閑話 その3

 ――今日の女はハズレだったな。


 隣で私の腕に絡み付き眠る裸の女に、冷ややかな視線を向ける。美しい容姿を持ちスタイルもグラマラスなこの女は世間では上玉なのかもしれなかったが、肝心のの方は期待外れもいいところだった。

 大方、ご自慢の美貌と体だけで世の中を渡り歩いているのだろう。この程度の魔力で魔法使いを名乗るなど、先人への侮辱もいいところだ。


 高い魔力を持つ者と交わる事で、自身の魔力も高める事が出来る。


 その知られざる法則に私が気付いたのは、十二歳の時の事だった。ウルガル教の高位の司祭の庶子として生まれ、この容姿から幼い頃から欲深い神官共の慰みものにされてきた私は、気が付けば歳に似合わぬ魔力を有するに至っていた。

 まだ生まれたばかりの私の魔力は、平均より少し劣る程度しかなかった。故に私は政治の道具として数多くの男女に差し出され、弄ばれてきた。

 だがある時旅の神官が我が家を訪れ、私を見て言ったのだ。「この子には高い魔力がある」と。

 それを聞いた父は、直ぐ様私の魔力量を調べさせた。すると、以前より遥かに魔力量が上がっている事が解ったのだ。

 以来、私の生活は一変した。一族の中でも優遇されるようになり、まともな人間の生活が送れるようになった。

 一族の者達は私のこの変化に皆不思議そうにしていたが……私にだけは解った。父が私に送らせた性奴同然の日々。それが皮肉にも、私の魔力を高めたのだと。

 生活が向上しても、私は積極的に他者と体を重ねた。器量も良く力もあるとなれば、誰も私の誘いを断らなかった。こうして簡単すぎるほどに、私の魔力は日々高まっていった。

 勿論魔力の高さだけに甘えず、私自身剣の鍛錬やより高度な魔法の習得に励んだ。より強い力を持つ者に、人は跪き従う。その事を、これまでの人生で理解したからだ。

 私はもう二度と、私の人生を誰かに踏みにじらせない。その為には、より強い力が必要だった。


 十八の年になった頃、私は父に許可を得巡礼の旅に出た。表向きはウルガル教の教えを全国に広める為だが、実際は、手近で食える魔力の高い者はもう総て食い尽くした為だった。

 今よりもっと強くなる為には、もっと多くの者と交わる必要がある。そして誰よりも強くなり、私がウルガル教の司教となる。

 司教は教団の最高権力者。戦神でもあるウルガル教の司教は、自らも強く在る事が求められる。

 もし司教になれれば、私の安寧を脅かす者は誰もいなくなる。自分の思うままの人生を生きられるのだ。

 その為なら、私はどんな汚い事でもしてみせる。誰よりも、私自身の為に。


 隣で眠る女の、たゆたう長い黒髪を指で梳く。そもそも大した魔力は得られないだろうと予想しつつもこんな女で妥協してしまったのは、この髪の色が原因だ。


 クーナ。あの娘の顔が、頭から離れない。


 女など、簡単な生き物だと思っていた。容姿のいい男が優しく声をかければ、簡単に堕ちるものだと。

 例え言葉で堕ちなくても、一度体さえ重ねてしまえば呆気なく快楽に屈する。事実、今まで抱いてきた女は皆そうして私の虜になった。

 だが、あの娘は――。


『あなたに知ったような口で、サークを語って欲しくない』


 最初は連れのエルフと既にそういう関係だから、私を拒むのだと思っていた。だがあの娘も、連れのエルフも、その関係はハッキリと否定した。

 ならばエルフの肩書き――生ける伝説『竜斬り』である事が関係しているのかと聞いた。そんな私に、あの娘はこう言った。


『『竜斬り』であろうとなかろうと――サークはサーク。変わらないよ』


 それで、完全に解らなくなった。何故あの娘は、お世辞にも彼女に優しく接しているとは言えないあのエルフにこだわるのか――。


 私があの娘にこだわるのは、決して彼女に惚れたなどという理由ではない。私の狙いは、あの娘の秘めた魔力。

 玉の力を魔力付加に使うなどという荒業、並の魔法使いに出来る訳がない。今はまだ未熟な部分もあるようだが、いずれ歴史に名を連ねる大魔法使いに成長するのは間違いないだろう。

 あの娘を手に入れれば、私の力はより強大になる。私の目的に、より大きく近付く事が出来るだろう。

 『竜斬り』が彼女を守っていようとも関係無い。私は必ず、彼女を手に入れてみせる。


『ベルファクトさん、ありがとう』


 だから、脳裏から消える事のないあの笑顔は――決して、彼女に心を奪われたからなんかじゃない。

 私にとって、他人など、ただの道具に過ぎないのだから――。


 そう思っても、結局、彼女の笑顔は頭から消えてはくれなかった。

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