第8話 花見デート前編 〜直緒〜

 今日は待ちに待った週末。天気はバッチリ晴れ、心も踊りだしそうなくらい麗らかな陽気。


 時刻は十時四十五分。先輩に来てもらうわけなんで、絶対遅刻できないからちょっと早めに駅前にいる。


 まだ、先輩は来てない。でも、これは私が早く着いてるだけで、決して先輩が遅いとか、そういうことではない。むしろ早く着きすぎる女って、男の人から見てどうなんだろう。


 昔はそういうことについて、全く考えたことなかった。先輩と会えるだけで楽しくて、舞い上がっちゃって、何も考えず行動し、先輩を振り回すだけ。

 今になって考えると、とんでもない女だなって自分でも思う。それでも、当時の先輩は何も言わずに付き合ってくれていた。


 じゃあ、今はどうなんだろう。……。ていうか、そんな事を言ってるけど、今日先輩を呼んだのは私だし、集合にしてもこっちの駅にしてもらってるじゃないか。


 これじゃ昔と何にも変わってない。ダメだなぁ、私って。でも、そういうことを考えられるようになっただけ、進歩してる、のかな?


 周りを見渡すと家族連れが多い。これから、有名所にお花見行くんだろうな。同い年くらいのカップルにしても、改札に一緒に入って行く方が多い。この辺には有名な花見スポットもあるわけではないので、当然と言えば当然だけど。


 本当にこっちで良かったのかなぁ。先輩に喜んでもらえなかったらどうしよう。先輩がいないってだけで、こんな事をグルグル考えちゃう。そんでもって、時間経ってると思ったわりには、まだ五分しか経ってないし。


 今度デートするときは、遅刻しない程度にギリギリに来よう。待ってもらうのは心苦しいけど、男の人のメンツを立たせるのがいい女、って誰かが言ってたし。誰だっけな、お母さんに言われたんだけっけ? 友美に言われたんだっけ? 確かその二人のどっちかだったはず。


 ていうか、その理論からすると、やっぱり今の私はダメな女じゃん。はぁ、私ってダメダメだ。


 不意に、駅のショーウィンドウのガラスに写る自分の姿が目に入る。そこに写る私の顔は、着てる服の色まで褪せて見えるくらい曇ってる。


 こんな顔じゃ、先輩と並んで歩けないよ。まだデートは始まってないし、反省は後でしよう。そう思うと私の顔も快晴まではいかないものの、晴れくらいにはなった。


 まだ、十一時の五分前だけど、ホームに電車がやって来る。話だと、これかこの一本後の電車らしいけどどうなんだろ。とりあえず、改札から出てくる人の中から頑張って先輩を探す。


 どこだろう。


 改札からダーっと、人が溢れてくるもんだから探すのも大変だ。あれ、は背格好と髪型が似てるだけが。こっち、も似てるだけ。


 この調子で会えるかどうか不安だったけど、私を呼ぶ声がする。


「直緒!こっちこっち」


 声がした方を眺めると、手を振る先輩がいた。


「せんぱーい、おはようございます!」

「ゴメンゴメン、待たせて悪かった」

「そんなことないですよ。ちょうど、来たばっかりですよ!」


 あえて本当の事は言わない。だけど、先輩は不思議そうな顔をしてる。


「あれ? 直緒の事だから、てっきり、もっと早く着いてるもんだと」

「そんなことないですよ」

「そっか」


 一瞬本当のことがバレたかと思った。でも、なんとか誤魔化しきれたみたい。


「可愛いね、その格好。似合ってるよ。髪型もいい感じ」


 誤魔化せてほっとしてるところ、間髪入れずに不意打ちを喰らう。先輩の言葉が、ノーガードの心に響いてヤバい。嬉しい。


「本当ですか⁈ そう言ってもらえて良かったです!」


 じゃあ行こうか、とエスコートされて歩き出す。


「直緒の今日のメイク、なんか普段と違って良さげ」


 全然言ってないのに、よく見てくれてる。


「分かります?」

「キラキラしてる」


 確かに、そう言われれば今の私はキラキラしてる。正直なところオシャレに敏感でない私は、今日のメイクを友美に頼った。そこでおススメされたのが、流行りのラメ入りの口紅とチーク。だから正確に言うと、今の私はラメのおかげでキラキラしてる。


「よく見てますね」

「そりゃ、今日は頑張ってくれてるから。受け手側もその頑張りに応えてあげないと失礼じゃない?」


 その頑張りを褒められた私は、嬉しくて、キュンときて言葉も出なかった。


 そして、嬉しくなった私は、つい並んで歩く先輩の手を、何も言わずに取ってしまう。


 先輩の手はとても冷たかった。そして唐突に、暗く深い漆黒の海の底のイメージがどこからともなく、頭に浮かぶ。どうしてかは本当に分からないけど。


 先輩は急に手を繋がれて、ちょっとびっくりしたってことが手から伝わってくる。その瞬間、待ってたときのことを思い出して後悔する。やらないって思ってたのに。

 やってしまったものはどうしようもないので、事後的に聞いてみる。


「先輩」

「ん?」

「勝手に手繋いじゃいましたけど、よかったですか?」

「別に気にしないさ」


 そう言われたので、言葉に甘えてそのまま繋いでおく。

 あっ、そうだ。これも聞かないと。


「先輩、お昼どこで買います? それとも、もう食べます? 先輩の好きな方選んでください」


 私たちのプランだと、十一時集合からの、目的地まで三十分のハイキング、そしてそっから桜を見ながら歩くから、お昼をどうするかって問題があった。

 私は家もすぐそばだし、先輩のためにお弁当を作ろうかなって思ったけど、そこまでしてくれるのは大変だろうから気持ちだけ受け取っとく、って言われて結局作らなかった。だから、お昼をどうするか決めないといけないのだ。


「公園の近くに、コンビニかスーパーあるならそれでいいや」

「せっかく来たのに、コンビニとかでいいんですか? 何なら、レストランのテイクアウトとかもありますけど」

「ロマンチックさのかけらもないけど、今日は自由にやりたい感じなんだよね。まあ、デートしてるときにそれはどうなのって話だけど」

「私は先輩についていきますよ」

「多分想像してた感じと違くなって、ゴメンな」

「そんなことないですよ! じゃあ、途中でスーパーあるんで寄りましょう」

「案内よろしく」

「お安い御用で!」


 言ってみて、なんだこの返事と思い、二人で笑ってる。

 私は私で、先輩と一緒なら何でもいい節があるから、特にプランを用意してなかった。だから、謝らないで下さい、って言いたかったけど、完全にタイミングを逃しちゃったなぁ。


 こういうことがあると、つくづく思う。想いを伝えるのって、タイミングが大事だなぁって。


 別にこの後にさっきのことについて、弁解すれば伝わるっちゃ伝わる。でも、そうなると伝える側が、伝えたいときに伝えたかったニュアンスとか、意味とかが、受け手に違った形で伝わってしまうと思う。伝えるタイミングによっては、全く伝わらなくなってしまうこともある。だから、人間って難しい。


 何も言わず、というか言えずに歩く。ちょっと歩いて、他大の前の桜並木に差し掛かる。


「この辺歩いてるだけでも、充分花見だな」


 その景色を見て、先輩は言う。

 確かにここは、二百メートルくらい続く坂道の両側にズラーっと桜が植わっていて、歩いていると、桜に包まれた気分になる。


「でも、ここだと人が多いですよ」

「まあそうだな」

「それに、建物が見えたり、人が多かったりで、日常感が拭えないんですよ」

「近隣住民からすればそんなもんなのかもな」

「でも、今日の目的地は本当に人いませんから、安心してください!」

「普通はそれ、褒め言葉じゃないけど、今日のオーダー的に楽しみにしてるよ」


 確かに言われてみれば、人がいないって褒め言葉じゃない。でも、そんな穴場のおかげで今日来てもらえた。


 ただ、完全に人がいないかって言われたら、案外そうでもない。どうしよう。


「先輩、よくよく考えたらそこ、犬の散歩してる人いるかもです。それでも……いいですか?」

「別に、そこまで心配してないから大丈夫。そんなに気にすることないって」


 あー、よかった。先輩が完全に人がいないってのを想像してたら、嫌な感じになるかもしれなかったけど、とりあえずよかった。


「本当、直緒って見てるだけで飽きないわ」


 どう言う意味だろう。


「何か変なことしてました?」


「いや、何も。心配してるようなことは、なんもしてないから大丈夫」


 頭にはてなマークが浮かんだままだけど、まあいいか。


 私たちはそのままずんずん進んで行き、それにつれて周りの景色も変わってくる。駅前や大学前、と言ったような騒がしい感じから、小中学校があり、平屋や団地、マンションが建ち並ぶ閑静な住宅街へと変わってゆく。


「初めて来たけど、なんか不思議な感じだな。屋根がみんな明るい茶色で、何となくとんがってて。壁が真っ白だったり、茶系だったり。全体的に暖色系でまとまってて、全体的に日本っぽくない。よく分からん噴水みたいなのもあるし」


 先輩がここら辺の景色について言及する。


「あっ、気づきます?」

「ああ」


 普段、なかなか先輩に対して優位に立てないから、ここぞとばかりにドヤ顔で先輩に言う。


「ここって、ヨーロッパっぽい街づくりを目指して、開発されたんですよ」

「まあ、見た感じそうだな」


 あれっ? 反応がそうでもない。ならば、とっておきのを出すしかなさそうだ。


「それに、ちょうどここ。あの狸のアニメ映画のモデルになってるんですよ!」

「へぇー。そうなん? どこのシーン?」

「えっとですね、たしかラストシーンで、狸たちのお堂が解体された跡地ですね」

「……。ごめん、全く分からん。しかも、開発されちゃってるじゃないか」


 がーん。ちょっとショック。

 結構有名だと思ってたけど、そうでもないのね。


「じゃあ、観ましょう。今度その狸の映画、一緒に観ましょう。予想以上にこの景色まんまですからね!」

「分かった、分かった。分かったから、初見の観光客に対してマウント取るな」

「ごめんなさい」

「冗談だよ、ほら元気出して」


 私は元気なんだけどなぁ。


「あっ、そうそう。ここがスーパーに一番近いところだった。先輩、お昼買いに行きましょう!」


 話し込んでてすっかり忘れていたけど、お昼買うんだった。


「おいおい、案内役がそんなんで、大丈夫かよ」


 先輩にも呆れられてしまう。


「先輩と桜を見たい気持ちが、食欲を上回ってただけですって!」

「目的地には着けそうで安心だわ」


 案内役の私が責任をもって先輩をスーパーへと導く。そして、スーパーへと着いた私たちは、思い思いに食べたい物をカゴに放り込んでゆく。


「ここのピザ美味しいんですよー」

「じゃ、俺も買うかな。冷めそうだけど」

「冷めても美味しいんですよ」

「ふーん、ちょうどいいじゃん」


 ピザ、ジュース、ポテチ、お菓子。統一感なんてものはない。

 あとはどうしようかなぁ。お団子でしよ、水饅頭でしょ、あと桜餅も外せないよね。


 二人とも入れたい物をカゴに入れ、レジに向かう。


「先輩、いくらですか?」

「いや、俺出す」

「ええ!自分の分くらい出しますよ」

「まあ、連れてきたのは俺だからさ。ほら後ろ詰まってるから、向こう行って行って。

 」

 先輩に促され、レジの向こう側へ行く。流れでそのまま私の分まで払わせてしまった。


「本当にいいんですか?」

「気にしない気にしない。ほら行くぞ。カゴ戻してきて」


 先輩は手際よく買った物をビニールの小袋に分け、大きなビニールに詰め、そのまま持って行ってしまった。私は言われた通りにカゴを戻し、先輩に追いつくため、慌てて店を後にした。

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