第44話 ひとときの安らぎ

 その後、私はガンツさんにヒーリングをかけて貰った事でやっと動けるようになった。燃える棍棒に刺さったテオドラの戦斧は熱に強い金属で出来てるのか、少し煤けただけで壊れたりはしていなかった。

 そして、落ち着いた私達は、一旦集まって円陣を組む事にした。


「……まずは、お前達に二つ、礼を言う」


 最初に口を開いたのは、ガンツさんだった。ガンツさんは私達を見回すと、大きな体を屈め深々と頭を下げる。


「一つは、レミを保護してくれた事。もう一つは、俺に手を貸してくれた事だ。お前達がいなければ、俺もレミも命はなかった。ありがとう」

「そ、そんな、私達はただ放って置けなかっただけで……」

「……だがそれとは別として」


 それに私が照れていると、不意にガンツさんが顔を上げた。その目には、厳しい光が宿っている。


「レミが追放される切欠を作ったお前達の事を、俺は許してはいない。これ以上、お前達と馴れ合う気はない」

「……そうか」


 ガンツさんの決別の言葉に、サークが頷いて応じる。元はと言えばレミが悪いから、追放されたのは自業自得って気もするけど……その気持ちは解るし、こっちにも引き止める理由はないもんね。


「ほなここで、レミはんとはお別れか~。寂しくなるわ~……」

「フ、フン、ワタシは漸く静かになって清々するデス!」


 別れを惜しむプリシラと、プイッと顔を背けて言い放つレミ。その横顔がちょっぴり寂しそうに見えるのは……私の願望なのかな?


「これから、どこを目指すの?」

「お前達に言う必要はない、と言いたいところだが……助けられた礼だ、教えよう。我々はまずは中央のリベラ大陸に向かう」

「そうなんだ。私達もこれからリベラ大陸に行くつもりだから、もしかしたらどこかで会うかもね」

「ワ、ワタシはもう二度と会いたくないデス! あなた方といると、ろくな事がないデス!」


 二人はつれない素振りだけど、私は思いっきり笑う。二人とも根は悪い人じゃないみたいだし、なら、いつか解り合える日も来るかもしれない。

 もしかしたら解り合えない事もあるのかもしれないけど……。やる前から諦めるのは、らしくないもんね!


「レミ」

「な、何デス?」


 名前を呼んだ私に、レミが怪訝な顔をする。そんなレミに、私は満面の笑顔で言った。


「追放、早く解けるといいね!」

「~~~っ! あ、あなたにだけは言われたくないデス、馬鹿ぁ!」


 そう叫び返したレミの頬は、ちょっぴり赤かった。



「……行っちゃったね」


 レミとガンツさんの姿が見えなくなって。テオドラが、ポツリと呟いた。


「大丈夫かなぁ、レミちゃん。あの子ちょっと危なっかしいし」

「テオに言われてもうたらおしまいやな~」

「むっ。シラだって人の事言えないじゃんか!」


 軽い姉妹喧嘩を始めたテオドラとプリシラを横目に、隣のサークを見る。するとサークにしては珍しく、少しぼんやりとした様子だった。


「……サーク、疲れてる?」


 下から顔を覗き込み、そう問いかける。サークは軽く目を押さえ、小さく頷いた。


「寝不足の状態であれだけ動いたからな。疲れが一気に来やがった」

「休む?」

「そうもいかねえだろ……まだ完全に安全だと決まった訳じゃねえんだ……俺が気ぃ張ってねえと……」


 そう眉根を寄せるサークに、私はおもむろに手を伸ばした。そしてサークの両頬を掴み、強引に私の方を向かせる。


「お、おい、何だよ……」

「もっと私を信用して!」

「……っ!」


 私の言葉に、サークの軽く隈の出来た目が見開かれた。その目をしっかりと見返して、私は言葉を続ける。


「サークが私を心配してくれてるのは解るよ。でも、私達パートナーなんだよ? いつまでもサークに頼りきりじゃ、パートナーなんて言えないじゃない」

「クーナ……」

「ここは私に任せて、サークは少し休んで。大丈夫、サークの事もテオドラ達の事も、絶対私が守るから」


 そう言ってなるべくサークが安心出来るよう、力強く笑う。サークはそんな私をジッと見つめ――やがて、大きく破顔した。


「――ったく。言うようになりやがって」

「ふふ、私だっていつまでも子供じゃないんだよ」

「それじゃあ悪いが、少し眠る。正直マジでヤバい……」


 気の抜けた声で、サークが一つ欠伸をする。そして――ぐらりと、私の方に倒れてきた。


「ひゃわっ!?」


 慌てて、全身でサークの体を支える。ぐったりとした体を抱き締めると、間も無く規則正しい寝息が耳に響いた。

 どうやら、本当に限界だったらしい。そんな様子に、思わず溜息が漏れる。


「私にはいつも無茶するなって言う癖に……自分は無茶してばっかりなんだから、もう」


 ずっとサークを支え続けるのは疲れるので、一旦サークの体を横たえる。そしてその頭を、そっと私の膝に乗せた。


「……今だけ、いいよね」


 眠るサークの髪を、起こさないようゆっくりとすく。指と指の間から零れるサラサラの髪が、何だかくすぐったかった。


「いい夢見てね。サーク……」


 そう呟いた私の顔は、自然と緩んでいた。



「あの二人って……そういう仲だったんだねー!」

「みたいやな~。そしたらウチらも旅の居候として、ちいっと気ぃ付けなあかんな~」


 離れたところでテオドラとプリシラがそんな会話をしていたなんて、勿論この時の私は知る筈もなかった。

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