第24話 脱衣《キャストオフ》 〜直緒〜
三限が終わって、三時過ぎ。私は今、モノレールの駅で友美が来るのを待っている。
今日は約束していた岩盤浴当日。駅で集合しよう、ということは週末に約束してた。
ただ、友美とはそれ以外何も話せていない。互いに共通の話題があるわけでもなく、かと言ってごめんなさいの一言も言えていない。
言わなきゃ、言わなきゃ、って思っていたけど、ラインでいきなり謝罪だけをぶっこむのは、それはそれで私の想いがきちんと伝わらない気がしてた。
二限が一緒の語学だったからそこで謝ろうとは思ったけど、私が話しかけるより先に彼女は姿を消してしまい、謝ることができなかった。
そういうわけで友美とはほとんど何も話さず、謝りもできず、今日に至ってしまった。
別れ方が別れ方だからなんとなく、集合の約束を確認するまで来てくれないような気もした。でもそのとき絶対行くから、って言われた。
だから、その辺は心配しなくてもいい。むしろ、そんなことを疑った私が悪い。よくないなぁ、こういうのを考えちゃうのは。
そんな自分が嫌になってため息が出る。
「どうしたの? ため息ついて」
その友美の声に、身体がビクッとなる。
「な、なんでもないよ!」
完全に意識の外から話しかけられたので「なんでもない」というありふれた言葉しか思い付かなかった。それに、びっくりして返事する声もちょっと上ずってしまう。
「ならいいんだけど」
登場には驚かされたけど、待ち人は来た。
見てみると、今日の友美は一段と彼女らしい格好だった。
今日の予報では、最高気温が25度。キャスターが、汗ばむ陽気になるでしょう、なんて言っていた。実際、日向を動けば少し汗ばむ。
その影響かどうかはさておき、友美のトップスは、オフショルのVネック。デコルテどころか谷間まで見えそうになってる。そして、下は足の長さを強調するようなスキニーデニム。
上下合わせると、このコーデは彼女のスタイルをこれでもかってくらい全面的に押し出している。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
私たちはそれだけ言葉を交わし、モノレールの改札を通る。
温泉は歩いて行けるって話だったけど、なんでモノレールに乗ってるのか。それは、温泉までの送迎バスを利用するため。
実はその温泉、徒歩だと結構距離がありそうだ、ってことで、それならTセンターから出てるらしい直行便に乗ろう、という話になった。
そんなわけで、今私たちはモノレールに乗ろうとしている。
改札を通った人の数を見てめっちゃ混みそうだとは思ってたけど、ホームまで降りて駅の混雑具合を実際に体感する。まあ、主に私たち学生のせいなんだけど。
この駅が混雑するのは朝の登校ラッシュ、それと三限以降の講義終わりの帰宅ラッシュ。私たちみたいに、大学から帰ろうとする学生が駅にわんさか集まる。だから混む。
そして、ホームも狭いから、まあ人が密集する。周囲の人との隙間なくギッチリと。そのおかげで、モノレールを待つ間、友美とピタッと密着する。肩と肩がくっついてしまうくらいに。
顔と顔が非常に近い。今までにないくらいに。そのおかげで、彼女のしているメイクの細かいところまで見えてくる。
目元にはシュッと引かれたライナーに、アイシャドウとマスカラ。唇は触ったらぷるっ、っていいそうなくらい、艶やかでハリ感のある口紅。頬はほんのりピンクで、服装、メイク、スタイル全部合わせると、とてつもなく色っぽく見える。
メイクはかなり気合が入っているように見えるけど、今日は女二人で温泉に行って飲んで帰るだけ。だから、近くでマジマジ見たことがないだけで、多分普段通りのメイク。
そして、ほんのり漂ってくるのは香水の匂い。もちろん友美が付けてるやつ。ちゃんと柑橘系の爽やかな香りはするけど、決してどぎついってわけじゃない。人を振り向かせるのに必要最低限の丁度いい強さ。
ただこの距離感、私がいろいろ引け目を感じているせいで、ちょっと気まづい。それでいて、友美は普段と変わらない表情をしているから、なおのこと気まづい。
「なんで今日に限ってこんなに人多いわけ?」
「なんでだろうね」
普段この方向に向かって帰る友美が嘆くほど、今は混んでるらしい。
でも、私は謝らなきゃ、って方に考えが集中しすぎて、とっさに振られたに言葉にうまく答えることができない。
そうしているうちに、ホームにモノレールが到着する。周囲の流れに逆らわずに乗り込む。
割と後の方の微妙なタイミングで、ホームに降りた私たちが座席に座れるわけもなく、つり革にも掴まれず、ドア付近からちょっと中の方に入った微妙な所へ押し込まれる。そして、私と友美の間に、後ろに立ってる人が背負ってるバッグが割り込み、二人の間にちょっとした距離が生まれる。
仲がいい学生同士がいろんな場所でお喋りし合って、騒つくモノの車内。
私も友美と話したいことはあったけれど、バッグによって引き裂かれた私たちは、モノレールの中で会話することは叶わず、Tセンターに着くまでの五分間、ただスマホを眺めることしかできなかった。
Tセンターに着き、周囲の学生が一斉にモノから降りる。その流れに乗って、私たちもモノを降りる。ただ、流れに巻き込まれて、降りたドアは別々になってしまった。でもなんとかホームで合流する。
目的地のロータリーに行くために、モノレールから京王線に乗り換える通路を二人で並んでひたすら歩く。
友美はバス乗り場を確かめるため、スマホとにらめっこ。そんな彼女を邪魔しないように、私はただただ無言でついて行く。
私もこの通路を乗り換えのために歩くけど、ここがこんなに長い道だと感じたことはない。歩調は足の長い友美に合わせて、ちょっとだけ早歩きしてるにも関わらず、この道のりがとても長いと思った。
長旅を終え、Tセンターのロータリーに着く。そこで私たちは、温泉への送迎バスに乗ろうと、乗り場を探す。
「ここかな?」
温泉のホームページに書いてある、ハンバーガーショップの前を見てみる。
「いないわ」
どうやら、まだ来ていないらしく、それらしい姿は見えない。
「ここ……、だよね?」
「そのはず」
二人してちょっと不安になり始める。
そんなとき、側面に店名の入ってるマイクロバスが目の前に到着する。
「これだね」
そう言いながらバスに乗り込む。
車内は平日の午後ということもあり空席が目立つけど、バスの定員がそんなに多くないことと、横並びに二席空いている場所がない。
空いてない以上仕方ないので、私たちは別れて離れた席に座る。
私の隣にはお爺さんが座っていて、車内を見渡すとお爺さんお婆さんが多い。
そんな車内で一番目立っているのは、二列離れた所に座っている金髪姿。窓から時折射し込む日差しを反射して、その髪はキラキラと輝いている。二列分離れているにも関わらず、その輝きは私に届いている。
でも、高々マイクロバスの二列分しか離れてないのに、友美との距離はとても遠く感じられた。同じ車に乗ってるのに、別々の車に乗ってるんじゃないかってほど遠くに。
結局、合流してから温泉に着くまで、私は友美とろくに会話することができず、埋めようと意気込んでた私たちの距離は、どんどん離れていってる気がした。
駅前のロータリーを出発したバスはだんだんと駅前から遠ざかる。友美と分かれて座ることになり、特にすることもない私はひたすら窓の外を眺めている。
友美と仲直りのタイミングを計りかねてモヤモヤしてるとき、
『ありのままの直緒がいいんだよ』
という、先輩の声が頭の中に響く。
そうだ、ありのまま。今はありのまま楽しんで、言うべきとき、ベストなタイミングで謝ろう。
そう考えを切り替えて窓の外を眺める。
走るにしたがって道も片側二車線の平坦で交通量の多い大通りから、だんだんと勾配が付き始め、道路の両側に団地が建ち並ぶ住宅地の路地道へと変わってゆく。道が細くなるにつれて木々も増え始め、だんだんと非日常へと進んで行ってるような気がして、ワクワクしてきた。
どんな場所なんだろうなぁ、なんて思い始めたときバスが止まり、昇降口が開く。長旅かと思ってたけど、私がワクワクし始め温泉の姿を想像しきる前に、着いてしまう。
前の人に連なってバスから降りる。うっすら冷房の効いていた車内から降りると、日向の正面玄関はちょっと暑い。
先に降りていた友美の横に向かう。
「なんかすごいね」
温泉の景観を眺めて、友美は言う。
「だね」
友美の言う通り、建物はなんか凄い。
見た感じを一言で表すとすれば、複合娯楽施設。何もない丘陵の原っぱにドンと建っている、四階建てのビル。各フロアの窓には主張するように、それぞれの店名が入っている。
どうやら、一階と二階が目当ての温泉と岩盤浴。ちなみに、その上の三階はボウリング場、四階はカラオケみたい。
入り口をくぐり、エレベーターのあるエントランスを抜け、目当ての温泉の入り口に入る。どうやら、この温泉とボウリング場とカラオケは、中で繋がってるわけではないらしい。
まあ別々のお店っぽいし、そりゃそうか。
温泉の入り口の中に入り、お互いそこにあった鍵付きの下駄箱に靴を入れ、建物の中に入る。
そこにはフロント、その机の上に料金プランが書いてある。どうやらコースを選んで入るみたい。
「いらっしゃいませ」
えっと、どれを買えばいいのかな? あっ、入館料と岩盤浴のセットがある。あとレンタルタオルも必要だね。
「温泉と岩盤浴のセット、それとレンタルタオルですね? 全部合わせて1500円でございます」
そう言われ、提示された1500円を払う。
「岩盤浴のセットコースですので、岩盤浴専用のお着替えのサイズを選んでいただきます。サイズはSからLのフリーサイズとLLがございます」
「じゃあ、フリーサイズで」
「かしこまりました」
そう答えると、いろいろなものが入ったビニールバッグを渡される。
「こちらにはレンタルタオルセット、岩盤浴用のお着替え、それと岩盤浴用の茶色いタオルが入っております。ロッカーは一階、温泉フロアにございます、脱衣所の無料のロッカーをご利用ください。そして、岩盤浴は二階の専用フロアになりますが、ご利用の際は専用着に着替えていただき、茶色のタオルを床に敷いてご利用ください」
一通りバッグの中身を説明され、こちらに渡される。
「ありがとうございます」
「それではごゆっくりとお過ごしください」
そう、フロントの人に見送られる。
「分かりました、ありがとうございます」
友美もそう言って、中に入る。
「どうしよっか?」
お風呂を先にするか、岩盤浴を先にするかどっちにしようか聞いてみる。
「汗かいちゃったからさぁ。お風呂いこ、お風呂」
「オッケー」
実は私も先にお風呂に行きたかったから、満場一致でお風呂へと向かうことに決まる。
「ああ、この階段の上が岩盤浴なのね」
目の前には「この先、岩盤浴専用着を着用しているお客様のみ利用可能」と書かれている看板が置いてある。ということは、この先階段を登った所が岩盤浴エリアってことだ。
「後でね」
「うん」
そう言いながら、そのまま真っ直ぐ進み、少し大きめの空間に出る。そこの中心には作り物かどうか分からないけど、室内なのに木が植わっており、その周りを囲むように大人数でかけられるベンチがある。
そして、マッサージチェアや、深く腰掛けられる椅子が多数設置されており、冷水機と自動販売機が置かれている。そして向かって左の通路には赤い暖簾、右の通路には青い暖簾がかかっていて、私たちが入るべき入り口を示してる。
その表示通り、赤の方を選んで入る。
その先には曲がり角が一つ、その角の先には広々とした脱衣所が待っていた。まあ、鍵付きのロッカーがいっぱいの、よくある温泉の脱衣所なんだけど。
奥の方に見えるパウダールームは入り口からはちょっとしか見えなかったけど、とても清潔そうに見える。
見た感じ、脱衣所には今のところ私たちだけ。
平日の昼間なんてこんなもんだよね。
私たちは適当に並んで空いてるロッカーを選び、服を脱ぎ始める。私はささっと服を脱ぎ、シワにならない程度に畳んでロッカーに入れ、下着も脱ぐ。
友美もスルスルっと服を脱ぎ、手早くそれでいてキチッと服を畳み、下着を脱ぎ、フェイスタオルを持って浴室に向かおうとする。
「あれっ、友ちゃんってコンタクトとかしてなかったっけ?」
そんな友美の姿を見て、疑問に思ったことを聞いてみる。
「いや、裸眼だけど、どうして?」
「図書館で勉強してるとき、眼鏡掛けてたから」
私が図書館で見た友美は、たしかに眼鏡をかけていた。だからコンタクトかなぁ、って思ったんだけど違うみたい。
「それ言わない約束、まあいいや。あれ、伊達」
「そうなの?」
意外な事実。
「なんで?」
「一応変装。それと、眼鏡かけると、自分の中でスイッチが勉強用に切り替わるのよ」
「そういうことね」
変装の効果があるかはさておき、気持ちを切り替えるために何かを身につけるってのは分かる気がする。なんだかいつもと違う気分になるというか、違う自分というか、まあそんな感じ。
「直緒はコンタクトとか、どっかで眼鏡かけたりするの?」
「いや、ずっと裸眼だよ」
「でも、眼鏡似合いそう」
「私、眼鏡似合わないよ。でも、友ちゃんは似合ってたよ」
「似合ってるって印象なら、私って認識できてるから変装としてダメなんだけど」
「別にそんなことないよ」
ただ、お互いまっぱで眼鏡をかけてるかけてないの話をしてるのは、ちょっと変な感じがする。
「ほら。もう行くよ」
そう言って、友美は浴室へと歩いていく。フェイスタオルを片手に持って、周りを気にせず堂々と、ランウェイでも歩いてるかの如く。
初めて友美の裸を見るけどスタイル凄いなぁ。まあ、今見えるのは後ろ姿だけなんだけど。普段服の上からでも凄いって思うんだから、何も着てなきゃ尚更。
足は綺麗にすらっと伸びて、お尻は大きくて綺麗なまん丸が二つ、私のただ無駄にデカイだけの尻とは大違い。腰はキュッとくびれてて、背中は剥きたてのゆで卵みたいにつるっとしてる。
そりゃ堂々と歩けるよね。あの友美の歩き方も、パーツを強調するのに一役買ってるくらいだ。
一方尻がデカイだけの私は、一応フェイスタオルで下を隠しながら、いつもよりちょっと小股でついていく。
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