第94話 英雄の名声

「……まず、この国が置かれている状況を説明します」


 私達をギルドに集まった冒険者達の元に通してから、ベルが口火を切った。


「五日前の事です。王の住まう城が、一人の男に襲撃されました。男は圧倒的な強さで城を占拠し王を捕らえると、兵達に七日の猶予を与えると言いました」

「要求は?」

「自分を殺せるほどの強者を、自分の元に連れてくる事。もし七日の内に自分を殺せなければ、この国の王も民も総て皆殺しにすると」


 無茶苦茶な要求だ。でも、あのバルザックならそう言いかねないとも思った。

 なるべく慎重に事を運ぼうとしているノアや、バルザックを連れ戻しに来た黒い甲冑の男と違って、バルザックは自分の楽しみを最優先にする性格であるように思える。今回の事も、アイツにとっては暇潰しの一つなのかもしれない。

 けど、見方を変えれば、これはバルザックを討つチャンスとも言える。……アイツの仲間がそれを許せば、だけど。


「兵達では、束になっても男には敵わなかった。そこで兵達よりも荒事に慣れている、我々冒険者に後を託す事にした訳です」

「ここにいるメンバーがそれって訳か」

「いずれもこの国にいる中では、それなりに名の知れたメンバーです。ひとまず不肖私が、リーダーを任されています」


 という事はここにいるのは、少なくともベルに近い実力はあるって事になる。でも、それでもバルザックを倒すにはきっと不十分だ。

 だって――。


「対策は出来てるのか? ……相手の能力への対策は」


 そうだ、バルザックを『四皇しこう』せしめている最大の能力。触れた相手の周囲の精霊を相手ごと凍てつかせ、氷漬けにしてしまう力。

 それを攻略出来ないと、バルザックは絶対に倒せない。

 サークの口にした問いに、ベルを始めとした周囲の冒険者達の表情が曇る。どうやら皆、対策が出来ている訳ではないらしい。


「……正直、解りかねます。触れただけで相手を氷に変えるなど、普通に考えて有り得ない事です。ですが、嘘と断じるには目撃者があまりにも多い」

「そんなものの対策なんて、出来る訳がない。矢や魔法で仕留める案も出ているが、それには誰かが壁にならないと……」

「でも話が本当だとしたら、そんなの、死ぬ覚悟でもしないと無理よ。この国の為に、そこまでの覚悟が出来るかって言うと……」


 成る程、そこで思考がどん詰まりになっているようだ。無理もない。冒険者になる事を選ぶ人は、その殆どが、お金と名誉を何より求める。そしてそれは、けして命と引き換えにしたいと思えるものじゃない。

 冒険者は命懸けで魔物と戦うものと普通の人は思ってるけど、実際の彼らは勝てない戦いはまずしない。確実に生きて勝ちを得る事こそが、一般の冒険者のやり方なのだ。

 冒険者の死因で最も多いのは、新人冒険者の自らの力の過信による過失死。名のある冒険者であればあるほど、過度のリスクは避ける傾向にある。

 国を救う名誉は欲しいけど、自分の命は懸けたくない。それが今ここにいる全員の本音だろう。

 なら――。


「……なら、その壁役、私が引き受けるよ」

「クーナ!?」


 意を決して言った私に、真っ先に反応したのはベルだった。ベルは血相を変えて、周囲の目も構わずに私に詰め寄る。


「何を考えている!? いくらお前が無茶をする方だからと言って、今の発言は流石に見過ごせん! みすみす死にたいのか!?」

「ベ、ベルファクトさん!?」


 突然好青年の仮面を投げ捨てたベルに、周囲から動揺の声が上がる。正直私も、ベルがここまで我を忘れるなんて思ってもみなかった。

 それはきっと、ベルが本気で私を心配してくれてるから。……だからこそ、私は告げなきゃならない。


敵は私を殺せない・・・・・・・・。そうでしょ、ベル?」

「――っ!」


 瞬間、ベルの顔から一気に血の気が引く。やっぱり……ベルは、解ってたんだ。

 お城を乗っ取ったのが、異神側の人間だという事も。そして異神側が、私をクリスタと呼んで狙ってる事も。


「私、もう知ってるよ。……私達、お城の襲撃犯と一度戦ったの」

「何だと!? それは本当か!?」


 私の告白に、周囲に更に動揺が走る。それに続いたのは、固い表情のサークだった。


「クーナの言った事は本当だ。俺とクーナは、確かに襲撃犯と戦った」

「確か……なのか」

「ああ。ついでに、クーナを前線に出さなくても、俺なら奴の能力を抑え込める」

「……本当か」

「奴の能力は、精霊に干渉するものだ。ずっとという訳にはいかないが、それを一時的に阻害する事なら可能だ」


 サークとベルの、真剣な視線が交差する。けど――それを遮ったのは、私達を入口で出迎えた鎧の男だった。


「待て。……ベルファクトさんには悪いが、俺にはどうもこいつらが信用出来ない。襲撃犯と戦ったという話だって本当かどうか」

「ネイビス……ネイビス殿、彼女らは嘘など……」

「善良なベルファクトさんは騙せても、俺は騙されんぞ。まだ同じ事を主張するつもりなら、何か信用に値する証拠でも見せてみろ。見せられるならな!」

「……善良」


 うん。ベルの面子は潰さないつもりでいたけど、流石にツッコみたくなってきた。

 まぁ肝心のベルが物凄ーく居心地悪そうにしてるから言わないけど。言わないけど!

 鎧の男の言葉に、サークはふぅ、と深く溜息を吐いた。そして額の緑のバンダナを、乱暴に投げ捨てる。


「……!」


 瞬間、激しいどよめきが辺りを支配する。現れたものは額の深い傷。それはサークが英雄『竜斬り』である事を示す何よりの証だ。


「額に傷のあるエルフ……」

「そんな……まさか……」

「あの伝説の『竜斬り』を、この目で見れるなんて……」


 場の空気が、一気に変わる。疑心に満ちた眼差しが、みるみるうちに期待と羨望に移り変わっていくのが手に取るように解る。

 相手が『竜斬り』って解った途端現金すぎると、こういう事がある度いつも思う。改めて、サークが『竜斬り』と知っても態度が変わらなかったベルやドリスさんって希少な存在なんだなぁ……。


「……これでもまだ、信じるに不満か?」

「いっ、いえ!」


 暫くポカンとサークを見つめていた鎧の男だったけど、サークが低い声で問いかけると、慌てて居住まいを正し始めた。そして、さっきまでとは真逆のかしこまった態度で深く頭を下げた。


「い、今までのご無礼、お許し下さい! どうか我々に力をお貸し下さい、『竜斬り』様!」


 ……正直、この人だけは殴っても許されると思う、絶対!

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