閑話 その7

「……余計な事をしてしまったか、レミ」


 小柄な体で三歩先を歩くレミの背に、俺はそう問いかける。レミはその問いに足を止め、クルリとこちらを振り返った。


「……何の事デス」

「お前は、あの連中ともっと一緒にいたかったんじゃないか。そう、思った」


 俺がそう言った瞬間、レミの顔が一瞬強張ったのを俺は見逃さなかった。だが、レミは、素っ気ない素振りで再び前を向く。


「あんな騒がしい連中、離れられて清々したデス。ワタシは静かなのが好きなんデス」

「……」


 そしてまた無言で歩き出すレミに、俺は何と声をかけるべきか解らなくなる。こんな時、不器用な自分の性分がつくづく嫌になる。


 レミはフレデリカのルミナエス神殿の司祭長を父に持つ、言わばエリートの家系の出だ。


 司祭長には子供が多く、レミはその末娘として生まれた。レミの兄や姉達は幼くして高い魔法の才を見せ、レミも当然そうなると周囲からは期待されていた。


 だが彼ら彼女らと比べ、レミはあまりにも凡人だった。


 レミが特別劣等生であったとか、そういう事ではない。あくまでもレミは、人並みには色々な事がこなせるのだ。

 しかしそれは、周囲がレミに求めていたレベルのものではなかった。レミは落ちこぼれのレッテルを貼られ、次第に周囲から蔑まれるようになっていった。

 俺はレミの世話係として、レミが小さな頃からそんなレミを見てきた。レミがどんなに努力しようとも、周囲はそれを決して認めようとはしなかった。

 レミの心がどんどん追い詰められていくのが、側で見てきた俺には痛いほどに解った。そしてレミは……遂に、聖職者としてしてはならない事をした。


 ゴーストになりかけていた霊の、ゴースト化の進行。


 その霊――ワイルダー卿は、理由は解らないが霊が魔物化した存在、ゴーストになりかけていた。ゴースト化していない霊は魔法で祓えない為、フレデリカの全神殿が手を焼いていた。

 レミは、そこに目を付けた。この問題を自分の手で解決出来れば、きっと皆が自分を認めてくれると思ったのだ。

 それからレミは卿のいる屋敷に向かい、卿を絶えず刺激し続けた。レミの思惑通り、卿のゴースト化は急速に進んでいった。

 レミが悪い事をしているのは解っていた。だがそうしなければならないほど、あの時のレミは追い詰められていたのだ。

 だから、俺も手を貸した。レミの味方になってやれるのは、俺だけだったから。


 ――だがそれは、思わぬ邪魔が入った事で失敗に終わった。他の神殿から依頼されてやってきた冒険者が、卿のゴースト化を完全に食い止めたのだ。

 おまけにレミが独断で卿のゴースト化を進めていた事が、父である司祭長に知れてしまった。司祭長はとても我が子に向けるものとは思えない冷たい目で、戻ってきたレミにこう言い捨てた。


『出来が悪いとは思っていたが、ここまでとはな。お前の事は、もう子とは思わぬ』


 そうして司祭長はレミに神殿からの追放を言い渡し、放逐したのだ。俺には咎めはなかったが、どうしてもレミを放って置けずにこうして付いてきている。

 表向きは各地のルミナエス神殿を巡礼し、各司祭長から赦しを得られれば追放は解けるという事になっている。レミもそれだけを心の拠り所にしているが、俺には解る。


 あの神殿ばしょに、もうレミの居場所はないのだと。


 例え追放が解けたとしても、司祭長達は大人しくレミを受け入れはしないだろう。どこか別の国の神殿に出向させられ、死ぬまで呼び戻されないのがオチだ。

 そうなった時、レミは本当に絶望するだろう。そんなレミを、俺は見たくはなかった。

 だから、本当は悩んでいる。どうする事が、レミにとって一番いいのか。


 さっきまでの、レミの様子を思い出す。同年代の少女達と、戸惑いながらも歓談するレミの姿は、俺が今まで見た事のないものだった。

 レミがこんな状況に陥った原因は、元々はレミが悪いとしても、奴らにある。だから俺は、奴らからレミを引き離す事を選んだ。

 だが今は、それを少し後悔している。レミの、あんな伸び伸びとした姿を見てしまっては。


「……そういえば、言うのを忘れていたデス」


 と、不意にレミがピタリと立ち止まった。そして振り返らないまま、こう俺に告げる。


「あなたが無事で、あ……安心したデス。あなたは、何かと使える人デスから」

「……!」

「そ、それだけ……デス」


 ――ああ、そうだな。終わった事ばかりあれこれ考えても仕方無い。

 これから先、レミの為に何が出来るのか。まずは、それを第一に考えるとしよう。


 それが――レミに今唯一頼りにされている、俺の務めだ。


「……そうか」


 俺がそれだけ答えると、レミはまた歩き出した。俺はその小さな背を微笑ましく眺めながら、後に続いた。

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