第20話 熱暴走 《オーバーヒート》〜友美〜

 戦いばっかりだからたまには羽根を伸ばそう、と岩盤浴の話をした、その日の午後。まさか、そんなタイミングで憎念が現れるなんて、思ってもみなかった。空気読めや、全く。

 どうやら、直緒も同じことを考えているらしい。明らかに不機嫌そうな顔をしている。


「やろう……。友ちゃん!」


 直緒は大きくため息を吐いて、凛としたした表情で言う。直緒は気持ちを切り替え、既に戦う覚悟を決めた。私だって、いつまでも引きずるわけにはいかない。


「ええ、分かった!」


 直緒よりも若干大きな声で答える。

 そして、私たちは想いを込め、声を揃えて叫ぶ。


「情愛変化!」

「情愛変化!」


 その瞬間、私たちは私服から戦闘装備へ早替り。直緒は力を表すような荒々しい格好へ、私は動きやすさを極めた、ほぼ急所周りと手足だけに装甲が付いてるだけみたいな、頭の悪そうな痴女みたいな格好に変わる。


 しかし今日は、重い。


 装着してても、ほとんど重みを感じないこの装備。それでいて重く感じるということは、問題があるのは身体の方。原因はどう考えてもこの前の雷のせいだ。


 雷の高速移動の力。たった十秒ほどしか使っていなかったが、その不可が今も身体に残っている。指先はかすかに痺れが残り、意識の外から突然来る突き刺すような痛み。それに全身軽い筋肉痛のよう。


 こんな状態で戦えるのか? いや、戦うしかない。


「友ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」


 直緒にも本調子でないことをなんとなく悟られている。でも、それを表立ってみせてはダメ。

 それならここは、炎だ。燃え上がる炎を心に思い浮かべろ、そして心の業火をその身に纏え。


「ああ、心配すんな。何も問題ない!」


 身体が重い、って言っても本当に重いわけじゃない。頭がそう思い込んでるだけ。なら、その思い込みを、心の炎で燃やし尽くしてしまえばいい。

 炎を纏い、身体の重さがなくなったわけではないが、だいぶマシにはなった。これなら戦える。


 それに、こういうときに頑張らないと。他人を守る強さを手に入れるためには努力するしかない。だから、直緒を下げて彼女の分まで戦う。


「直緒、下がってて」

「どうして⁈」


 直緒に聞き返されるが、私はそれに応えず拳に力を集中させる。


「ねぇ……? 友美?」

「いいから下がってて!」


 直緒を見つめ、強めの口調で嗜める。そして、すぐ憎念の方へ向き直る。


 パフォーマンスが下がっててスピードが出ない今、頼るべきは一撃の破壊力。それには、思い切り力をぶつけられる素手が一番いい。


 こちらに向かってくる憎念たちに向かって腕を突き出し、力を解放する。


「ストライクファイア!」


 解放された力は実体化し、炎となって実体を飲み込み、燃え尽きる。近くの憎念はそれを見つめて、突っ立ってる。

 オイお前、これで終わりだとでも? 私はこんなんじゃ終わらない。今のは始まり。

 そいつめがけて飛びかかり、ブン殴る。


 グシャッ。


 鈍い音と共に拳は憎念の頭部にめり込み、潰れる。

 それと同時に装甲越しにも分かる、右脇腹の痛み。軽減されてるとは言えなかなかキツイ。


「邪魔すんじゃねぇ!」


 殴ったその手で、相手を見ずに裏拳。何かに当たりバキリと折れる。多分憎念。

 殴られた脇腹がジンジンと痛みだす。だけど、これくらないならさっきと同じように、痛いという感情を燃やし尽くしてしまえば、痛くなくなる。


 それに私は……守るために強くなる!


 全力の想いを込めて、飛んでくる憎念をボレーシュート。インパクトの衝撃波で蹴られた憎念はボールのように吹き飛ぶ。


「ナイスシュート……」


 気分だけでもノせようと冗談を呟く。


 ガシッ。


 その時私は、突如として憎念に羽交い締めされる。


「ゔっ」


 羽交い締めが意外に強く、解けない。それに心が、締め付けられるとようにキリキリと痛む。その心の痛みはだんだんと強くなる。


 さっさと解かないとヤバい。


 私は咄嗟に頭を後ろに振り、頭突き。フンッ、と力み憎念が怯んだ隙に前転し、地面に叩きつける。

 その衝撃で憎念は消滅、ドスッと私の身体が地面に落ちる。


「ハァ……ハァ……」


 もうだいぶキツイ。


 身体はドンドン重くなり、動くことを拒否しようとする。


 だけど、まだ直緒の分どころか、自分の分すら倒せていない。だから、もっと頑張らないと。コイツらを倒して強く、強くなる。守るために。


 その瞬間、憎念が殴りかかってくる。私もそれに応戦し、お互いの拳が綺麗にお互いに届く。


「グハッ」


 私は痛みに耐えかね跪き、憎念は消滅。

 流石に、全力がクリーンヒットするとキツすぎる。痛みを燃やしても、まだ痛む。

 そんな私に向かって、風を切るほどの勢いで憎念の蹴りが飛んでくる。殺意に溢れたローキック。

 でもね。


「舐めんじゃないわよ!」


 ガシッと、その足首を受け止め、そこから炎を浴びせる。

 足首に着いた炎はゆっくりと、その身体の上方へ向かって憎念の身体を焦がしてゆく。そして全身に火が周り、火達磨と化した憎念はロウソクのように燃え尽きた。


 そんな憎念を見て、私はすぐに立ち上がる。


 するとその刹那、私の前から世界が消える。

 急激に視界がぼやけ、そのままホワイトアウト。気力でなんとか視界を戻し、倒れることは防いだ。ただこうなった以上嫌でも実感する。


 どう考えても力の使いすぎだと。だとしても、強くなるためなら──。


「こんなところで立ち止まってらんないのよ!!」


 心の底から叫び、限界近くまで力を振り絞り、想いを燃やす。

 これ以上力を使えば、かなりのリスクになるのは分かってる。だけど、そんなの考えていたらそれ以上先へ進めない、力は手に入らない。


 私の力の増幅に呼応して憎念がこちらへと走ってくる。私の手がその頭を鷲掴み、そのまま憎念の頭を地面に叩きつける。乾いた音がその場に響き、憎念の頭は地面にめり込む。


「まだ消えんなよ。やること残ってるから」


 地面にめり込ませたまま、頭を掴みながら彼に語りかける。


「燃え上がれ!」


 掴んでいた頭から炎を送り込み、火達磨に。そして、


「お前らにくれてやらぁ!」


 火達磨を松明のように振り回して、憎念の集団に向かって投げる。

 火種を投げ込まれた辺りは、一面火の海へと変わる。


 その光景を眺めていると意識の外から突然に、お腹に蹴りが突きさる。


「かっはぁ」


 肺の中の空気は無理やり追い出され、声にならない声が漏れる。そして、蹴りによる痛みはお腹だけでなく、全身を貫く。

 しかし、痛みを燃やして、堪える。


「ぐらぁ!」


 と両手の爪を立て、その憎念の腹部を一突き。爪を通じて憎念の体内に、直接炎を送り込む。すると、ふつふつと沸き立つ音が聞こえてくる。

 まだだ。もっと炎を。そう思いながら炎を送り込み続けると、黒い表面がだんだんと赤みを帯だす。


「さあ、今!」


 限界まで炎を送り込んだ憎念に蹴りを入れ、爪を引き抜く。

 蹴られた憎念は仲間たちに向かって後ずさりながら、


 ドカン。


 周囲を巻き込んで爆散。それなりに憎念の数が減る。


 いい感じ! この調子でもっと、もっと!


 残ってるありったけの力を右手に込める。そして、右手はごうごうと燃え盛りだす。

 そんなとき左頬に一撃。


「うぐっ」


 首の方から、グキッという嫌な音が聞こえる。普段ならそのまま倒れていたろうが、執念で踏みとどまる。


「こんな雑魚に負けてるようじゃ、誰を守れるってのよ」


 私を殴った憎念に向かって、燃え盛る右手を振り上げる。


「強さが……必要なんだ」


 振り下ろした右手が肩口に触れる。


「強さがぁあああ!!」


 小指が胴体の中へめり込み、そのまま進む。


 バリバリバリッ、と憎念の胴体が悲鳴を上げる。


 右手が股へ抜けると、分かれた半身は左右別々の方向に倒れながら消滅する。


 私の正面には火の海が広がる。しかし、まだ憎念は多く、明らかに状況は良くない。コイツらを倒しきるには更なる力が必要。こうなったらもう、やるっきゃない。


 そのためだったら、この炎の力の根源の「愛の記憶」だってくれてやる。


 アイツを愛した思い出、楽しかった日々の記憶、アイツを好きだったという想い。そういうアイツに関する「愛の記憶」全てを解き放ち、コイツらを倒す力を得る。

 解き放った「愛の記憶」は私の中から失われる。永遠に。でも、それは惜しくない。今までに何度もしたこと。所詮は外付けの力、それを使い切って外すだけ。


 私は覚悟を決め、想いを解き放つべく集中する。だんだんと世界が遠のき、何も聞こえなくなる。

 そして、全身から、感じたことのない量の力が湧いてくる。


 さあ、想いを解き放て。そして、終わらせろ。


「解放消滅、大火──」

「ダメ!!」


 想いを解き放とうとしたまさにその瞬間、直緒が飛びついてきて私を押し倒す。そのせいで、私の攻撃は中断され、纏っていた炎の力も全て散ってしまう。


「これ以上はダメだよ。もう引いて、後は任せよう」

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