第72話 贄を求める魔物
明かりも消え、静まり返った室内。窓の外の空には暗雲が垂れ込め、星一つ見えない。
静寂の闇夜。それは闇に紛れて活動する者達にとって、最も都合のいい夜。
「……どうだ? 中の様子は?」
不意に密かな声が響き、いつまでも続くと思われた静寂を終わらせた。その声に、別の低い声が応える。
「大丈夫だ、ぐっすり寝てる」
「ヘヘッ、薬はよく効いてるみたいだな」
下卑た笑いの直後、ノブが回る音がして、何人かの男達が部屋の中に侵入してきた。複数いるらしい彼らは手にした明かりで、盛り上がったベッドの上を照らす。
「さぁて……魔物様に捧げる前に、今夜は精々楽しませて貰うとしますかね。恐らく生娘の上にこんな上玉、逃す手はねえ」
「ヤりすぎんなよ? こないだ女冒険者が来た時は、うっかりヤりすぎて精神壊しちまっただろ」
「んなもん、壊れようが壊れまいがどっちみち魔物様の餌になるんだから同じだろ?」
「違いない」
不快な笑い声を上げながら、男達の一人がベッドの膨らみにかかる布団を掴む。その次の瞬間――
「な、何だ!?」
私に気付き、振り返った男の一人の顔面に、強烈なハイキックをお見舞いする。靴の裏で何か柔らかいものが潰れる感触がしたと共に、蹴られた男はガクンと膝から崩れ落ちる。
「なっ……お前、何で……!」
「遅い!」
完全に私が寝ていると思っていたのだろう、未だ混乱から立ち直れない男達を私は次々と叩き伏せていく。そうしてやがて、その場に立っているのは私と、私をこの家まで案内した髭面の村人さん……ううん、村人だけになった。
「ヒ、ヒッ……」
残された村人が、私を見て後ずさる。その表情は怯えきっていて、さっきまでの態度とは正反対だ。
夜になり、運ばれた食事に私は手を付けなかった。中身は全部草むらに捨ててお皿だけ残し、見た目には完食したように見せかけた。
食事から少しだけ、薬の匂いがしたからだ。これでもこと食べ物に関しては、私は鼻がいいのだ。
そして、食事に薬が盛られていた事でいよいよ村人達が何かをしようとしてると確信した私は、家にある物を使ってベッドで人が寝ているように偽装。自分は部屋の隅で息を潜めていた、という訳である。
「言いなさい。何でこんな事をしたの!」
「ヒイッ、ゆ、許してくれっ!」
詰め寄る私に、残された村人は土下座して許しを請うた。だからと言って、ハイそうですかと見逃す訳にはいかない。
「許すかどうかは話を聞かなきゃ決められないよ。痛い目に遭いたくなかったら、全部吐きなさい!」
「お、俺は、俺達は魔物様に、いやあの魔物に脅されてただけなんだっ!」
「魔物に?」
「そ、そうだ。七日に一度生きた人間を喰わさないと、この村を滅ぼすって……」
目に涙を浮かべ、必死の形相で残された村人が言う。……だからこの人達は、依頼でやって来た冒険者達を生贄に捧げ続けたって言うの? こんな、酷い騙し討ちまでして。
思わず、目の前の男を全力でブン殴ってやりたくなる。私達冒険者の仕事は、確かにいつも死と隣り合わせだ。それでも、守るべき人達に裏切られて死ぬ覚悟なんて、誰も出来てる訳がない!
「お願いだ! 金なら出す! この事は誰にも言わないでくれ! でないと、村はおしまいだ!」
勝手な事ばかり言わないで。そう怒鳴り付けるのは簡単だ。そして、この村を見捨てるのも。
けど、今、一番私がやるべき事は。
「……魔物の住処に案内して」
「え?」
私の言った一言に、残された村人が目を丸くする。私は拳を固く握り、もう一度力強く言った。
「私を、魔物のいる場所に連れてって。その魔物、私が倒してみせる!」
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