第21話 燃え残った約束 〜直緒〜
さっき変なフラグ建てなきゃよかった。今の私は、先程の言動を後悔していた。
というのも、憎念の戦いで疲れた身体を癒しに岩盤浴に行こうと、いう話をした午後に、憎念と戦うハメになったからだ。
もう、タイミング悪いなぁ。だからといって、不貞腐れてもしょうがない。そんなことしてても、憎念はいなくなってくれないんだ。
「やろう……。友ちゃん!」
自分の気持ちを切り替えるために、友美にそう言う。
「ええ、分かった!」
友美も私の言葉に応える。
そして、同時に想いを込めて叫ぶ。
「
私は、やってやろうという気分だ。
ただ、隣にいる友美の様子がなんだかおかしい。なんとなく顔色も悪いし、本調子じゃないような気がする。
「友ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」
「ああ、心配すんな。何も問題ない!」
ただそうは言っているものの、不自然なくらい急に彼女の熱量が増し、普段聞いたこともない口調で言ってきた。そんなのを見てると、ただの空元気にしか見えない。
やっぱり、何かがおかしい。
そんな違和感を抱えつつ、私はこっちにやってくる憎念実体たちに向かって、拳を構える。
すると友美が、私に向かって言い放つ。
「直緒、下がってて」
私はその言葉の意味が理解できず、とっさに聞き返す。
「どうして⁈」
しかし、友美は私の言うことに応えなかった。集中しきって、聞こえてないという風に。
「ねぇ……? 友美?」
聞こえてないだけだと思い、もう一度聞いてみる。
「いいから下がってて!」
私は初めて、友美の怒鳴り声を聞いた。その目は私を強く睨み、私の思考が止まる。
そして、そんな私を尻目に、友美は実体たちに向かって腕を突き出し、
「ストライクファイア!」
と叫ぶ。
すると、彼女の腕から火が噴き出したように見え、その炎は目の前の実体を包む。その炎が消え去ったとき、その場から実体は消えていた。
私は呆気にとられ、その様子をただただ見つめるだけだった。だけど、ようやく止まった思考が動き始める。
わ、私も戦わなきゃ。
だけど、足が、身体が動かない。友美の視線に貫かれてから、身体が固まって動かない。まるで金縛りにあったよう。
私は後方から戦う友美を見つめるしかなかった。
友美を見ると、攻撃を喰らうも御構い無しという感じで、目の前の実体たちを殴り飛ばしていた。
殴られたり、羽交い締めにされながらも、雄叫びを上げながら必死に応戦している。
でも、その光景は痛々しい。見てて苦しいし、心が痛む
憎念が友美に殴りかかり、友美も応戦して殴り返す。
バキッ!
殴るという動作に伴わない音が響く。
「グハッ」
苦しそうに声を上げながら、友美は膝から崩れ落ちる。すんでのところでなんとか踏ん張って片膝を付くだけで済む。
そんな友美に向かって、ローキックが放たれるも
「舐めんじゃないわよ!」
叫びながらその足を受け止め、そしてその憎念が燃えて、消滅する。
友美はそのまま立ち上がるも、フラッとよろけで倒れそうになる。多分力の使い過ぎだ。
それでも、
「こんなところで立ち止まってらんないのよ!!」
と自分を奮い立たせ、力を引き出し、戦おうとする。
「──」
目に映る友美の姿が衝撃的すぎて、言葉にならない。
もう立ち止まってもいいんだよ。
友美の元へ今すぐ行って、そう言いたい、言わなきゃいけない! だけど友美の形相と、彼女から溢れ出ている業火。それを目の当たりにすると、身体は相変わらず固まったまま動かず、頭の中で考えていることが溶けて消え、残ったのは漠然とした恐怖。
視界の中には、憎念の頭を鷲掴みして地面に叩きつけ、憎念を燃やす友美がいる。妖しげな笑みを浮かべながら。
その上、その燃やした憎念を集団へ向かって放り投げる。そうすると、投げられた先は燃え盛り、そこそこの数の憎念が消滅する。
確かに、友美のとった方法は集団戦では有効な戦術だと思う。でも私にはそれが、いつかニュースで観たデモの過激な抗議活動のようにしかみえない。
「ヒィッ」
そのとき友美のお腹に鋭く蹴りが突き刺さり、自分のことじゃないのに声が出てしまう。蹴られたのは私じゃないのに、お腹がズキズキ痛む。
しかし、直接蹴られてて、私とは比べ物にならないほど痛いはずの友美は倒れない。それどころか、不敵な笑みを浮かべながら両手を憎念に突き刺す。刺された憎念はどんどん赤くなり、友美に蹴られると同時に破裂した。
そして、また友美が殴られる。どんどんボロボロになっていく。
しかし友美は踏みとどまり、戦おうとする。
もう見ていられない。傷つきながらも戦う友美の姿を。頑張りすぎてるその姿を。
友美が傷つくと、私の心まで痛む。それに、何かに取り憑かれたかのように戦う姿は、見てて痛々しいと表現する他ない。
そんな友美を見ていると、呼吸は早く、浅くなる。鼓動はどんどん早くなり、胸はギッと締め付けられるよう。ゾワゾワっと血の気が引くのが分かる。
友美が燃え盛る右手を振り上げ、
「ガァアアア!!」
と唸りながら、その手で憎念の胴体を引き裂いた。
スプラッタ映画。
私は、親友が悪い奴からみんなを守ってるその姿を見てる。そのはずなのに、その光景を見て私の頭に浮かんだのは「スプラッタ映画」という単語だけ。頭の中に現実感はなく、あったのは漠然とした恐怖と狂気だけだった。
友美の力によって火の海と化した眼前。それを眺める友美。それを眺める私を包む恐怖と狂気。
そのとき、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてくる。その、危険を報せる人工的な音が私の意識を現実へと引き戻す。そのおかげで、まだ動けはしないが声は出るようになった。
もうこれ以上、私たちが戦い続けるのはマズイ。申し訳ないが彼らにこの場を託そう。
そう判断し、何かを覚悟したような表情をしている友美に声をかける。
「ねぇ、友美! 今日は一旦引こう!」
しかし、友美は何も応えない。
「ねぇったら!」
繰り返して呼びかけるも、返事はない。
「どうしちゃったの? 今日の友美、なんかおかしいよ!」
変わらず返事はないし、こちらを振り向こうともしない。
私はそこで悟る。
今の友美に、私の声は届いていない。私の想いは届いてない。
届いてなければどれだけ叫んだって伝わらない。だから、どうにかして伝えないと。でも、どうやったら止められるの? どうやったら私の想いは伝えられるの?
友美の身体からとてつもない量の力と、熱が放出される。しかも、その勢いは上昇し続ける。憎念を倒すことに執着する、今の友美がしようとしていることは一つしかない。あの力を一気に全部解放する気だ。
でもそんなことしたら、心身共にボロボロの友美は確実に壊れる。最悪壊れはしなくとも、友美にとって大切なものを失ってしまうような気がする。
そんなの私は絶対に嫌だ! これ以上、友美が傷つくのは絶対嫌! もう頑張らなくていいんだよ!
絶対にこの想いを伝えるんだ!!
その瞬間、固まっていた身体が動きだす。止める方法は思いついていなかったけど、心が、想いが私の身体を突き動かした。
「解放消滅、大火──」
「ダメェえええ!!!」
友美が力を解放しようとするその刹那、衝動に任せ友美に抱きつこうとした。だけど、勢い余って、タックルをかます形になってしまう。
それが上手くいったのかどうか分からないけど、友美のしようとしていたことは中断されたみたいだった。
パトカーのサイレンが大きくなる。
「これ以上はダメだよ。もう引いて、後は任せよう」
私はそう友美に話しかけ、彼女の手を取り夢中で駆け出す。私は記憶を必死に思い起こしながら、森の中の人気のない神社の麓へ友美を連れてった。
私は暴走気味の友美を無理やり連れて、人気のない神社の麓へやってくる。ここなら、変化を解いても誰にもバレないだろう。
私たちは変化を解いて、元の服装に戻る。
「ねぇ、どうして私を止めたの?」
友美が私の両肩を掴む。親指の爪が服越しに、肌に食い込む。
「だって……、あのままだと友美が、壊れちゃいそうな気がしたの」
「止めなくたって、私は壊れない」
こんな友美の顔は見たことない。鬼気迫る表情というか、鬼が憑いているような感じ。
「でも、今日の友美なんかおかしいよ」
「別に? これが普通よ!」
表情変えずに普通だ、なんて言うけど、どう見たって普通には見えない。さっきのは今まで、一緒に戦ったときの表情とは全然違う。
「なんか、頑張り過ぎて、無理してるようにしか見えない」
「だから言ってるじゃない。これが私にとっての普通」
友美の表情も、言ってることも変わらない。
「どうしてそんなに頑張るの?」
「もっと……、強くならないといけないから」
先程までとは違い、静かに、それでいて力強くそう言う。その言葉には友美の並々ならぬ、想いがこもっている気がする。
「でも、友美は強いじゃん」
私から見た友美はとても強い。だからそう言ったんだけど、友美は否定する。
「そんなことない。私の元々の力は弱い。それをいろんな属性で誤魔化してるに過ぎないのよ。だから、強くなるには頑張るしかない」
「どうしてそんなに、強さにこだわるの?」
「強くなきゃ、なにも守れないじゃない。直緒だって、分かっ──」
そう言いながら友美はその場に崩れ落ちて、膝をついてしまう。
「大丈夫⁈」
「ごめん。……、今日はちょっともう、帰るわ」
私の顔を見ずに、友美は言う。
「分かった。駅までおぶってこうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫。ちょっと立ち眩んだだけだから」
友美は一人で立ち上がる。
「でも、駅まで案内してよ」
「分かった」
そう言って、私は友美を駅まで案内する。その間、私たちの間に会話はなかった。
そして、最寄りのTセンター駅に着き、友美を改札まで見送る。
「じゃあ、帰る」
「うん。また月曜ね」
友美は改札の向こうへと通り抜ける。
「岩盤浴、楽しみにしてるから」
改札越しに、目を伏せながら友美が言う。
「私もだよ!」
なるべく元気にその言葉に応える。
私の言葉を背に、友美はホームへと消えてゆく。
私も家に帰るべく、ホームに向かい、電車に乗り込む。それぞれ逆向きの目的地に向かって──。
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