第74話 悪しき魔獣を倒せ

 相手が完全に立ち上がる前に、地面を蹴る。顔面が目の前まで迫ると、私は、大きく拳を振りかぶった。


「甘いぞ、小娘!」


 けれど私の拳が届くより前に、マンティコアが前足を素早く横に振り抜いた。私は拳を止め、後ろに大きく飛んでそれをかわす。


「それ!」


 そこにマンティコアの尾が、上から私を突き刺そうと狙ってくる。私は軽くステップを踏むように足を動かしながら、尾の追撃をかわしていく。

 マンティコアの尾には致死性の猛毒があるって、ひいおじいちゃまの文献には書いてあった。なら例えかすっただけだとしても、きっと致命傷になるだろう。


「やられっ放しじゃ!」


 それでも攻撃を避けながら何とか前に出て、拳を奮おうとする。けれどそこに、再び前足が横から襲ってきた。


「くっ!」


 タイミング的に避け切れないと判断した私は、腕を前足の前に構え防御の姿勢を取る。直後、激しい衝撃と共に、私の体は岩壁まで吹き飛ばされた。


「ぐうっ!」


 咄嗟に受け身を取って、可能な限り激突のダメージを減らす。そこに息つく間もなく、尾の先端が一直線に迫ってきた。


「っ!」


 間一髪、痛む体を懸命に捻ってその一撃をかわす。私を捉え損ねた尾の先端は、そのまま岩壁に突き刺さり動きが止まる。

 この隙を逃す手はない。私は刺さったままの尾を掴んで、即座に魔道具を起動させた。


「『限界開放リミットバースト』!!」

「ぬうっ!?」


 魔道具を起動させると、全身にみるみる力がみなぎってくる。私は腕の炎にブスブスと煙を上げる尾に更に力を込め、力任せに思い切り引き千切った!


「グオオオオオオオオッ!!」


 悲鳴を上げ、マンティコアが千切れた尾をメチャクチャに振り回す。拍子に辺り一面にドス黒い血が飛び散り、それは私の右足にもかかった。


「……っ!?」


 途端、右足がジワジワと痺れ始め、私は思わず体勢を崩す。アイツ……もしかして血液まで毒なの!?


「小娘エエエエエエエエエエッ!!」


 目を血走らせ、怒り狂ったマンティコアが私に向かって突進してくる。不味い、この足じゃかわせない……!


 ――ガキィン!


 死を覚悟し、固く目を閉じた私の耳に響いたのは、鋭い金属音。響く筈のないその音に、私はまさかと思いながら瞼を開く。

 薄明かりに見えたのは、マンティコアの爪を真っ向から曲刀で受け止める軽装の剣士の姿。その後ろ姿は、私が誰よりもよく知るものだった。


「サーク!」

「やっと見つけたぞ、じゃじゃ馬!」


 その人――サークは細身とは思えない力でマンティコアの前足を押し返し、そのまま突き飛ばす。直後に土の精霊を呼び出して、マンティコアの足元を土で固めて動きを封じた。


「よし、トドメを……」

「待って、私にやらせて!」


 曲刀を構えるサークに、私は反射的に叫ぶ。私の懇願にサークは、苛立ちを滲ませた声で返した。


「何言ってる! 今やられそうになってたばっかだろうが!」

「この仕事は初めて自分で受けた、私の仕事なの! お願い! 最後までやらせて!」

「……っ」


 サークはまだ何か言いたそうにしてたけど、やがて曲刀を下ろし、私の意思を優先してくれた。その事に感謝しながら、私は右足の調子を確かめる。

 まだ痺れたままの右足は、あまり激しく動かす事は出来ないだろう。でも、アイツの目の前に行ってありったけの炎を撃ち込む事は出来る!

 右足でトン、と地面を軽く蹴る。そして私は、今出せる全速力で再びマンティコアの元へと向かった!


「どこまでも舐めおって、人間風情がアアアアアッ!!」

「それがあなたの本性ってとこね!」


 力任せに、マンティコアが土の拘束を前足だけ解く。でもそれよりも、私がマンティコアの顔面に狙いを定める方が早かった。


「やああああっ!!」


 気合一閃、私の左拳がマンティコアの顎を撃ち抜く。そこに間髪入れず、私は今殴ったのと同じ場所に今度は右拳を叩き付けた!


「これで終わりっ! 『炎の二重撃ブレイズ・ダブルインパクト』!!」

「グゥオオオオオオオオオオ!!」


 両の拳の炎を体内に流し込まれたマンティコアの全身が、激しく燃え上がる。火だるまになったマンティコアは後ろ足の拘束も解くぐらい激しく暴れ回ったけど、やがて力尽き、地響きを立てて倒れたのだった。

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