閑話 その8
天におわすウルガル神よ。もしこの声が届いているならば、どうか私に教えて欲しい。
「聞いてんのエロ神官? 俺が毎日自制心保つのがどんだけ大変かって話だよ!」
――どうしてこうなった。
野良エルフに連れられていった先は、大衆酒場のような店だった。客は皆見た事もない料理を肴に、酒を飲んでいる。
「言っとくが奢らねえからな。自分の分は自分で金出せよ」
席に着いた野良エルフはそう言うと、さっさと給仕を呼んで自分の分の注文を始めた。ここまで来れば逃げられないかと、私も仕方無く品書きを見ながら自分の酒と料理を注文する。
「……おい、野良エルフ」
「あン?」
注文が済み、給仕が去ると、私は一つ溜息を吐き野良エルフに声をかける。それに対し野良エルフは、いかにも渋々といった様子で返事を返した。
「お前は、私の事が嫌いだった筈だな?」
「ああ、いけ好かないね」
「なら、何故私と一緒に飲もうと思った?」
「言っただろうが。一人飲みは趣味じゃねえ。それと、だ……一つ確認したい事もあった」
「確認?」
問い返した私に、野良エルフが鋭い視線を向ける。そして、その一言を、言った。
「――お前、フレデリカで、何が目的で俺達に近付いた?」
「……っ!」
「反応からしてここで会ったのは本当に偶然のようだが……フレデリカの時は違う。答えろ。テメェの目的は何だ?」
空気が凍り付くような、そんな感覚が私を襲う。クーナと改めて仲良くなりたかったと、表向きの目的を語るのは簡単な筈なのに。
言葉にするのを躊躇うのは、私の中でそれが「表向き」ではなくなり始めているからか。……いや、私が自分以外の人間を愛するだなんて有り得ない!
「……クーナは、あの娘は強い魔力を秘めている」
内なる心に反発するように、私はそう口にしていた。しまったと思ったが、言葉は止まってはくれなかった。
「強い魔力を持つ者と交われば、自身の魔力も高まる。あの娘は、絶好の素材だ」
「……それだけか?」
「ああ」
我ながら酷いと思う本音に、野良エルフはどこか納得し切れないような、探るような視線を返す。それを直視出来ず、私はフイと視線を逸らした。
「……テメェがそう思いたいのなら、今は、そういう事にしておいてやるよ」
やがて、野良エルフは静かにそう言った。まるで何もかも見透かしているかのようなその態度が癪に障り、私は思わず声を荒げる。
「っ、そういう貴様はどうなんだ! 何か目的があって、クーナの側にいるんだろう!」
「……俺か?」
その時、初めて野良エルフの顔が微かに歪んだ。それは怯えているような、迷っているような……いつもの自信たっぷりな様子とは違う、どこか頼りなげな印象を見る者に与えた。
「俺が望むのはクーナの幸せ。……ただ、それだけさ」
トーンの落ちた声は、嘘を吐いたと言うよりは、まるで自分に言い聞かせようとしているかのようで。そんな野良エルフの姿に――何故だかどうしようもなく、腹が立った。
「ふん、側にいる女一人、手に入れられない言い訳がそれか」
「……んだと?」
「貴様はただの臆病者だ。手を伸ばせば手に入るものを、燻ってただ見ているだけのな」
――ああ、そうだ。この男は、彼女を手に入れられる位置にいるのにそうしない事が、こんなにも腹が立つのだ。
だって、彼女は、クーナは、きっと、この男を――。
「テメェ、言わせておけば……」
「お客さん、ご注文、お待たせしましたー」
野良エルフの目に剣呑な光が宿ったその時、給仕が私達の注文した物を持ってテーブルへとやって来た。その姿に、私達はここがどこであるかを思い出し、互いに気まずい表情になる。
「……まずは飲むか。サイキョウの地酒は強いんだ、ベロッベロになったテメェを笑い者にしてやるよ」
「ふん、出来るものなら」
それでも憎まれ口だけはお互い止めずに、私達は運ばれてきた酒に口を付けたのである。
――そして、現在に至る。
「なぁ聞いてる? ホンットあいつはさぁ、自分が可愛いって事少っしも自覚してねーの! 解る? いつも俺がどんな気持ちか解る?」
「ああ、解る解る」
もう何度目になるか解らない問答に、反発するのも疲れて適当に相槌を返す。野良エルフはそれを聞いているのかいないのか、本日三本目になる酒瓶から地酒をグラスに注いだ。
この男、人を酔い潰すと宣言するだけあって確かに酒には強かった。かなり度数の強いであろう酒を相当飲んでいるのに、未だ潰れないのがその証拠だ。
だが、酒癖の方はとんでもなく悪かった。
一本目の酒瓶を空けたところまではまだ普通だった。しかし二本目の半ばくらいから、やたらとしつこくこちらに絡むようになり始めた。
喋る内容はとにかくクーナの事ばかり。それも表向きは愚痴だが、よくよく聞けばその内容はただの自慢話。
つまり、クーナの自慢話をさっきから延々と聞かされている訳だ、私は。
「ホンットもう、ホンットもうあいつは! 自分の可愛さに無自覚すぎてタチ
「はいはい、そうだな」
尽きる事のない話にウンザリしながら、グラスの中の酒を飲むフリをする。実を言うと最初のうちしか酒には手をつけてないのだが、幸い野良エルフは気付いていないようだ。
「本当に……どんだけ俺を心配させれば気が済むんだよ、あいつは……」
「……」
けれど時折切なげに吐かれる言葉に共感してしまう。理解出来てしまう。
ああ、きっと、酔っているんだ、私も。だから認めようじゃないか。
私はクーナの事を、一人の女性として好いている。初めて好きになった、自分以外の誰か。
だが彼女が見ているのは、この野良エルフだ。笑わせる。初恋が、横恋慕であるなどと。
このままこの男を酔い潰して置き去りにするか、いっその事女を愛せない体にでもしてやろうかとも思う。しかしそれをしたくないと思う程度には、私はこの男にも好感を抱いている。
クーナを悲しませたくもなければ、野良エルフとのこの奇妙な関係も終わらせたくはない。……それが今の、私の本音だ。
「……おい、そろそろ宿に帰るぞ。明日には一度イドを離れるんだろう」
「あァ? 俺ぁまだまだ飲めるっつーの」
「いいから言う事を聞け! この酔っ払い!」
グラスを手放そうとしない野良エルフを、無理矢理席から立たせる。少し足に来ているらしく、立ち上がった瞬間野良エルフの足が軽くふらついた。
「んだよ……クラウスみたいな事言ってんじゃねえよ……」
「あの大賢者にまでこんな苦労をかけていたのかお前は。とにかく、これ以上飲んで潰れられると私が困るんだ」
「はいはい、解りました! 帰りゃいいんだろ帰りゃ!」
「……全く……」
漸く帰る気になった野良エルフに肩を貸し、支払いを終えて店を出る。空には白い月と、満天の星空が輝いていた。
「こんなに心が温かいのも……総て、酒のせいだ」
そんな美しい夜空を仰ぎながら、私は、小さな声でポツリと呟いた。
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