第11話 大学生的に気になることは……? 〜直緒〜

 電灯が少なく、少し薄暗い所の多い八号館。にも関わらず、非常に多くの学生がこの場所を利用する。なぜなら、講義の多くがこの八号館で行われるためだ。


 八号館は十六の大教室と三つの小教室で成り立っている。その教室を利用して、学部の専門的な講義や一般教養、通称般教の講義が行われる。


 私と友美も多くの学生と同じように、目当ての大教室へ向かう。


「教室どこだっけ?」

「確か、8302教室に変更だったと思う」


 私たちが目指す講義は文学部の怨霊と日本史という講義。元々の場所は文学部棟だったのだが、どうも履修者が集まりすぎて教室を変えたらしい。


 この連絡はちょっと前に、学内アドレスにしれっと通知されてるだけみたいで、ちゃんと確認しないとこの事に気づけない。だから、しっかりしている友美と一緒に講義を取って正解だった。


 目当ての教室に着き、中に入る。割と早めに教室移動したはずだったけど、もう半分くらい席が埋まってる。


「後ろの方でいい?」


 友美に聞かれる。私は黒板さえ見えれば、場所はどこでもいい。だから、了承してだいぶ後ろの方に並んで座る。


「にしても、人数多過ぎ」

「だよね。先輩に聞いたときは、人も全然いない楽単って聴いてたんだけど」

「私たちもそうだけど、他学部履修多過ぎるんだよ」


 この大学は般教の枠の単位に限り、学部が違っても受講できる講義があり、これを他学部履修と呼ぶ。他学部履修できるかどうかは講義ごとに決まっており、この怨霊と日本史はそれが可能な講義だ。


 去年単位を取った先輩から、先生優しくて、授業楽で、人も少ない穴場の講義、っていう前評判を貰っていた。だけど、もう既に人の少ない穴場、ってとこについては満たしてない。大丈夫かなぁ。


「そういえば、デートどうだったの?」


 藪から棒に、友美が先週末のデートについて聞いてくる。


 どう? って言われてもなぁ。


 とりあえず、起きた出来事を事実だけありのまま話す。すると、話が進むうちに、友美の表情がどんどん怪訝そうになる。


「えっと、聞くけどさ、それってもはやデートなの?」

「多分、デート……、だと思う」

「百歩譲って、有名じゃない所に二人で歩いて行くのはいいよ。それも悪くはないし。ただ、どこかでご飯を食べるでもなく、途中でスーパーに案内させる彼氏ってどうよ?」

「うーん。私は別にいいと思うけどなぁ」

「いや、よく考えて」


 キッパリ言い切られる。そんなに言わなくても……。


「でも、状況にもよらない?」

「極論言えばそうだけどさぁ」


 それに、と付け加える。


「デート中そんなにガッツリ寝る、直緒もどうかと思うよ」


 その点は、自分でもそう思う。


「それは本当に私が悪い。でも、先輩が隣にいてくれる、って思うと安心しちゃって」

「それについて、優斗さんはなんて言ってたの?」

「ありのままの直緒でいてくれるのが一番、って」

「それについてどう思った?」

「先輩がそう言ってくれるならそれで嬉しいな、って」


 そう答えたとたん、友美はニヤリとしながら聞いてくる。


「大丈夫? 直緒、寝てる間に変なことされてない?」

「先輩はそんな事しないって」

「本当に? 何かされてるけど、自分はそれを受け入れたから変なことじゃない、とかじゃなくてよ? 客観的に見て、起きたら衣服が乱れてたとか、口紅が取れてたとか」


 メッチャ興味深々だし。いや、なんでそんなノリノリなの?


「無いってば! なんでそんなこと聞くの?」

「だってぁ、さっきの理論から言えば、優斗さんの言うこととか、やることなーんでも受け入れそうなんだもん。ここでありのままの直緒が見たい、って言われたらぁ、プッ、どこでも脱ぎそうじゃん? まあ、そういうプレイなら止めないけど」


 ついに言いながら吹き出した。しかも完全に誤解してる。先輩は多分、そう言うことを言ってるんじゃないと思うし、流石の私もそこまではしないっての!


「脱がないよ! しかも、先輩が言ってるのは、見た目とかの外側じゃなくて、性格とかの中身の方だから!」


 こう言っても、友美の表情が全然変わらないどころか、普通に笑っちゃってるし。


「あー、おかしい」

「友美!」

「ごめん、冗談冗談。アッハハ。なんかそういうピュアな話聞いてたら、羨ましくなっちゃって」


 いくらからかうのが面白いからって、涙が出るほど笑わないでよ。不快になるわけではないんだけど、なんかその、恥ずかしくなってくるから。


 てか、こんなとこで、そういういじり方をしないでよ、もう。


 友美はそのまま涙を拭って言う。


「でも、本当に心配だわ。先輩にそういうこと言われたら、雰囲気に流されて本当は嫌だけどそのまま、ってのが想像できちゃって。そういうのは、自分がちゃんと納得できたときだけだよ? 自分を大事にする、ってお姉さんと約束よ?」

「あのねぇ」


 メチャメチャからかわれてる気がするんですけど。私だってその辺はちゃんと考えてますし。


 ただ、ニッコニコで小指を差し出してくる友美を見てたら、しょうがなく指切りしようって気になってしまった。


「はい、約束」


 親戚のお姉さんとするような約束を、この歳になって友達と、しかも指切りまでするとは思いもしなかった。この異様な光景は周りにどう見られてるんだろう。


 そう思いながら、指切りを交わす。流石に針千本云々は唱えなかったけどね。


 何年振りかの指切りと同時に、教室に先生が入ってくる。その顔を見て、私は驚く。なんと、この前テレビで見た、山田さんその人だったからだ。


 あの人うちの教授だったんだ。全然知らなかった。


 先生が教室に来たってことは、そろそろ講義が始まるってこと。友美と話してる間も講義を受ける学生が来続け、今では空いている席を探すのも大変なレベルになってる。


 講義が始まるギリギリの時間に教室に入ってくるのは、言っちゃ悪いけど、態度も、服装も、髪の毛の色も明るい人が多い。見るからに他学部履修という感じの、私の苦手なタイプの人たち。人を見た目で判断するのは良くないけど、見た目が近寄りがたいというか、苦手なんだよね。


 チャイムが鳴り、先生が着席を促す。入ってきた学生が、急いで空いてる席を探し、席に着く。ちょっとして、全員が座り終わり、先生が語気強めに静まるように声をかける。


 その姿はテレビで見た優しそうな姿ではなく、とても厳しそうな先生というものだった。


 先輩の前評判と全く違うじゃん!


 教室が静まったその時、ドアの開閉音が教室に響き渡る。


 入ってきたのは先程までのような、明らかに他学部履修の生徒という感じではなく、大人しそうな文学少女といった感じの、綺麗な黒髪の女子生徒。


 その人は空いている座席を探してキョロキョロするも、どうやら見つからないみたい。


「ここが空いているから、速やかに着席しなさい」


 そんな様子を見かねた先生が、その子に対して空いている席を示して、着席を促す。といってもそこは最前列、教卓の真ん前。明らかにみんなが避けていたおかげで空いている席だ。


 教卓にあるマイクを通してそう言われ、彼女はこの教室の注目の的。私を含め沢山の視線に晒されながら、教卓の前に腰掛ける。


「それでは、講義を始めます」


 抑揚の無い、低いトーンで、先生は講義を始める。初回の授業という事もあり、講義の内容、評価方法などの事務的な内容を淡々と喋る。

 そして、一通り説明し終わった後、こう付け加えた。


「本年度はどういうわけだか分かりませんが、他学部の履修生、とりわけ法学部の学生の皆さんに大変人気で、八号館に教室変更しないと入りきらないくらいです。私としては嬉しいのですが、人が増えると割合として、真面目に講義を受けて下さらない学生さんも多くなる傾向にあります。それは真面目に講義を受けたい学生さんにとって、非常に迷惑なことです」


 話しながら黒板に何かを書き始める。


「ですので、本年度は少し厳しく講義を行うことに致します」


 先生がそう言った途端、教室が騒めく。そして、その騒ぎを一言、静粛に、と強く言って抑える。


「出席の確認ですが、試験的に皆様にはこのアプリをインストールしていただき、行おうと思います」


 先生は黒板をスライドさせて、書いてある文字を見やすい位置に動かす。


「このアプリは出席確認のためのアプリで、毎回私が講義の始めにパスワードを発行し、それを入力、出席とします。そして、そのアプリは、端末の位置情報を取得し、ここから離れた場所からの出席確認は弾く仕組みになっています」


 つまりは仲間内でパスワードを共有する、代返はできないってことだ。だいぶ前評判と違う。


「ですので、必ず教室に来ていただくことが必要となります。そして、欠席ですが三回までは認めます。が、四回以上した場合は、期末考査の結果を考慮せず落第、すなわち評価で言うところのEとします。また、不正な手段で出席確認を行い、それが発覚した場合も、同じくEとします」


 その言葉で、教室の中はさっきの比にならないくらい騒めく。横の友美はそれがどうした、って顔で黙って聞いているけど。


「静粛に! ただ、体連や、伝染病に罹患したり、大学が定めるところのやむを得ない事情については、事後的に申告していただければ考慮しますが、それ以外は基本的に認めません」


 先生は教室が静まるのを待ち、説明を続ける。


「次に、授業態度についてお話しします。私の講義では、居眠り、私語は認めません。どちらも厳しく注意しますが、あまりにも酷い場合には、退席していただきます。その場合、学生証を提示していただき、その講義は欠席扱いにしますので、注意して下さい」


 説明の度に、教室が騒つき、先生が注意する。そろそろ、学生も学習してほしい。


「そうやって、説明の度にいちいち注意が必要になると、まともに講義が進まなくなり、真面目に講義を受けたい学生さんに迷惑がかかります。それに、ここにいる多くの皆さんは法学部の他学部履修生であると把握しておりますが、他学部の講義を妨害するようであれば、当局へ連絡して、この講義の他学部履修の中止を求めることだってできます。あなた方が何を思って、この講義を受講しようと思われたかは分かりませんが、わざわざ他学部履修を選ぶほどですから、並々ならぬ理由があるのでしょう。ただ、文学部だからと言って、甘く見られてはもらっては困ります。私は、真面目に授業を受けたいという想いを守るためなら、他学部生だろうと容赦はしません」


 先生は今までで一番真剣なトーンで、学生に語りかける。大きく息を吸って、こう付け加えた。


「再三申し上げますが、文学部だからといって舐めないでいただきたい!必須だろうと、一般教養だろうと、学部が違おうと関係なく、一単位の重みは等しいです。ですので、今までの私の話を聞いて、もし自分に合わないなとか、思っていたのと違う、と思われた学生さんがいらしたら、ここで退席していただき、履修変更していただいて結構です。法学部の学生さんも、まだ履修変更できると把握しておりますので、私に対して不満を抱えた学生さんは、履修を変更していただいた方が、よろしいと思います。それがお互いにとってより良い選択だと思いますので。履修変更期間については、講義中も適宜お知らせしますので、安心して下さい。それでは、ここまで聞いて、履修する覚悟がある学生さんだけ、残って下さい」


 どうしよう、厳しいとかいうレベルじゃない。私は一応残ろうとは思うけど、隣にいる友美にどうしようか聞いてみる。


「ねぇ、友ちゃんどうする?」

「どうするもなにも、別に私は出るけど。直緒は辞めたかったら、私気にせず辞めていいよ」

「私も残るよ。ただ、友ちゃんどうするかなぁ、って思っただけ」

「そっか」


 ぞろぞろと学生が出て行くのを見送る。先生の演説が授業の厳しさを予感させたのか、学生がごっそり出て行く。やはりというか、私と同じように楽単を想像してた人たちが多かったらしく、半分を超える学生が出て行った。


 聞いてたのと違う、と言う声がよく聞こえる。


「もういいですかな? それでは、今日の講義を始めます」


 学生の移動も終わり、ガラガラになった教室で講義が始まる。


「とりあえず、ここ数回、履修変更期間中は細かいこととかはせず、導入という風にざっくりやっていこうと思います。それでは、申し訳ありませんが、レジュメを回しますので、取ったら後ろの人に回していただき、お手数ですが一番後ろの列の方は、束を受け取って余った分を教卓までお持ち下さい」


 先生がレジュメの束を渡し、みんなが回す。そして、回し終わり、私たちより後列の人が束を前に持っていく。


「ありがとうございます。それでは、レジュメを読み進めますが、書いてある通り、本講義は古来より日本に存在した怨霊を通じて、日本の政治、文化にアプローチする少し変わった日本史の講義になります。怨霊と言っても、大怨霊と呼ばれるような歴史上の偉人だけでなく、有名な怪談、地方の民間伝承、そして幽霊という存在にそのものについてや、近代から現代にかけての、都市伝説、それに憎念といったことにも触れます」


 へぇ、憎念についても授業で触れるんだ。流石、テレビに呼ばれるだけのことはある。それに、私たちの戦いに何か有意義な情報も得られるかもしれない。


 そのイントロを聞いて、私はこの講義をちゃんと受けよう、という気持ちになった。


 そして、その後はレジュメ通りに講義が進み、レジュメの内容が全部終わる頃には、授業が終わる時間の二十分ほど前、という時刻になる。


「それでは、本日はキリも良いのでここまでにします。次回以降もこの教室で行いますので、よろしくお願いします。では、解散していただいて結構です」


 その声に続いて、一斉に荷物を片付ける音が教室中から聞こえる。私もレジュメとノートを鞄にしまい、帰り支度をして、友美と教室を後にする。


「前評判と違うけど、案外面白そうだね」

「まあ、私は評判気にしてないけど」


 教室の中の緊張感から解き放たれ、私のお腹が音を鳴らす。隣の友美にも聞こえるくらいの大きな音で、私の顔は真っ赤っか。


「それじゃ、ご飯行こうか」

「あはは。そうしよっか」


 空腹の乙女たちは昼食目指して、学食に向って行くのだった。その恥ずかしさをかき消すために、必要以上意気揚々と。


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