第32話 異神の企み

「まず、これまでに俺達が得た情報を整理しよう」


 ベルと別れて宿に戻るなり、サークはそう言った。私もその必要はあると思ったので、素直に頷く。


「まずあのビビアンとか言う女は、操った手駒達に魔道具を集めさせ、何かを作っていた。その何かは、人を悪魔に変貌させる力を持っていた。ここまではいいか?」

「うん」

「俺はあれは、魔物を突然変異させる為のものだと睨んでる。前に遭遇したホブゴブリンの事を覚えてるか?」


 それなら私もよく覚えてる。手下のゴブリン達を率いて、村を一つ焼き払ったホブゴブリン――。


「あの時は、たまたま突然変異種が現れただけだと思ってた。だがあれが、あの立方体によって人為的に作られたものだったとしたら?」


 サークの推論は、有り得ると思った。人一人を、あんな狂暴な存在に変えてしまうものだ。魔物を突然変異させる力だってあるかもしれない。


「それとフレデリカへの道中に遭遇した、魔法耐性持ちのアンデッド。そして今回の、普通の霊の意図的なゴースト化。それが全部、奴とその仲間の仕業だったとしたら……」

「でも、何で? 何であの子達は、直接攻めて来ないでこんな回りくどい事をするの? 前に異神が攻めて来た時は、洗脳した人達を直接ぶつけてきたんでしょ?」


 けど同時に湧いた疑問を私が口にすると、サークの顔に暗い影が落ちた。そして、抑揚のない声でこう呟く。


「『世が混沌に満ち溢れし時、混沌の化身たる我は幾度でも蘇る』」

「え?」

「かつて倒した古代神が、いまわの際に残した言葉だ。まさかとは思うが」

「ち、ちょっと待って。それって……」


 告げられた言葉に、嫌な汗が頬を伝う。まさか、まさか異神だけじゃなく……。


「異神側の狙いは、この世界の古代神の復活。……推測だがな」

「そ、そんなのって!」


 あまりにも信じられない結論に、異神や古代神の事を信じてる私ですら驚きの声を上げざるを得ない。だって……異神も古代神も、サークやひいおじいちゃまや勇者リト達が死力を尽くしてやっと退けた相手なんだよ?

 もう勇者リトの仲間達は、サークしかこの世に残ってない。それなのに皆でやっと倒した相手が、二神同時に敵になるだなんて……!


「も、もし古代神が復活したらどうなっちゃうの……?」


 恐る恐る、そうサークに問い掛ける。サークは厳しい顔で、首を横に振った。


「正直、そんな事になればもうこの世界は滅びるしかない」

「そんな……!」


 あまりにも救いのない結論に、絶望的な気持ちになる。私達に、もう打つ手はないの……?


「――もしそうなっても、対抗する手段が全くない訳じゃない」


 けどサークは、続けてそうも言った。言ったサーク自身も自信には乏しいのか、厳しい表情は崩さなかったけど。


「その手段って?」

「『神殺し』だ。あれを誰かが使いこなせれば……。一番可能性が高いのは、リトの子孫だろうが」


 『神殺し』。肉体だけでなく魂までも切り裂く、文字通り神をも殺せる神剣。

 でも『神殺し』を使いこなす事が出来たのは、サークの知る限りでは勇者リトだけだった。例え子孫でも、扱えるかどうかは賭けになる。

 それでも。今はそれしか希望がないのなら――。


「今『神殺し』は、リトの家の家宝になってる筈だ。それを得る為にも久しぶりに、レムリアを訪れるべきなのかもしれない。レムリアはお前も知ってるな?」

「うん。グランドラの隣の国だもん。そこが勇者リトが住んでた国なんだよね?」

「そうだ。……ついでに、二年ぶりの里帰りもいいだろ。きっとエル達も心配してる。お前が手紙の返事一つ寄越さないからな」

「だって、思い出話は直接会った時まで取っときたいんだもん!」


 少し冗談めかした会話も加える私達だったけど、お互い表情は晴れなかった。これからの事を考えただけで、不安に押し潰されそうだった。

 向こうの計画を察知してるのは私達だけ。そして普通の人は、まずこの話を信じない。その事実が胸を締め付ける。

 それでも……黙って滅びを待つなんて、嫌だ。だから私は、今私に出来る事を全力でする――!


「それじゃあ一旦進路を変更し、レムリアのある中央のリベラ大陸を目指す。その途中で奴らの手によるような事件があれば、可能な限り潰していく。それでいいな?」

「うん!」


 今後の方針も決まった私達は、互いに見つめ合い、覚悟を示すように頷き合った。

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