第33話 南東を目指して

 私達は西に向かっていた進路を、南東の方角に切り替える事にした。西の外れにも港のある国はあったけど、ビビアン達の企みを阻止しながら中央大陸に向かうならなるべく陸路を進んだ方がいいと二人で話し合ったのだ。

 フレデリカでの稼ぎは少し心許なかったけど、これ以上フレデリカにこだわっていても収穫はないように思えた。それにビビアンがサークに残した、刻印の事も気になった。

 ――彼女はきっとまた、私達の前に現れる。それは確信に近い予感だった。



「そうかい……もう行くのかい」


 お別れを言う為にギルドでドリスさんへの取り次ぎを求めると、私達が会いに来たらすぐに通せと言われてたみたいで、意外にもアッサリとドリスさんに会う事が出来た。ドリスさんにフレデリカを発つ事を伝えると、ドリスさんは寂しげな顔になった。


「ドリスさんはどうするの? このままずっとフレデリカにいるの?」

「いや、後任の支部長が来次第アタシは本部に引き上げさ。アタシはあくまで、後任が来るまでの代理だからね」

「じゃあ、またどこかで会うかもしれないんだね」

「そうだね。縁がありゃあまた会える」


 互いに微笑み合う、ドリスさんと私。色々あったけど、今ではすっかりドリスさんと仲良くなれたと思う。


「それで、どっちにいくんだい?」

「南東の方に行こうかなって。ね、サーク」

「ああ」

「南東って言うとサイキョウの方角かい。……大丈夫なのかい?」


 急に真面目な顔になったドリスさんに、私は首を傾げる。サークもまた、すぐに疑問を口にした。


「どういう事だ?」

「あの辺りは今、凶暴な魔物が多く出るって聞くよ。ギルドも手を焼いてるって話だ」

「!!」


 思わず顔が引き締まる。……きっと、あの立方体を埋め込まれた魔物達だ!


「……心配ないさ。俺達の実力はあんたも解ってるだろ」


 眉を小さく動かしただけで、考えを表には出さない形でサークが言う。それにドリスさんは、小さく苦笑した。


「……そうだったね。けど油断はするんじゃないよ。あのフードの連中が活動してたのが、フレデリカだけとも限らないしね」

「うん。ありがとう、ドリスさん」


 心配の言葉をかけてくれるドリスさんに、強い笑みを返す。こうやって出会った皆を守る為にも、私達が踏ん張らなきゃ!


「それじゃあね、ドリスさん! また会おうね!」

「ああ、元気でやりな!」


 最後にドリスさんと互いに手を振り合い、私達は支部長室を後にしたのだった。



 ドリスさんと別れた私達は、すぐに南東のサイキョウ国に向けて出発した。サイキョウ国方面の護衛依頼はなかったから、久々に二人きりでの国境越えだ。

 出発前にベルにも挨拶したかったけど、ギルドでその姿を見る事は出来なかった。……折角仲良くなったのに、ちょっと寂しいな。

 そうして私達がフレデリカの王都を発って、三日が経とうとしていた……。



「今日はこの辺りで休むか。俺はテントを張っとく」

「じゃあ私は薪集めと水の確保してくる」


 夕暮れ時。街道を外れた直行ルートを選んだ私達は、こうして野宿をしながら先に進んでいた。

 こんなに野宿ばかりの旅路は、商隊の護衛が入ってない事を考えても珍しい。野宿を選んでるのはお金の都合もあったけど、それ以上に急ぐ旅路であるという部分が大きかった。

 サイキョウ国は、今まさに混乱の中にある。その収束に、少しでも早く辿り着いて手を貸したかった。

 ……それに野宿の為の細々とした準備って、ちょっとしたトレーニングにもなるんだよね。つまり今の私達には、野宿が最も都合がいいって事。


 サークと別れて少し歩くと、すぐに大きめの川が見えた。良かった、これで水には困らなさそう。

 荷物袋の中から、新鮮なまま水を持ち運び出来る魔道具の保温水筒を取り出す。そして川に近付き、水を汲もうとした時。


「やあっ!」


 川の向こう岸にある林から、そんな女の子の声がした。同時に聞こえる、複数の唸り声。

 間違いない……誰かが魔物に襲われてる!

 水筒ごと荷物を放り出し、川の上に出ている石を足場にして川を越える。サークを呼びに行く事も考えたけど、その間襲われた誰かが無事でいられるか解らない事を考えるとそうする気にはなれなかった。

 戦いの音が、徐々に近付く。やがて眼前に、魔物の群れと戦う一人の少女の姿が現れた。


「あれは、オーク!」


 浅黒い猪のような顔をした魔物の姿に、私は無意識に拳を固く握る。オークはゴブリンよりも頑丈で腕力もあり、おまけに知性がホブゴブリン並にはある厄介な相手だ。

 ここは真正面から殴りかかるよりも、奇襲で焼き払ってしまった方がいい。そう考えた私は、左手を突き出し解放の言葉を唱えた。


「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」


 そうして私の手から生み出された大きな火球は女の子の横をすり抜けるように飛び、オークの群れの中心に炸裂した。

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