第26話 入浴 〜直緒〜
シャワーを浴び終え、私たちはここに入ったときに見えていた湯船がいっぱいある方へ向かう。改めて見てみると、本当いろんな種類のお風呂があるなぁ。
一番手前には透明なお湯の普通の温泉がある。まあ、入るとすれば多分ここからだよね。
ただ、こっから見えるくらい湯気がもくもく出てるけど、温度は大丈夫かなぁ。普段はぬるめのお風呂だから熱いのにあんまり慣れてないし。
「とりあえず、そっから入ろうか」
誰しも考えることは同じみたい。
「いいよ」
私はそう言って、足先をお湯につけようとする。そのために近寄るけど、もう既に湯気が熱め。恐る恐る、そーっと足をお湯に入れる。
「アチっ」
予想どとり熱くてビクッと足を上げちゃうけど、ゆっくり入れば意外と大丈夫そうかも。そのまま、スローモーションみたいにゆっくり、慎重に身体をお湯に入れる。
「……んっ」
入ってるうち、熱さに触れる表面積が増え、つい声が漏れてしまう。
「ふーっ」
だけど、なんとか肩まで浸かれてホッと一息。
そんな入るのにも一苦労な私を尻目に、友美はこの温度のお湯に何食わぬ顔してちゃぽんと浸かる。
「熱くないの?」
「たしかにちょっと熱めかな。でも、気持ちいい熱さじゃない?」
いやいや、だいぶ熱いよこれ。
「ちょっとヒリヒリするくらいだよ」
「そう? じゃあ慣れかな」
「そういうもん?」
「多分」
友美は普段どんな温度のお風呂に入ってるんだろう。慣れってことは、これとそんなに変わらないのかな。普段からこの温度に入るのを想像してみたけど、私には無理そう。
そんな私を尻目に、何かを見つけた友美はスタスタと移動しだす。
「へぇー、43度だって。そりゃ熱いわけだ」
よくあんな、ごうごうとお湯が流れ出てる所の温度計に近づけるなぁ。どんな慣れ方してるんだろ。羨ましいような、羨ましくないような。
まだ、入ってそんなに経ってないけど、肩まで浸かってるともうダメだ。あっつい。慣れてる友美には申し訳ないけど、私は逃げるようにしてサッとお湯から出る。
「もう上がる?」
「ちょっともう無理」
「分かった」
そう言って、友美もお湯から出てくる。
「慣れてる友美は、まだ物足りないんじゃない?」
「そんなことないよ。ちょっと休んで次入ろう」
湯船の縁に腰掛けながら友美の顔を見る。するとたしかに、友美の顔は薄っすらと紅潮してる。ってことは、私は真っ赤っかだろうなぁ。それにめっちゃドキドキしてるし。
そのまま、湯船の縁でドキドキが治るまで待って、次の湯船に向かう。
すると、地獄の釜の中のように煮えたぎってる湯船を見つける。
まあ、ただのジャグジーなんだけど。さっき熱いお風呂に入ったすぐ後だから、なんとなく煮えたぎってるような印象がついちゃっただけ。
一応、恐る恐る足先をお湯に入れるけど、こっちは熱くない。普段入ってるような普通の温度。だから私は気張ることなく、ザブザブと肩までお湯に浸かる。
「はぁーーっ」
程よい温度とジャグジーの強めの泡が気持ちよくて、大きく息が漏れ出てしまう。でも、人間がこの空間に入ったら百人が百人こうなると思うから、別に気にすることもないよね。
それを示すように、友美も同じような声を上げてる。まあ、私の何倍も色っぽい声なのは置いといて。
ただ、私はあまりにもだらしなく息を漏らしたおかげで、肺の中の空気がほとんど出て行った。そうすると浮力が減り、顎ぐらいまでお湯に浸かる。そしてジャグジーの強い泡に身体をどんどん持ってかれ、一気に鼻までお湯に浸かり、危うく水没しかける。
「大丈夫⁈」
その様子を見てた友美が、すかさず片手を私身体の下に差し込んでくれる。
友美の助けもあって、すんでのところでなんとか踏ん張り、水没するのは避けたけど、流石にマヌケすぎてちょっと恥ずかしくなる。
「直緒大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと油断しただけ」
「こういうとこだとちょっとした油断が危ないんだから」
「はい」
友美の言うことは身にしみて分かるから、ここはもう上がることにしよう。私は、足元に気をつけながら湯船から上がる。
さて次はどうしようかな、なんて思って周りを見てると、ちょっと面白いものを見つける。
「ねぇねぇ、高濃度炭酸泉だって。次あそこ行ってみようよ」
「はーい」
そして私たちは、「高濃度炭酸泉」と壁に書いてある所の湯船に向かう。そして湯船を見てみると、そこには想像とちょっと異なり泡の出ていない、透明のお湯。よく見ると、奥の方に泡の噴出口があるけど、シュワシュワしてそうなのはその辺だけだった。
不思議に思いながら入ってみると、意外とぬるい。その温度はさっきのジャグジーよりもちょっとぬるいくらいで、なんだかずっと入っていられそうな感じがする。
「なんか不思議なお湯だね」
「そうね」
そんな話をしてると、どこからかパチパチと何かが弾ける音がしてくる。それに気づいてお湯の中の身体見てびっくり。
いつのまにかに、炭酸水に突っ込んだストローみたいに、全身びっしりと泡が纏わり付いていた。そしてその泡が、呼吸による胸の膨らみや、些細な手の動きでも剥がれ、水面に浮かびそして弾け、パチパチと音を立てていた。
見てると段々とその泡が大きくなり、動かなくても自然と泡が立つてくる。膝の裏、肘、腋の下、下乳、それとまあ、他の身体の敏感な部分にも炭酸の泡は纏わり付き、泡が剥がれて立つたびに全身を擦ってくるから、ちょっとなんとも言えないようなくすぐったさを覚えてしまう。
「ねー、直緒。見て見て」
自分の身体に纏わり付く泡に夢中になってると、友美が呼びかけてくる。
「なーに?」
「ほら! 凄くない?」
友美は自信げにそう言いながら、身体を小刻みに上下に震わせている。目の前の光景がいきなり過ぎて、ちょっと飲み込めない。
「う、うん。凄い」
友美の大きな胸が浮力でプカプカ浮きながら、プルプルと震えてるのは確かに凄い。それは凄いんだけど、いきなりどうしたんだろう。のぼせちゃったのかな?
「でしょ? 泡の量」
泡の量? 私の目が友美の凄いところに奪われていて気づかなかったけど、言われてみると確かにシュワシュワしてる泡が凄い。私の音がシュワー、くらいだとすれば、友美のはシャー! って感じ。
友美はびっくりするほど純粋な目で、揺れて出てくる泡を見ている。私をからかうつもりなら、普通はからかう対象を見ると思う。だから多分、彼女は純粋に泡と戯れてる。
この温泉に入ってると、炭酸の泡と戯れたくなるのは分かる。でも、それはちっちゃい子とか、私みたいに考えが幼稚だったりするとやりたくなるもんで、まさか友美も戯れてるとは思わなかった。
普段の友美とは別人のみたいな彼女がそこにいた。
というか、泡の弾ける結構な音がしてたのに、それに気づかず友美の胸にしか目がいかなかった、私の方がのぼせてるのかもしれない。
そろそろ上がる頃かな、なんて様子で泡と戯れる友美を見てたら、いつの間にかにお湯がひんやりしてきてるような気がした。さっきまでぬるかったとはいえ、それでもここまでではなかったはず。
感覚を集中させお湯に浸かっていると、身体の方がポカポカとあったまってるみたい。
よく見ると壁に何か書いてある。なになに。
『炭酸泉は血管を拡張し、血圧を下げ、血流量を増加させます。更には代謝も上昇します。身体の芯から温まり、全身ポカポカになること間違いなしです。』
へぇー。なるほどね。他にもいろいろ書いてあるけど、私の発見について必要そうなとこはしっかり書いてある。ということは、身体があったまってる気がするんじゃなくて、本当にあったまってるんだね。
本当に全身ポカポカしてきて気分はいいけど、あんまり浸かりすぎててものぼせちゃいそうだから、友美を誘って上がろうとする。そして、上がるために立ち上がった友美の姿を見て、またびっくりする。
お湯に浸かっていた首から下の透き通るような白い素肌が、綺麗にに真っ赤っかになっていた。
「なんか友ちゃん、茹でダコみたい」
「茹でタコ? なにそれ」
あんまりにも綺麗に赤くなってるもんだから、つい茹でダコみたいだなって思ってしまった。そしていまいちピンときてなかった友美も、鏡で自分の姿を見て気づく。
「うわー、マジで茹だってるじゃん。こんなの誰かに見られたら恥ずかしいわ」
「私はいいの?」
そう言ってみると、友美はハッとして内股気味になり、右手で上を隠し、左手で下を隠し、一緒に顔もちょっと赤くなる。
「かわいい」
思ったことが、つい口から漏れてしまった。
「もう、直緒!」
「いやほんとだよ、ほんと。いやでも、かわいいのもそうだけど、凄く綺麗」
確かに、今の友美の姿の第一印象は可愛らしいだったけど今はもう、綺麗に変わっていた。だって、ポーズといい、彼女の造形美といい、ビーナスの誕生の絵画そのものにしか見えないんだもん。絵よりちょっと血色はいいけど。
「恥ずかしいからやめて!」
「ゴメン、ゴメン」
こんな恥ずかしがる友美は、普段見たことがない。そう思うと、なんだかちょっと得した気分になる。というか、ここでは大学で見たことない友美しか見てない。
普段隠してるところが表にさらけ出てきてるのか、テンションが上がって普段やらないようなことをやってみてるのか。はたまたちょっとのぼせちゃってるだけか。
「そ、そろそろ上がろ?」
「そうだね」
そう言って、私たちは出入り口の横にあるシャワーで軽く身体を流し、水気を切る。
不思議な友美がのぼせてるだけじゃないといいな、なんて思いながら浴室から出る。ただどうしてそうじゃないといいのかは、自分でもちょっと分かってない。だから多分、私はのぼせている。
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