第15話 捜査依頼

「……」

「……」


 お互い無言のまま、サークと目の前の厳つい人が睨み合う。サークは見るからに不機嫌で、まさに一触即発という雰囲気だ。

 ……何でこんな事になってるんだろう。こうなった切欠は、今日の朝にまで遡る――。



「ちょいと、エルフの兄さん。あんたにお客さんが来てるよ」


 フレデリカ滞在中の宿も決まって、久しぶりに迎えたのんびりとした朝。私達が朝食を摂りに食堂へ行くと、宿のおかみさんがそう言ってサークを呼び止めた。


「俺に?」

「そうさ。今この宿に泊まってるエルフって言ったらあんただけだからね」


 おかみさんが顎で指した方を見ると、見るからに冒険者には見えない黒服の男の人が二人、何を注文するでもなく座っていた。その二人を見たサークの顔が、あからさまに嫌そうに歪む。


「……確かに、俺の客みたいだな」

「え? え?」


 話の見えない私がサークと二人を見比べて戸惑ってる間に、サークはさっさと二人の方へ歩き出してしまった。その背中を、私は慌てて追いかける。

 二人は近付いてくるサークに気付くと、立ち上がって恭しく礼をした。それに応えるのは、サークの冷たい声。


「――さっさと用件を言え」

「サーク様ですね。支部長様がお呼びです。至急ギルドへお越し願いたい」


 そんなサークに怯まず、二人のうち一人、蛇のような目があまりいい印象を与えない男の人が慇懃な態度でそう告げる。そこで私は気付いた。

 この口振り、そして告げた内容……。この人達はただのサークにじゃない、『竜斬り』のサークに用があってやって来たんだ。

 それに気付いて一気に不信感で一杯になる私に、漸く二人の目が向く。そして私に直接ではなく、わざわざサークに視線を戻して言った。


「……その娘は?」

「俺の仲間だ。用があるなら彼女も同席させる。嫌だとは言わせねえぞ」


 サークの言葉に二人は眉を潜めたけど、英雄には逆らえないって事なのか、不承不承という感じで頷いた。……その明らかに私に用はないって態度、ホントにムカつく!


「それでは我々はこのままここでお待ちしています。すぐに支度をお整え下さい」

「……チッ」


 小さく舌打ちをして、サークが二人のテーブルのすぐ隣のテーブルの席に着く。私もその隣に座り、重たい空気の中私達は朝食を給仕さんに注文した。



 ――と、これが大体一時間ぐらい前の話。それから私達は黒服達に連れられ冒険者ギルドを訪れ、受付の奥へ通されて――現在に至る。

 今目の前にいるこの人――通された一番奥の部屋にいた厳つい顔の人は、もしかしなくてもこのフレデリカのギルドの支部長さんだろう。『竜斬り』クラスの冒険者を直接呼びつけるなんて真似が出来るのは、ギルド上層部の人間だけだ。

 一体サークに、何の用事があって呼び出したって言うんだろう。私が不審に思っていると、やがて痺れを切らしたのかサークの方から口を開いた。


「……いつまでも黙ってないで、何とか言ったらどうだ。どうせ、公にゃ出来ねえような依頼なんだろう?」

「そうだ。だから関係のない者を連れて来られては困る」


 そう言うと支部長さんが、視線だけを私の方に向ける。……どこまでも私を厄介者扱いするギルド側の態度に、怒りを通り越して悲しくなってくる。

 私はサークの相棒として相応しくない。暗に、そう言われている気分になった。


「関係はある。こいつは俺の仲間だ。若いが腕も確かだ、俺が保証する」


 けれどサークはそう言って、私をこの場に残そうとしてくれる。私がアウスバッハ家の人間だって伝えないのは、私にまで余計な重圧をかけない為なんだろう。

 そんなサークの気遣いが嬉しくて――同時に情けなかった。私が年齢的にも実力的にももっと皆に認められるような人間だったら、サークにこんな気を遣わせずに済んだのに。

 支部長さんが、睨むようにして私を見つめる。私はせめてそれに臆しない事が今サークに返せる唯一の事だと、懸命に胸を張った。

 そのままどれくらいの時間が経っただろう。やがて支部長さんは、小さく息を吐いた。


「……成る程、歳の割には肝が座っているらしい。それではこの場は『竜斬り』殿の顔を立てて、話を始めさせて貰うとしよう」

「それで? 一体俺に何をやらせたいんだ?」

「うむ。……このフレデリカ全土で、盗難事件が多発しているのは知っているか?」


 それなら私達も噂には聞いていた。このフレデリカでは、近頃よく物が盗まれるって。


「知ってるがまさか、俺一人にそれを解決しろなんて言わねえだろうな。第一それは衛兵の管轄だろ?」


 私もそれに頷き同意する。冒険者が魔物退治を主な仕事にするようになって以来、街中での犯罪はこの王都や主要な町に逗留している衛兵が捜査を担当する事になっていた。

 それに大規模な盗難事件ともなれば、組織立っての捜査でないと犯人逮捕は難しい筈。幾らサークが英雄だからって、たった一人で捜査しろだなんて無茶が過ぎる。

 けど私達の反応は予測済みとでも言う風に、余裕すら感じる様子で支部長さんは私達を見回す。そして次に告げたのは、驚きの一言だった。


「その衛兵からの……国からの依頼だ。この盗難事件の犯人を捕らえて欲しい、と」

「……何だと?」

「三日前の事だ。この盗難事件の捜査に当たっていた衛兵達が全員行方不明になった。たった一人を除いて」

「……その一人は、どうなった?」


 表情を引き締め、サークが問い掛ける。その問いに支部長さんは、深い渋面を作った。


「……殺された。そしてそれから毎日、行方不明になった衛兵が一人ずつ死体となって発見されている」

「警告か。これ以上事件を追うなという」

「恐らくは」

「盗難と言うが、具体的に盗まれてる物は何だ?」


 そうサークが言うと、支部長さんの目が光ったように見えた。支部長さんはあくまで表向きは表情を変えずに、逆にサークに切り返す。


「その質問は、こちらの依頼を引き受けて貰えるものと判断するが?」

「どうやら緊急事態だ、仕方ねえ。国としてもこれ以上表立って行動出来ねえから、俺達冒険者に秘密裏に動く事を頼んだんだろうさ」

「話が早くて助かる。盗まれた物は色々あるが、その総てに共通している事がある。――盗まれた物は、総て魔道具だ」


 支部長さんの言葉に、私は思わず眉根を寄せる。魔道具って言うのは魔力の込められた道具の総称で、込められた魔力を自分の魔力で発動させる事で火種無しに火を起こしたり、物を冷やしたまま持ち歩いたり、色んな事が出来るものだ。

 昔はそういうのは魔導遺物って言われて、遺跡から発掘するしかなかったんだけど……。ひいおじいちゃまの研究のお陰で、簡単なものなら今の技術でも再現出来るようになったのだ。

 つまり魔道具には、多かれ少なかれ魔力がある。それを集めるだなんて……嫌な予感しかしない。


「犯人の目星は?」

「それを調査中に衛兵が襲われたのだ。この王都を中心に事件が起きている事までは判明しているが……。そうだな、後の説明は彼女に任せよう」

「彼女?」

「マクガナル、ドリスをここへ」

「かしこまりました」


 支部長さんに命令されたあの蛇のような目の黒服が、礼をして部屋を出る。そして数分後、部屋の扉をノックする音が辺りに響いた。


「支部長様、ドリス様をお連れしました」

「入れ」


 その許可の言葉と共に、部屋の扉が開かれる。現れたのは黒服と、一人の女の人だった。


「……わ……」


 女の人の姿に、私は目を奪われる。燃えるような赤い癖毛に、見事なプロポーションを強調するような色気たっぷりの服装。そして切れ長の焦茶色の瞳は、ギラギラとした輝きに満ちていた。


「何だい、支部長。捜査の人員でも増やしてくれる気になったかい?」


 支部長さんの前だと言うのに、全く臆する様子なく女の人が口を開く。そんな女の人の態度を気にする事なく、支部長さんは頷いた。


「そうだ。かの高名な『竜斬り』が力を貸してくれる事になった」

「『竜斬り』が? て事は……ふぅん、アンタがその『竜斬り』って訳かい」


 ヒュウ、と口笛を鳴らして、女の人がサークに歩み寄る。そして、不敵な笑みを浮かべると右手を差し出した。


「ドリスだ。このフレデリカを拠点に冒険者をやらせて貰ってる。言っとくがこの件に関しちゃアタシが先輩だ。『竜斬り』だからって偉そうにさせはしないよ」

「ああ、俺の事は遠慮なく使ってくれ。俺はサークだ、こちらこそよろしく頼む」


 サークもそれに応えて、ガッチリと握手を交わす。と、女の人の目が私に向いた。


「こっちの嬢ちゃんは?」

「俺の仲間だ。彼女の事も使ってくれて構わない」

「ふぅん……アンタ、名前は?」

「あ、はい、クーナです」

「そう。よろしく、クーナ。若くてもアタシは容赦しないよ」


 私が名乗ると、女の人は笑って右手を差し出してきた。……良かった。口調はちょっとキツいけどいい人みたい。

 そう思って、差し出された手を握り返した瞬間。女の人の目がニィ、と弧に歪んだ。


「!?」


 その視線に嫌なものを感じて、思わず硬直する。女の人はそんな私にはお構い無しに、自然な様子で握手を交わすと手を離した。


「さてドリス、悪いが捜査の前に話がある。他の者は、席を外して貰えないだろうか」

「解ったよ。じゃあサーク、嬢ちゃん、この近くのカフェで待ってておくれ。話が終わったらアタシもすぐに行く」

「ああ、また後でな」


 支部長さんと女の人に促され、私達は部屋を後にする。さっきから、うるさいくらいに動悸が鳴り止まない。


 ――どうしてだろう。胸騒ぎがする。


 私の脳裏からは、握手の時の女の人の目が離れてくれなかった――。

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