第9話 花見デート 中編 〜直緒〜
二人分の買い物を一人で持ってる先輩。私はせめて、自分の分だけでも持とうとするけど、先輩がそれを許してくれない。
「何で持たせてくれないんですか?」
「何でそんなに持ちたいんだ?」
「だってそりゃ、奢ってもらっちゃったし。自分の分、いや先輩の分まで持たないと、釣り合いが取れませんよ!」
「直緒には既に、今日の場所を決めてもらった、ここまで案内してくれた、そしてこっからまだ道案内してもらうんだ。それに比べりゃ、この程度じゃまだ釣り合い取れてないっての」
そう言いながら先輩はさっきの噴水みたいなオブジェに向かって、スタスタ歩いて行く。先輩に悪いなと思いながらも後を追う。
「ほら、こっから直緒は仕事を再開して。直緒は案内する、俺は荷物を持つ、お互いの役割をこなすの」
先輩にそう言われると、任された仕事を全力でこなそうって思う。
「分かりました!じゃあ、重い、なんて言っても持ってあげませんから!」
「言わねぇから」
そう言って、お互い笑いながら目的地に向かう。ここまで来れば公園までは、だいたい半分くらい。まあ、公園に着いてもまだ歩くんだけど。
「そういえば、目的地なんですけど後は道なりに真っ直ぐ進むだけですよ」
「え? ってことは、もう直緒の仕事終わり?」
「まあ、そうなります」
先輩、表情は穏やかだけど、その奥に煮えたぎるものが見える、気がする。
「じゃあ、自分の分持って」
「嫌ですよ。さっき、言ったじゃないっすか」
「冗談だ」
どう見ても、冗談言ってる表情には見えません。
「ほら、自然を眺めて心を落ち着けましょうよ」
それもそうだな、なんて言って、私たちは景色を見渡す。
遊歩道の左側は住宅地、右側は林。ただ、その両方に桜並木が途切れずに並んでいる。枝は遊歩道を覆い隠すように両側から伸び、さながら桜のトンネルだ。
「ほらあの、陸橋の向こうですよ」
ようやくゴールが見える。
私が指差した陸橋を越えると、そこは目的の公園にある、大きな池と広場だ。
「いい感じじゃん。ここ?」
先輩も褒めてくれる。でもゴールはまだ先だ。
「まだですけど、ちょっと見てきます?」
頷いた先輩と、池のデッキまで歩いて行く。
「結構デカイ池だな」
「向こうの方まで全部そうですよ」
ここは多摩川の支流の源流らしく、かなり大きな池になっている。そして、特徴的なのは、池の中で立ち枯れしている杉の木。すかさず先輩も目をつける。
「珍しいね、こんなんなってるなんて」
「それはですね、えーっと、なになに。ああ、あの杉立木はもともと川辺にあったらしいけど、池になって水に浸かって、枯れちゃったらしいですよ」
「ナビゲーションありがとう。ていうか、本当に読んだだけか」
その通り、そこにあった看板をただ読んだだけ。えへへ、と笑うと、やれやれといった表情を返してくれる。
「じゃあ、そろそろお腹も空いたし、目的地まで案内してくれよ」
「分かりました!」
目的地目指し、私たちは公園を突き進む。公園内の広場は遊びに来ている子供や、家族連れ、お年寄りたちで賑わっている。ただ、本格的にお花見をしようとしているのは、私たちくらいなもんで、他の人たちはそれぞれ休日の公園を楽しんでいる。
「この階段上るの?」
「そうです、その先が目的地です!」
「ずっと上ってんな、俺たち」
先輩の言う通り、駅からここに至るまでの、ほとんどの道が上り坂なのだ。
この辺は、自然との調和を大切にした開発とかなんとかいって、ニュータウンにあるけれど、ほとんど山を切崩さず、言うなれば元々の地形の上にそのまま建物を建てた、と言う感じだ。だから、とにかく坂と階段が多く、陸橋の数だって多い。
初めて来る人は大変だけど、住んでれば慣れてしまう。ここはそんな土地。
階段を登りきった先に見えるのは、雑木林の中に現れる遊歩道。ここが、今日の旅の目的地。
「なぁ、ここが目的地?」
「はい、そうです!」
へぇー、と言いながら先輩は辺りを見回す。何故か、不安そうな顔で。そして、私に聞く。
「確かに、人もいないし、静かな所だけどさ、思いっきり山の中じゃん」
「場所が悪いだけですって! さあ、ちょっと歩きますよ。ここが良かったか、悪かったか。歩いて、見て判断して下さい!」
「ああ、分かったよ」
渋々ではあるが、先輩も了承してくれた。そうなれば遠慮は要らないから、先輩の手を取って歩き出す。
「それで、ここはどういうとこなの? 見るからに林の中だけど」
ちょっとだけ詳しい私が先輩に説明する。
「ここは、尾根緑道。通称、戦車道路って呼ばれてて、その名の通り山の尾根にあって、先の大戦で本当に戦車の試験走行とかやってた、って話です。それで、戦争が終わった今は、こうして公園の一部になってるんです」
「山の尾根ねぇ。ならもっと開けてるかと思うんだけど」
「この辺の森、というか林、というか山はサンクチュアリになってて保護区扱いなんですよ。だから、森の木は生えたままで、その中にぽつんと道だけある、って感じなんです」
「詳しいな」
「まあ、好きですから」
今言ったように、両側は保護区でここはただ山の中を歩いている感じ。クヌギやコナラの新緑が眩しいけれど、桜はぽつんぽつんと植わってるくらいで、あまりない。
でも、歩いてるうちに景色が変わってくる。
「さっきまでは、桜も全然無かったけど、だんだん増えてきて、道も広くなってきたな。とは言っても、周りには木ばっかしか見えないけど」
少し歩くと、雑木林エリアを抜け、道幅も広く、日当たりも良くなり、桜や他の花が増え、文字通り華が増してくる。
「良くないですか? こういう風に、日常忘れて自然の中歩くって」
「まあ、どこ見渡しても、自然しかないからな」
先輩の言う通り、どこを見渡しても自然しかない。たまに散歩ですれ違う人がいる程度。
でも、もうちょっと歩くと、私が先輩に見せたかったものが現れる。
「ほら、先輩ここです!」
そこは、私たちを日常から隔絶している林が、唯一途切れる展望広場。
芝生になってて、ベンチがあり、ソメイヨシノだけがまとまって植わっている。そして、その広場からはかなり遠くまで、遮られるものはなく平野を一望できる。
森の緑と、空の青、そして桜のピンクに街の灰色。その景色を見下ろせば、確かに日常を思い出させるものだけど、同時に自分は非日常にいるんだなっていうのを確認できる光景でもある。
私は、この景色を先輩に見てもらいたくて、ここを選んだ。人があまりいないという条件にもぴったりだったし。
「凄いな。確かに、いい場所だ」
先輩からも、お褒めの言葉をいただき、ついでにご飯もいただくことにした。
ガサガサと、ビニール袋からお互いのピザと飲み物、先輩はそれに加えておにぎりを取り出して食べる。
「いただきます」
「いただきます」
やっぱり、あのスーパーのピザ美味しいなぁ。先輩も美味しいって言って食べてくれてる。
一番日当たりのいい場所だけど、桜がいい感じに影を作ってくれるし、遮るものがないから、風も吹き抜ける。だから、本当に花見をするのにちょうどいい場所なんだ。
パクパクっと、ピザを食べ切り、またビニール袋を漁る。先輩に買ってもらったデザートを食べなきゃ。取り出すと同時に、先輩もポテチを取り出し、パーティ開けする。
「食べていいよ」
「ありがとうございます」
塩っぱいのがまた美味しい。デザートはとりあえず後回しにしよう。
「でもさ、ここ、良く見つけたよね。ここまで来ると、近いって言っても、直緒の行動範囲外のような気がするけど」
「昔、遠足で来たんですよ。その時からここが好きなんですよ。あのときに感じた、山の中に居たのに、一気に視界が開けるこの感じが、凄く心に残ったんです。最近は来てなかったんですけど、せっかくなら、好きな場所で、好きな人と、一緒に居られればなって思ったんです。さっきの池も、ここに至るまでの尾根道も、この場所も」
「そこに選んでもらって、光栄だわ」
「正直、先輩とここで一緒に居られれるだけでいいかなって、思うくらいです」
「嬉しいねぇ、そう言ってもらえると」
先輩も、まんざらでもない感じの顔をしてる。
「じゃあ、それ、食べなくてもいいの?」
そう言って、先輩は私のデザートを指差す。
「それはダメですね」
確かに、それだけでいいかな、って思ったけどデザートもあればなお良しだ。とりあえず、団子から食べ始める。
「先輩も食べます?」
「いや、甘いのダメでね」
「そうですか」
苦手な人に、無理に勧めるのは良くない。食べ物だって、行動だって。本当はシェアするために結構買ったけど、しょうがないから一人で食べよう。
「にしても、好きだよね。甘いもの」
「はい、大好きです」
「なんで?」
なんでだろう。
好きだから、好きなんだけど、これじゃあ答えになってないしなぁ。でも、考えてるとぼんやり浮かんで来る。
「だって、甘いもの食べると、幸せな気持ちになれるじゃないですか」
「幸せな気持ちねぇ」
「しかも、分け合えば、幸せも分け合えますし、誰かに送れば、幸せを届けられるじゃないですか。しかも、手作りすれば、想いだって込められますよ」
「本当に好きなんだな」
「はい!」
そう答えながら、団子を頬張る。その間、先輩にじーっと見られていて、ちょっと恥ずかしい。
「やっぱりこっちの方がいいわ」
先輩が私を見ながら呟く。
「何ですか?」
「やっぱり、直緒の幸せそう、というか楽しそうにしてるとこ見るのが一番いいなって」
焦って、串を手から落としそうになる。
「き、急に何言い出すんですか?」
「いや、直緒さあ」
暖かく見守るような表情から、真剣な眼差しに切り替わる。
「朝とか、途中まで、なんか自分を押し込めてまで、俺の方に、俺の方にってしてくれてたじゃん? それは、それで、凄く嬉しい。だけどなんだか、直緒が窮屈なように見えた」
「本当ですか?」
「うん、頑張ってくれてるのに、こんな事言うのもなって思ってね。でも分かった、俺は直緒が直緒らしく、ありのままで楽しんでくれてるのが、楽しいんだ」
私が私らしく、ありのまま。
「そう言うとこいいなって、感じたから。多分、私ばっか楽しんでいいのかなとか、そんなこと思ってたんでしょ」
「えへへ」
ピタリと言い当てられて、笑うしかない。
「だから、まあ、場合にもよるけど、少なくとも恋人とか、親友とか、大切な仲間といるときは、直緒は直緒らしく、ありのままで接すればいいんじゃないかな。直緒のありのまま過ごして、偽らず、素直に想いを伝え、何か言われたら、素直に思ったことを返す。それでいいと思う」
先輩のその言葉が、凄く刺さった。
私は、人と接するときの距離感の取り方がどうも苦手で、近すぎたり離れすぎたりしてしまう。その上、親しき仲にも礼儀あり、って言葉があるように、近しい仲にも微妙な距離感を求められる。
まあ、遠い人たちとの付き合い方は、これから学んでいくとして、少なくとも先輩のような恋人や、友美のような親友とかと接するときは、ありのままの私でいようと思う。恋人は増えちゃダメだけど、親友がこれから先、増えてもそうあろう。
「分かりました。できる限り、ありのままの私でいようと思います」
「ああ」
そして、残っていた桜餅と、水饅頭をパクパクっと食べて一息つく。
「あー、美味しかった」
「本当、美味そうに食うよな」
「そりゃ、美味しいんですもん」
ポカポカの日差し、爽やかな風、心地よい満腹感、そして先輩の隣にいる安心感。これらが一気に襲いかかってきて、うつらうつらしてしまう。そして、耐えきれず私の意識は、先輩の肩へと落ちる。
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