第73話 本当に邪悪なのは

 案内されたのは、村に近い山にある洞窟だった。洞窟が深いのと明かりが私達の持つポータブルカンテラしかないのとで、入口から奥を見通す事は出来ない。


「ほ、本当に行くのか? 命が惜しくないのか?」


 髭面の村人は私の行動が余程信じられないのか、道中何度もそう言ってきた。今まで多くの冒険者達を魔物の生贄に捧げたとは、とても思えない台詞だ。


「行くよ。あなた達を裁くのは、魔物を倒した後の話」

「どうしてそこまでするんだ? 金の為か?」


 不思議そうに尋ねる髭面の村人に、私はゆっくりと首を横に振る。そして、洞窟の闇を真っ直ぐに見据えた。


「私はいつだって、自分がしたいと思った事をしてるだけだよ」

「……」


 私の答えに無言になった髭面の村人を置いて、私は洞窟へと向けて歩き出す。……甘いかもしれないけど、何となく、この人はもう無害な気がした。

 洞窟に近付くにつれ、腐臭混じりの生温い風が体にまとわり付く。間違いない。この奥に――禍々しい何かがいる。


 洞窟の幅は大きく、広かった。天井だって、ジャンプしても簡単には届かないだろう。

 という事は、かなり大きな魔物でも入り込めるって事だ。そんな相手と、私はこれから一人で戦う。

 不安じゃないなんて、怖くないなんて嘘だ。本当は、今すぐ、何もかも投げ出して逃げてしまいたい。

 でも、きっと――ここで逃げたら私は一生、サークの隣に堂々となんて立てなくなる。ひいおじいちゃまのような冒険者にだってなれなくなる。


 自分にとって恥ずかしくない自分でいる為にも――私は、絶対に逃げない!


 深く深く奥へと続いていく一本道の洞窟は、まるで蛇のお腹の中みたいだ。私は自分を奮い立たせ、足を止めずに進んでいく。

 やがて目の前に、一際開けた空間が広がる。そこに寝そべる大きな塊に――私は、息を飲んだ。


 ライオンの体。人間の顔。

 長い尾はまるで蠍のようで、先端には鋭い棘が生えている。


 間違いない。ひいおじいちゃまの残した文献に書いてあった。

 あれはキマイラの変異種――マンティコアだ!


 ポータブルカンテラを床に置き身構える私の前で、マンティコアがゆっくりと目を開ける。そして、老人のようにしわがれた声で流暢に喋り始めた。


「……ほう。村人達とは足音が違うと思っておったが」

「あなたが村人達を操って、生贄を捧げさせてたのは解ってるよ! 今ここで、私がやっつけちゃうんだから!」

「儂が村人達を操った? ……これはこれは」


 私の啖呵に、マンティコアは何故かくつくつと笑い出す。……一体何がおかしいって言うの!


「娘よ、お主は一つ思い違いをしているようだ」

「え?」

「村人達は儂が怖くて渋々従っていたのではない。自ら望んで、儂に協力していたのよ」

「なっ……」


 マンティコアの非情な言葉に衝撃を受けながら、思い出す。私を襲おうとした村人達の様子は……確かに仕方無くやっているとは、とても思えないものだった。


「村を襲わんでいてやる代わりとして生贄を最初に要求したのは、確かに儂よ。だが、儂に捧げた生贄共の持ち物が自分の懐に入るようになると、奴らは喜んで生贄を捧げに来るようになった。……さて娘よ、生きる為に食物を欲しただけの儂と私利私欲の為進んで同胞を裏切る村人達、真に邪悪なのはどちらかな?」

「……それは……」


 解らない。どっちがより悪い事かなんて、私には判断が付かない。

 それでも一つだけ、ハッキリしてる事がある。それは……。


「……それでも! あなたが生贄さえ要求しなかったら、村の人達がそうなる事はなかった! あなたの言ってるのは、ただの詭弁だよ!」

「……ほう。少なくともあの愚鈍な村人達よりは、頭が回るらしいな」


 私の出した答えに、マンティコアが嗤う。それはとても不気味で、邪悪な笑みだった。


「聡い人間に利用価値はない。ここで儂の餌になって貰うとしよう」

「やれるもんなら! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりてこの身に宿れ』!」


 そして私のその詠唱が、戦いの開幕の合図となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る