眉根を寄せる。
「さぁ、歓談はここまでだ、『竜斬り』よ。互いに己の世界を背負う者同士、どちらが上か試してみようではないか」
甲冑の男――グレンが、今度は大剣を両手で持つ。……間違いない。ここから先は、一瞬でも気を抜けば……死ぬ。
「おい、色ボケ神官。死ぬ気で踏ん張れ。今回はテメェを助ける余裕は全くねえ」
「そのつもりだ。例え力量の差が歴然でも、引く訳にはいかん」
「上等だ。ほんの少しだけテメェを見直したぜ」
「では……いくぞ!」
グレンが一歩を踏み込む、それだけで激しい闘気が俺達を襲った。それに耐える俺達に向かい、大剣が横薙ぎに繰り出される。
「くっ!」
まともに受けりゃ腕と武器がイカれる、そう判断した俺は曲刀を引き、右後方に大きく飛び退く。
同時にベルファクトが左後方に引くのを、横目で確認する。これで俺達を一度に狙う事は出来なくなる筈だが……。
「破っ!!」
そう思っていると、グレンが返す刃で床を大きく打ち砕く。その衝撃で大小様々な破片が高速で飛び散り、俺達を同時に襲う。
「チイッ!」
俺は即座に風の精霊を呼び、風の壁を生み出して破片を防ぐ。ベルファクトもまた、前方にシールドを展開したようだった。
「ぬぅん!」
まずはこちらの数を減らすのが先決と考えたか、グレンが次に標的に定めたのはベルファクトの方だった。グレンはベルファクトの張ったシールドに構わず、大きく大剣を振り上げる。
「避けろ、色ボケ神官!」
それを見て悪寒を感じた俺は、咄嗟にそう叫んでいた。ベルファクトもそれに素早く反応し、シールドは張り続けたまま更に後方に下がった。
――パァン!!
直後、何かが破裂するような大きな音が響き、シールドがある筈の空間を大剣が易々と通り抜けていく。何て奴だ……あの野郎、シールドを力ずくで破壊しやがった……!
「ぐうっ!」
ベルファクトが稼いだ距離すらも詰め、グレンの凶刃がベルファクトを襲う。その刃はベルファクトの鎧の胸当て部分を抉り、呆気なく破壊した。
「ふむ、これで獲るつもりだったが、『竜斬り』に助けられたな、騎士よ!」
「そこまでだ、オッサン!」
俺は風の壁を総て刃に変え、グレンに向ける。しかし――。
「っ、効いてねえ……!?」
風の刃は避けられるまでもなく、ことごとく甲冑に弾かれてしまった。オイオイ、大木だろうが薙ぎ倒す威力なんだぞこいつは……!
「クソッ……!」
再び大きく、今度は斜め上に大剣が振りかざされるのを見て、俺はすぐに床を蹴る。斬撃が駄目なら、さっきのように打撃でいくしかねえ……!
「遅い!」
だが俺が攻撃を仕掛けるより前に、グレンが大剣をベルファクトに振り下ろしていた。ベルファクトはせめてもの足掻きに長剣で受けを試みるが――。
――ザシュッ!
「がは……っ!」
「クソ神官!」
無情にも長剣は折れ、鎧を失った胴を凶刃が抉り取っていく。激しい血飛沫が開いた傷口から噴き出し、黒い甲冑に降り注いでいった。
「ふむ、致命傷には至らず、か。だがこれで最早、十分には動けまい」
「テメェ!!」
俺は曲刀の刃ではなく、固い背の部分を向けて斜め下からグレンの脳天目掛けて振り抜いた。大振りな攻撃を放った直後で体が硬直していたのか、それともどんな攻撃だろうと防げる自信があったのか。そのどちらかは解らないが、俺の一撃は阻むものなく甲冑の兜部分を弾き飛ばす。
そして、その兜の下の素顔が露わになった時――俺は状況も忘れて、思わず目を疑った。
「……ドラゴン?」
そう、そこに在ったのは紛れもなく、忘れもしないドラゴンの頭部だった。信じられない光景に、俄かに俺の頭は混乱する。
「……っ!」
しかし直後に膨れ上がった殺気に、頭で考えるより先に本能が俺の体を動かした。高速で胴を断とうとする刃を、俺の体は、曲刀の刃を利用して受け流す事に成功する。
「……今の一撃を完全にかわすとはな。どうやら、名ばかりの英雄ではないらしい」
「テメェ……その頭は……」
「この世界では馴染みがあるまい? 我は
竜の姿と力……そうか。お陰でコイツの桁外れのパワーに合点がいった。
コイツは謂わば、小型のドラゴンが服着て歩いてるのと同じ存在だ。そんなもん、並の奴で相手になる訳がねえ……!
「皮肉だな、『竜斬り』よ」
俺に向けて大剣を矢継ぎ早に振り下ろしながら、グレンが口の端を歪める。その素早く重い連撃を防ぐ事に全神経を集中させている俺は、それに応える事が出来ない。
「竜を倒し、英雄となった貴君が。竜の力を身に宿す、我に敗れ去るのだ」
「ざ、けんな……クソがっ……!」
悪態を吐いてはみるが、確かにこのままじゃジリ貧だ。ここは……多少リスクを負ってでも、打って出るしかない!
俺は防御を続けながら、仕掛けるタイミングを見計らう。俺の読みが正しければ、次の攻撃で……。
(――来た!)
大剣を水平に向けた突き。読み通りだ。この攻撃が来るのを待ってたんだ!
俺は敢えてそれを曲刀では受けず、更に大剣に突っ込むように体を半回転させる。案の定刃が深く胸と右腕を抉ったが、構いやしない。
俺の狙いは、腕が伸びきるこの瞬間。ほんの刹那生まれる、首ががら空きになる唯一の時間!
「っらああああああああっ!!」
「むうっ!?」
移動の際に付けた遠心力を加え、グレンの首筋に曲刀の背を全力で叩き込む。俺の渾身の一撃は、狙い違わず頸動脈がある筈の場所にクリーンヒットした。
「ごふっ……!」
竜の頭をしていても、やはり体の作りは俺達と一緒だったらしい。初めて苦悶の声を上げ、グレンが数歩後退した。
「ハァ……ハァ……」
だが、やっとマトモな一撃を相手に与えられたものの、こっちの消耗はそれ以上に激しかった。利き手の左腕こそ無事だが、右腕はもう曲刀を握れる状態じゃない。
いや、諦めるな。まだ終わった訳じゃない。考えろ。考えろ……!
「……どうやらここまでのようだな」
しかし。圧倒的優位にいた筈のグレンは、そう言って突然大剣を納めた。
「何のつもりだ……!」
「バルザックが死んだ。こうなれば、最早我に戦う理由はない」
「……!」
静かに告げられた一言に、心が沸き立つのを感じる。クーナ……アイツ、やりやがった!
「バルザックを失ったのは痛手だが、あの娘がこの短期間でそこまで力をつけたのは重畳。加えて久々に、我の素顔を暴き手傷まで加える腕を持つ戦士に出会えた。今日は良き日よ」
「余裕ぶっこいてんじゃねえ……戦いはまだ、終わってねえ……!」
俺は残された力を燃やし、片手で曲刀を構える。ここでコイツを逃がす訳には……!
だが、そんな俺の覚悟を嘲笑うように、グレンは口の端を歪めた。
「傷を癒やせ、『竜斬り』」
「!!」
「次はもっと、心躍る戦いが出来よう。貴君をこの世界での、我の好敵手と定める」
「情けを……かけるってのかよ! ざけんな!」
湧き上がる怒りを、心のままに吐き出す。俺は、テメェの楽しみの為に強く在る訳じゃねえ!
そんな俺を見て、グレンは、心の底から愉快そうに嗤った。
「その気概、次の戦いまで取っておけ。……ではな」
「クソッ、テメェ、待ちやが……」
追い縋ろうとするのも空しく、グレンの姿はその場から掻き消えた。後には満身創痍の、俺達だけが残される。
「クソッ……クソッ、クソッ、クソッ……!」
本来の目的は達成されたと言うのに。俺の胸には、重く苦いものだけが残った。
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