第23話 悩みはニチアサに 〜友美〜
日曜朝八時半。この時間にテレビを観ることで、私の休日が始まる。
もちろん、出かける予定のない日限定ではあるが、この時間にテレビを観ることは私にとって何よりも優先順位が高い。寝巻きから着替えることもせず、もちろんメイクもしない。朝ごはんはその日によるけど大概は観終わってから食べる。
この時間のテレビはそのくらい大事なこと。
目当てはもちろんプリエイド。そして今日も、その例に漏れず、テレビの前に座ってる。始まるまではまだ時間があるから、スマホを眺めて暇つぶし。SNSを漁りつつ、スケジュール帳を確認する。それを見て、思い出す。
思い返せばこの一週間、いろいろなことが起きすぎてる。
一人で戦って、フラフラになりながら帰ってきたのが大体一週間前。そっから、戦って、戦って、そして一昨日、直緒とちょっとした言い合いになった。
キッカケはいろいろあるけど、多分その大部分は想いの相違。要するにお互いに分かり合えてないから。
そんなことを考えてたら、プリエイドのオープニングが始まる。とりあえず、考えてたことを脇に追いやって、じっと画面に集中する。
オープニングが終わって、CMを挟み本編が始まる。
今週の話は、えりが放課後の自主練で水泳のタイムを計測しているところから始まる。
『ハァ、ハァ。今度はどう?』
『うーん。またタイム落ちちゃってるかな。』
肩で息をしながら、水面を見つめるえり。
『もう一本、タイム取ってもらっていい?』
『ねぇ、えり。もう今日はやめない?』
『嫌だ。今は休んでられないから』
『大会近いのは分かるけど、頑張りすぎだよ』
『結果の為には、当たり前の努力よ!』
『でも……』
『えり、もう帰りなさい。身体壊すわよ』
『コーチ……』
コーチに言われ、えりはプールから上がらざるを得ない。鬱憤を抱えながらプールから上がる。
『ありがとうございました』
えりは項垂れながらプールを後にし、影が差している更衣室へと向かう。
次の日の学校。えりの頭は記録のことでいっぱいで、授業の内容も友達の話も上の空。
そんな放課後、敵が現れる。こころとゆいと変身して戦うけど、えりのチェンジングも口上も元気がないし、戦いに集中出来ずつい、ボーッとしてしまう。
そんなとき、
『えりちゃん、危ない!』
こころに助けてもらい、敵の攻撃をギリギリ躱す。その間に、ゆいがリボンの範囲攻撃で敵を退ける。
『えりちゃん。どうしたの? 大丈夫?』
『大丈夫、ちょっと調子が悪いだけ』
自分でも言うように、えりは戦いでも思うように力が出せない。
水泳のスランプを脱するためひたすら練習に打ち込むが、それでもえりの記録は変わらない。
そんなイライラを戦いにぶつけようとするけど、それも空回り。また、こころとゆいにフォローされてしまう。
二重に発散できないイライラを抱えたえり。
『今のままだと、一緒に泳ぐ部員にも、一緒に戦うこころとゆいにも迷惑がかかっちゃう。そうしてしまうくらいなら、私は──』
言葉に詰まるえり。そして、ギュッと拳を握りしめて
『辞めよう。大会も、プリエイドも』
そう決心する。
一方でえりのことを心配する、こころとゆい。
最近のえりについて話し合ってるときに、ちょうど彼女がやってくる。
『あのさ……、二人とも』
『ん?』
『どうしたの?』
深刻な表情のえり。だけど言葉が出てこない。
でも、無理やり言葉を紡ぐ。
『わ、私。プリエイド、やめる』
そしてそのまま走り去ろうとする。だけど、こころに手首を掴まれる。
『どうして、そんなこと言うの?』
『辞めたいから、だから離してよ!』
『でも、えりちゃん、辞めたくないって言ってるよ』
『な、何がよ!』
『今のえりちゃん見てれば分かるよ。本当は辞めたくないけど、私たちに迷惑かけないように、辞めるって言ってくれてるんだよね』
『……』
本心を指摘されて、何も言えないえり。
『大丈夫、何も言わなくてもえりちゃんの気持ち伝わったから』
『最近いろいろと調子悪いんでしょ。でも気にしないでさ、無理しないでいいから。その分みんなで支え合えばいいよ』
二人がえりの本心を見抜き、フォロー。
その言葉につい感極まってしまう、えり。
──何も言わなくても伝わる、か。
以心伝心。表情とか、態度とか、語気の感じで、言葉の裏にある本心を見抜いて、言葉を使わず通じ合う。
そのとき、彼女が弱ってると踏んで襲いに来た敵が襲来。
だけども通じ合ったみんなで敵を返り討ち。そして水泳の方もうまくいく、という内容で今週は終わった。
エンディングを眺める。
今週も面白かったなぁ。
主人公たちの団結感、信頼感がすっごく良く描かれていた。挫折し諦めかけるけど、仲間の手助けにより一致団結し、その絆の力で敵をやっつける。その展開はベタだけどやっぱり素敵だ。
──それが現実でできたら、どれ程楽なんだろう。
彼女たちのように、直緒と以心伝心の関係でいられたなら、あんな風なぎこちない別れ方にはなってないだろう。
あの言い合いの場で、私は自分の想いをいろいろと直緒に伝えた。言葉でしっかりと。
だけれども、多分直緒には私の想いは伝わっていない。私の最後の問いかけに対する直緒の不安そうな、その意味が理解できない、という表情。それが全てを物語ってた。
それなら、どうすれば私の想いを直緒に伝えられるんだろう? 言葉でも伝わらなかったのに、どうしたらさっきの主人公たちのように、私のことを分かってくれるのだろう?
少しの間、どうたらいいか考えてはみたものの、答えが見つかるわけでもなかった。
そして考えるのやめて、ふと思う。
たたが女児向けアニメを観ただけで、どうしてこんなにいろいろ考えてしまうのか。主人公たちの年齢をとうの昔に追い越した大学生が、なんで創作上の中学生と自分を重ね合わせてしまうのだろうか。
幼い頃から観続けてきて、プリエイドと一緒に成長してきて、十五年ちょい。長い付き合いのプリエイドはすっかり私を構成する一要素。だから、他の人よりもちょっと感情移入して観てしまう部分はある。
それに、プリエイドは女児への教育的な展開であると同時に、大人も考えさせられるような脚本にもなってる。
だから、たかが女児向けアニメでこれだけ考えてしまう。
だけど、そうじゃない。
確かに、そういう要素もあることにはある。でも一緒に育ってきたとは言っても、それはプリエイドという番組単位での話。一つのシリーズを取り出して考えると基本的には一年のシリーズの区切りとともに、主人公たちは交代し新しい物語が始まる。
故に同じ主人公を十五年眺めてるわけではない。このシリーズだって、始まってまだ二ヶ月ちょいしか経ってない。だから、彼女たちとは二ヶ月ちょいしか一緒に成長してない。
じゃあ、なんなのか。
思うにそれは一種の憧れ。
プリエイドを観ている小さい子は一度はこう思う、「自分もこんな風になりたい」と。だから、みんななりきり変身セットを買ってごっこ遊びに興じる。私も昔はその口だった。
そしてそれは、彼女たちのようになりたいという憧れが現れたもの。
でも、成長するに従って皆、その憧れは実現しないものだと気づく。
彼女たちはアニメーションの主人公であり、フィクションの存在。いくら頑張ったところで普通は変身できないし、倒さなきゃいけない敵がいるわけでもない。そして、憧れを捨て他の興味へ旅立って行ったり、憧れを捨てつつも観続けたりする。
ただ、中にはその憧れを捨てない人たちもいる。プリエイドになりたいと思い続け、声優やショーのスーツアクターを目指し、実現させる人もいる。それに、彼女たちの生き方や考え方に共感し憧れる人もいる。
でも、それはあくまで彼女たちがフィクションだという前提が頭の中にあり、現実的に憧れを叶える方法を探って形にしてる。
だから、フィクションの中での「プリエイドそのもの」に憧れ、彼女たちみたいに戦いたいなんて、現実で思ってる人はいないし、実際私もそうだった。
でも、状況は変わる。なんの因果かあるとき私は彼女たちのように、戦う力に目覚めてしまった。大昔に捨て去った憧れを意図せず叶えてしまった。
そして、昔憧れていた彼女たちのように戦おうと頑張った。この力を持った先輩や仲間がいたわけでもないから、一人でただ頑張ってみた。
でも、そこで気づく。私は彼女たちのようにはなれない、と。
いくら、フィクションの作品と同じような力を現実に手に入れたところで、フィクションのようにはいく訳ではなかった。
そもそも私の力は頑張ったところで、彼女たちが基本的に有してるものよりも遥かに劣っている。だから主人公たちと違い、力及ばず守れないことだって……。
それに、現実では頑張って修行したところで、無限に成長できるわけでもないし、力に目覚めた瞬間に自分の能力や、その使い方を察するわけでもなかった。だから、それなりの修行パートを挟んで大幅に力を伸ばす彼女たちと違い、私は力を伸ばそうと頑張っていたけど、振り返ってみれば全く意味のないことばっかり。
結局、私は私、彼女たちは彼女たち。同じようになることはできなかった。
憧れと自分の限界。それを知った人間はそのギャップに悩んでしまう。
今の私がそんな感じ。彼女たちのようになれないと分かっていながらも、彼女たちのようになりたいと夢を見て、ただ現実とのギャップに悩むだけ。
でもそんななか学んだことがある。それは諦めること。
理想と現実のギャップに悩んだら、その理想を諦めて、現実的な解決方法を探る。言い換えれば「迂回」。
彼女たちのように、直緒に自分の想いを分かって欲しいけど、その方法が見つからない。どれだけ考えても分からない。その理想と現実の終わらないせめぎ合い。経験則上それを終わらせる方法は、
「諦めるしか、ないのかな」
プリエイドに対する周りの反応や、陰でビッチって呼ばれてることと同じように。自分だけが自分のことを理解してれば、他からはどう言われようとそれでいい、という風に。
むしろ、私は今までそうやって生きてきた。だから、今までのように、とっとと直緒に理解されることを諦めて、己が道を進めばいい。ただそれだけの話。直緒との分かり合いを諦めたところで、一人で戦ってた元の状態に戻るだけだからなにも問題ない。
そう、問題ない。でも問題ないはずなのに、直緒には共に戦う仲間として、私のことを分かって欲しいという、自分がいる。
きっと、一人での戦いに戻ること、それに対する不利益が大きい、と感じているからだろう……多分。実際のところ、あの一人で闇雲に戦い続け、結果として力を得られなかった日々よりかは、誰かがいた方がいい。
今までは、そういう諦めることによる不利益が無かっただけで、今回たまたま不利益があるからこう思ってるだけ、だと思う。
そうだとすると、どうやって分かり合えばいいんだろう、というところに戻る。
じゃあ、どうすればいいのさ。
そんなとき、
『どうしてそんなに、強さにこだわるの?』
という直緒の言葉が頭によぎる。
守れるだけの力を手に入れるため。それが私の答え。
この力を手に入れたばかりのときから、ずっとそう思い続けてきた、正真正銘の私の想い。
でも、どうしてそう思い続けてきたんだろうか。その理由が思い出せない。いろいろな記憶に埋もれてしまって、詳しいことを思い出せない。
ただ、そこを思い出せれば、なんとなく直緒に私の想いを分かってもらえそうな気がした。
その瞬間見えたのは、原っぱで泣いている女の子。それは、その子を目の前に何もできずただ倒れて意識を失うときに、私が見ていたビジョン。倒れ、目を瞑って目の前が見えなくなり、そのビジョンはブツ切りに途切れた。
でも見えたのはビジョンだけ。聞いていたはずの音も、その瞬間に考えていた感情も、視覚以外のそういうところは全く蘇ってこなかった。
私にとって大事な出来事は思い出したけど、そのなかで大事なところを思い出せていない。そこが分からなきゃ、直緒に私を分かってもらえない。
見えたと思った希望の光は、手を伸ばした瞬間消えてしまった。
何をするにも最適な暖かな春の休日。そんな陽気でも私はもう、何をする気も起きなかった。
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