第22話 行き交う言葉とその裏側 〜直緒&優斗〜

 〜直緒〜


 なんだか喧嘩別れみたいになっちゃった。週明けにちゃんと謝らないとなぁ。でも、どうたらいいんだろう。


 家に帰って、自室に篭り、一人でため息をつく。


 さっきの会話の大元は、私が友美の出そうとしていた技を止めたことにある。だから、全面的に私が悪い。


 私から謝らなきゃいけないのはマスト。ただ謝った上で私は、友美が何を考えて戦っていたか、それを知りたい。


 謝れば、私と友美の表面上の関係は回復するはず。でもそれだけだと、私の想いは友美に伝わらないし、友美の想いは私に届かないまま。二人の間の溝はきっと埋まらない。

 だから私は、友美があのとき何を考えてていたか、何を想っていたか、ということを知らなきゃいけない。


 私が止めに入ったときの友美は、並々ならぬ覚悟を決めた表情をしてた。それにずっと、見てて痛々しいほどに、自分を傷つけてまで必死に戦っていた。

 そんな状態にならなきゃいけないほど、友美は何を考えて戦っていたのか。


 強くならないといけない、って友美は言った。

 そしてそれは、


『強くなきゃ、なにも守れない』


 という彼女の言葉に繋がる。


 それが私の疑問に対する答えであり、考え。


 確かに、何かを守るためには力が必要、ということは理解できる。

 ただ、自分を顧みないほど、一心不乱に強くなろうとして、それで得た力で友美は何を守りたいんだろう。どうして、守るということに執着しているんだろう。

 それに、私には友美のあの姿がどうにも、守ることより強くなることを求めているようにしか見えない。

 だから知りたい。友美の想いを。

 それが今の私の想い。


 でもこの状況で、私の想いをちゃんと届けるためには、友美の想いを伝えくれるには、どうしたらいいんだろう。悩んでも悩んでも、一人では解決法を見出せそうになかった。


 そんなとき、スマホを見て思いつく。


「そうだ、先輩に聞いてみよう」


 そう思い立ち、私は先輩にラインする。


『先輩』

『どうした?』


 十秒も経たずに、返信が来る。今なら相談しても大丈夫そうかな。


『相談したいことがあるんですけど、いいですか……?』

『今、ちょっと通話厳しい場所いるから、トークでいいなら』

『ありがとうございます!』


 お許しが出たので、私は今日の出来事と、悩んでることを相談する。


『珍しいな、二人がぎこちないの』

『多分今までが、うまくいきすぎだったんだと思います』

『それで空気があんまり良くないなかで、分かり合うにはどうすればいいですか、か』

『はい』

『じゃあ、何もしないのがいいんじゃない?』


 先輩の答えはとても簡単で、とてもサッパリしたものだった。


『どうしてですか?』

『物事にはタイミングってもんがあんだろう。だからとりあえず今は、最適なタイミングまで待って、時間がなんとかしてくれるのを待つしかないんじゃない?』


 先輩の言うことは、確かに一理ある。


 どんな物事にも最適なタイミングはある。そして、時間は万能薬でいろんなことを解決してくれる。この二つをうまく使えば大概はなんとかなる。

 でも、なんとかなるからこそ、ならなかったときがどうしようもない。タイミングはちゃんと合わせないと逆効果だし、それに加えて時間は元には戻らない。


 だから、一番いいタイミングを逃してしまったら、ギクシャクしたままどうしようもなくなるんだ。


『でも、今友美と向き合わなきゃ、ダメな気がするんです』

『どうして?』

『だって、多分友美は既に、重みで潰れてしまいそうなほど、いろんなものを背負ってると思います。だからきっと、今がそのタイミングなんだと思うんです。そのタイミングを逃したら、お互いに後悔しちゃうと思うんです』


 ちょっと間が空いて、先輩からの返信が来る。


『ならもう、答えは見えてんじゃねぇの?』

『答えですか?』

『今がタイミングで、直緒は友美に想いを伝えたくて、友美の想いを知りたい。なら、直緒がしたいと思うままに、ぶつかってみる以外にやることはないだろ』


 先輩の言う通りだ。今がそのタイミングで、想いを伝え合いたいのならすることは一つ。


『週明けにご飯行くんで、そのときに話し合って、私の想いをぶつけてみようと思います』

『まあ、いいんじゃない。直緒にとっては、自分の想いに正直に動く、ってのが一番いいさ』

『分かりました!』

『うまくいけばいいな』

『はい、頑張ります! ありがとうございました!』


 そう送って、スタンプを押す。すると、先輩もスタンプを返してくれる。


 自分の想いに正直に動く。想いを伝えるならそうするしかない、先輩はそう思い知らせてくれたんだ。だから、週明け頑張ろう。


 そう思えて、胸のモヤモヤが晴れた気がする。


 いつの間にかに私を夕飯に呼ぶ声が聞こえている。私は自室を飛び出し、リビングへと向かった。




 〜優斗〜


 ゼミの課題の資料集めのため図書館を訪れているとき、直緒からラインが届く。


『先輩』


 彼氏らしく、秒で返信を返す。


『どうした?』

『相談したいことがあるんですけど、いいですか……?』


 相談か。ここ図書館だし、通話するために外出るのもめんどいから、トークで返そう。


『今、ちょっと通話厳しい場所いるから、トークでいいなら』

『ありがとうございます!』

『それで?』


 相談の内容を聞いてみる。


『実は、今日友美と一緒に戦ってたんですけど、ボロボロになりながら戦うのを見てられなくて。それで、なんかヤバイと思って、友美が技を出そうとしてるとこで、それを無理やり止めちゃって、その後ちょっとした言い合いになっちゃったんです』

『珍しいな、二人がぎこちないの』

『多分今までが、うまくいきすぎだったんだと思います』


 なるほどね。


『それで空気があんまり良くないなかで、分かり合うにはどうすればいいですか、か』

『はい』


 要するに俺は、仲直りの方法、どうしたらいいですか、って相談されている。

 めんどくせぇなぁ。でも、直緒はほとんど俺の傀儡みたいなもんだし、状況的には俺の選択次第で、ある程度二人の関係を操れそうだから、むしろチャンスかもしれない。


『じゃあ、何もしないのがいいんじゃない?』

『どうしてですか?』

『物事にはタイミングってもんがあんだろう。だからとりあえず今は、最適なタイミングまで待って、時間がなんとかしてくれるのを待つしかないんじゃない?』


 直緒に聞き返されたので、それらしい理由を答える。


 でも、狙いは違う。俺は仲直りではなく、もう少しそのままギクシャクしていて欲しいのだ。


 この前、酔った勢いで口走ってしまった襲撃を実行するにあたって、それをある程度形にするためにには、何かしらの爪痕を残さねばならない。そのためには、あの二人のコンビネーションが邪魔だ。


 だから、ギクシャクしたままで、協力し合わない状況にしたかった。

 そして、直緒は分かりました、と素直に言うはず。これにて相談はお終いだ。


『でも、今友美と向き合わなきゃ、ダメな気がするんです』


 だが、直緒の返事は俺の望むものではなく、相談は終わらなかった。


『どうして?』


 チッ。なんで言うこと聞いてくんないかね。


『だって、多分友美は既に、重みで潰れてしまいそうなほど、いろんなものを背負ってると思います。だからきっと、今がそのタイミングなんだと思うんです。そのタイミングを逃したら、お互いに後悔しちゃうと思うんです』


 直緒はそう送ってくる。

 あーあ、これはスイッチ入っちゃったやつ。こうなりゃもう、何言っても聞かんしな。さて、なんて返すか。


『ならもう、答えは見えてんじゃねぇの?』


 ちょっと考えた末、当たり障りのない言葉を選ぶ。


『答えですか?』

『今がタイミングで、直緒は友美に想いを伝えたくて、友美の想いを知りたい。なら、直緒がしたいと思うままに、ぶつかってみる以外にやることはないだろ』


 適当にそれらしいことをつらつらと並べ、返信する。


 この選択だと、結果は仲直りするか、決定的に割れるかのどっちかだ。仲直りしたら相手する上で面倒くさいことこの上ないが、そもそもは仲違いなんて考慮に入らなかった。


 なら俺が何を言っても、元々と変わらないか、状況は良くなるだけ。

 じゃあもう、なるようになれ。


『週明けにご飯行くんで、そのときに話し合って、私の想いをぶつけてみようと思います』

『まあ、いいんじゃない。直緒にとっては、損得関係なしに自分の想いに正直に動く、ってのが一番いいさ』

『分かりました!』

『うまくいけばいいな』

『はい、頑張ります! ありがとうございました!』


 ここまでくれば、返事の内容なんか意味さえ通ってればそれでいい。無心でラインを返す。

 そして、直緒は勝手に納得してくれたようで、スタンプを送ってくる。俺は話を切り上げるために、同じようにスタンプを返して、スマホをポケットに入れる。


 自分で決断するなら、聞いてこないで欲しい。おかげで余計な心配が増えた。

 俺は何ともいえない胸のモヤモヤ感を抱えながら、課題の資料集めに戻った。

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