第18話 危険の気配は飲み会の中で 〜優斗〜
「かりこまりました!」
店員が店内で接客する声が聞こえてくる。
ここは、Tセンター駅前ビル内にあるチェーン居酒屋前。今日は平日だがオカルト研究会の新歓コンパ、ということでここに来ている。そして、俺と鏡部は店の前で、唯一の新入りを待っていた。
「ねぇ、優斗。予約、何時からだっけ?」
鏡部が腕時計を見て、大袈裟に聞いてくる。
「七時」
「今何時?」
「七時ちょうど」
「よね」
自分で時計持ってるんだから、嫌味ったらしく俺に聞くな。
そんな時、噂の新入りからラインが届く。
『電車ちょっと遅延ししてて、あと五分ちょいかかりそうなんで、先始めてもらってもいいっすよ。』
「ですって」
お前が座りたいのは分かったっての。
「じゃあ、入ろうか」
俺たちは居酒屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ!」
「三人で予約してる、裏永だ。まだ一人来てないけど、あと五分で来るらしい」
「分かりました、それではお席ご用意できてますので、お先にご案内致します。三名様ご案内です。 お疲れ様です!!」
「お疲れ様です!!」
案内する店員の声に合わせて、店内の店員が一斉に返事する。こんな挨拶はこのチェーンだけだが、なにを考えて始めたんだろうか。
「それではお席こちらになります」
案内されたのは、半個室の掘りごたつ式四人がけテーブル。片側に先輩が寄ると威圧感が半端ないから、俺と鏡部は向かい合わせに座る。
飲み放題のメニューを持って、店員がやって来る。
「失礼致します。こちら飲み放題のメニューでございます。ご予約が飲み放題二時間のコースになっておりますが、お連れ様が来られていない様ですが、始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いしまーす」
「かしこまりました」
「じゃ生ね」
アルコールを飲みたくてたまらない鏡部が、店員の準備もままならないのに注文する。
「はい。えーっと、生ですね」
「俺も生」
「はい、生二つですね」
「お料理の方は、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「うん、始めちゃってー」
「かしこまりました」
そう言って、店員は奥へ引っ込む。
「どんだけ飲みたいんだよ」
「だって、立ってるの疲れたし、喉乾いたから」
呆れて声も出ない。
「失礼致します。お先、生二つです」
「どうも」
お互いの前にジョッキが置かれる。すかさず、鏡部がその生ビールを空きっ腹に流し込む。
「あのな、一応新歓なんだが?」
「いいじゃない、先始めてて下さいって言われたんだし。ほら、アンタも飲めば? 彼が来たときまでに、先飲んじゃえばいいのよ。そしたら、一緒に頼んで乾杯できるし」
「それでいいのかよ」
そう言う鏡部は、ビールを水みたいにガブガブ飲んでる。本当に、来るまでに飲んじまいそうだな。
お連れの方ご来店です、と言う声と共に今日の主役がやって来た。鏡部のビールはもう半分無くなってる。
「お疲れ様です。先輩方、遅れて申し訳ありません」
「お疲れ」
「ごめんねー。先始めちゃってて」
「構いませんよ」
「じゃあ俺の隣でいいから座って」
主役に着席を促す。
「ありがとうございます」
そう言って、彼は着席する。
「何飲む?」
早速、飲み放題の注文の催促だ。
「飲み放題なんですよね?」
「そう。ああ、そういえばストレート?」
「内進です」
「へぇ、そうなんだ」
「じゃあ言っておくが、何をとは言わないが飲まないように。それでも飲むなら自己責任で」
「了解です」
とりあえず聞いておかなきゃいけないが、ほとんど意味のない形式的なやりとり。
「お飲み物はお決まりでしょうか?」
「じゃあ、麦ジュースで」
「かしこまりました」
鏡部が残ってるビールを流し込んで言う。
「すいません、生おかわりで」
「かしこまりました」
ちょっとして、飲み物とサラダが来る。
「じゃあ、揃ったところで、乾杯しますか」
「ですね」
「はい、幹事よろしく」
フリが雑すぎる。
「そんじゃ、オカルト研の新たなメンバーを祝して、乾杯」
つまんな、と鏡部からヤジが飛んでくる。
「はい乾杯」
無視して、強引に乾杯を続ける。
「ふぅ、やっぱり美味いわ」
「美味いっすねぇ」
二人とも美味そうに飲むなぁ。特に、一人は二杯目だってのに。
「あ、みんな食べたいものあったら、気にしないで自分で食べていいからね。ここそう言うアレじゃないし。てか、ライン上でしか挨拶とかしてないし、パパッと自己紹介しない?」
本当に自由人だなこいつ。
「じゃ、流れで私から。私は商学の三年の鏡部ゆり、グループラインだとミラーね。はい次」
こういう時のハードルは初っ端の人間に委ねられるが、今回はハードルが地に着いてる。まあ、ライン上とはいえもうした事だし、それでよいのだが。
「俺は文学の三年の裏永優斗。グループラインだとヘイトだ」
「じゃあ、最後僕ですね」
そう言って、自己紹介が始まる。
「僕は文学部一年の札華光、グループライン上だとジョーカーと申します」
「ああ名前『ふだばなひかる』って読むんだ」
「読みづらいっすよね、この漢字」
「全然違う感じに読んでた」
「たまに中国人っぽいて言われるんすよ」
「そうそう、そんな感じに読んでた」
ビール二杯のスタートダッシュもあり、ガンガン絡んでる。
「ごめんな、コイツこんな感じの奴で」
「いや、全然気にしてませんよ」
「失礼致します。こちら舟盛りでございます」
そんなところで、店員が刺身を持ってくる。
「ほら、光君もガンガン食べて」
「はい、遠慮なく」
勧められた刺身を食べながら、札華が聞いてくる。
「先輩方って、商学部と文学じゃですよね。これが隠れ蓑だってことは置いといても、どうやってここ作ったんですか?」
「あ、それ聞いちゃう?」
「一応活動はしてるけどな」
「まあ、僕らはそのものみたいなもんですからね」
「まぁな。それで、キッカケなぁ」
俺と鏡部が出会って、この会を立ち上げたキッカケを思い出す。確か、なんだったかな。
「アレだよ、アレ。昔、私がオモイビトと戦いしてる時、それをコイツに見られて」
「ああ、確かそんなんだったな」
「利害の一致って感じですか」
「だいたいそんなもんだな」
厳密にはちょっと違うがいいだろう。
「いつだっけ? 優斗が前カノと別れた後だから、私たちが一年の冬くらいかな」
アイツと別れたのが秋だから、多分その頃だ。
「あれ、先輩方って付き合ってるんですか」
「いや」
「いや、ないない。だってコイツ他に彼女いるし」
言いたかったことを、鏡部が代弁する。
「そうなんですか」
「でも、コイツ頭おかしくて、さっき言った前カノも、今カノもオモイビトなのよ」
全く余計なこと言いやがって。
それを聞いて、札華は大笑いする。
「マジっすか⁈ めちゃめちゃ面白いじゃないっすか。だって言わば、敵ですよ?」
「本当に、コイツからすればそうでさぁ。しかも、実は、その彼氏彼女関係って、ただの監視で、相手をその気にさせるだけさせて、コイツに恋愛感情一切ないから」
「うわ、先輩えげつな」
「やっぱそう思うわよね。本当、コイツの恋心利用するとこ大っ嫌い」
言わせておけば、滅茶苦茶言うな。しかも、弁解すらさせてくれないらしい。まあ、全部その通りだから、弁解はないんだが。
「しかも、前カノの監視失敗してるし」
「プッ」
それ聞いて、札華は吹き出しやがった。
「言わせてもらうと、あれは野良の憎念が悪いんであって、俺のせいじゃないから」
「当時のあなたが、ちゃんと憎念を操れてたら、そうはなってなかったんじゃない?」
「そんなことあったんですか」
「今は問題なく操れるし、力も使える」
「じゃあ今度やってよ」
そのセリフがどうにも癪に触った。
「分かった。やればいいんだろ、やれば」
「流石優斗」
その言葉に全く尊敬の念は篭っていないが、受け取っとこう。
時間が経ち、次々と料理が運ばれてきて、それと一緒に飲み物も進む。すると、この場もさっきより盛り上がってくる。
「にしても、ゆりさんって凄い自由な感じしますよね」
「まぁね」
「頭おかしいだけだから」
「それは酷くない?」
「これが自分のやりたいことだ! って言って、笑顔でオモイビトと戦う奴がよく言うよ。しかも、相手を倒すまでやるし」
「別にいーじゃん。それが私のやりたいことであり、本心なんだから。ちょーっと私の愛が重いだけ」
「だから、オモイビト少ないんですね」
札華が感心して言う。
「そう、今年ちょー不作なの。まあ、そもそも、オモイビトとして目覚めるのが、女の子しかいないし、目覚める子も多いわけじゃないからさ」
そんな貴重な存在を、コイツは自分で倒してその数を減らしてる。
「それでお前が倒してるんだから、少なくて当然だ」
「でも、私も全員と戦ってるわけじゃないのよ?」
「なんでだっけ?」
「面白そうな子としか戦わないの」
「なんでですか?」
札華が興味津津に聞く。
「だって、好きになれないから。光君もつまんないことは好きになれないでしょ?」
「確かに。でもそれだけ聞いてると、ゆりさん戦闘狂って感じがしますよ」
「ああ、違う違う。戦う基準はちゃんとあって、一目惚れした子か、後からでも、いいなって思えた子だけ」
「あー。戦い甲斐ってやつですか?」
「いや、そーじゃないの」
札華が不思議そうな顔をしてるから、補足してやる。
「コイツ、レズ」
俺がそう言うと、物凄い形相で鏡部は突っかかってくる。
「あんたさ、よく人の大事なパーソナリティの部分を適当に言ってくれるよね!」
「札華が分かってなさそうだから、助けてやったんだ」
「私が言うべきことを言わないで!」
「結局札華に言うんだから、誰が言おうと同じだろ」
「心なく他人が言うのと、自分が言うのは違うのよ!」
「まあまあ、お二人共落ち着いて。僕的には個人のパーソナリティの部分だから、恋愛対象なんて同性でも異性でも、本人の好きな相手を好きになっていいと思いますよ」
俺らの様子を見て、一番年下が一番大人な対応をとる。
「光君もそう思う?」
「ええ」
「ううっ、この会で初めて優しくされて、先輩嬉しい」
「そりゃよかったな」
一通り主張し終え、鏡部は札華に話を振る。
「でも、今年本当につまんなくてさぁ。今のところはこの辺、三人いるっぽいけど、戦う気にもなんない。今のところはね。だから最近は、専ら遠征ばっかしてる」
三人? 直緒と友美の二人だけじゃなく?
「あっ、そうだ。ねぇ光君?」
鏡部が思い出したかのように聞く。
「目の前のコイツはさぁ、憎念を操ったりいろいろするけど、君は何ができるの?」
「僕ですか?」
「うん」
「人の心を操る、ですかね」
「へぇー。カッコいい」
「でも、戦闘はからっきしですし、まだ制御もうまくできないんで、実戦は出られそうにないっすけど」
「これは頼もしいね」
「ああ、そうだな」
それが完璧できるようになるとすれば、俺たちにとって大きな戦力になる。だからとっとと完璧になって欲しいもんだ。
「でも、うちのリーダーコミュ障だからさ」
「誰がコミュ障だ」
何を言い出す、この酔っ払い。
「だって、今日も全然喋ってなくない?」
「お前が人の分まで喋りすぎなんだよ」
「確かに、ゆりさんマシンガンの如く、めっちゃ喋りますよね」
「そんな弾幕張ってたら、喋れるもんも喋れないつーの」
「じゃあ、弾幕の間の針の穴通しなさいよ」
「無茶言うな」
なんだかんだ、盛り上がる俺たち。そんな調子で、楽しい時間はあっという間に過ぎ、この会もお開きとなる。
「じゃあ、優斗お財布よろしく!」
会計を人に押し付けて、酔っ払いが帰ろうとする。
「お前も払うんだよ」
「なんで? 光君タダじゃん」
「彼のための新歓だからに決まってんだろ」
「僕払わなくていいんですか?」
「勿論」
「私も払わなくていいですか?」
「4500円な」
「ケチ」
「早く出せ」
鏡部が渋々と支払いをする。
「女に金出させる男とか、サイテー」
「金出さねぇ女の方がサイテーだ」
札華が心配そうに聞いてくる。
「ゆりさん大丈夫ですか?」
「大丈夫、こいつまだまだ飲めるから。それになぜか、同じ風に酔っ払ってても、素直に払う日と払わない日がある。今日はたまたまめんどくさいだけ」
「詳しいんですね」
「まあ、そこそこ長いから」
話も終わり、会計も終わり、二人を駅前に連れて行く。
「じゃあ、先輩方お先に失礼します」
「お疲れさん」
「おつかれー」
そう言って、札華は駅構内へと消えてった。
札華を見送って、鏡部が言う。
「ねぇ、あの子どう思う?」
「まあ実際、能力見ないとなんとも言えないけど、悪くなさそうだな」
「さながら金の卵ってとこかしら?」
「色は黒だろうけどな」
「大涌谷?」
「言うと思った」
俺がそう言った直後、鏡部はくるりと身体の向きを変え、言い出す。
「ねぇ、二次会行かないの?」
「主役は帰ったが」
「え、無い感じ?」
「むしろ、あの解散の感じで、二次会があるとでも?」
「飛び込みでいいわよ。贅沢言わないから」
「まだ飲むのかよ」
「だって、あの店のサワー、うっすいんだもん。飲み足りない」
「明日ゼミなんだが」
「何限?」
「二限」
「しゅぱーつ」
とんでもない力でガッチリ腕を掴まれて、鏡部のよく使う居酒屋へと連行される。
そこで、ガツンと効くサワーを飲む奴と同じ量飲まされて、危うく終電を逃しそうになったが、サワーの味に免じて許してやることにした。
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