第7話 私と液晶の向こうとの対話 〜直緒〜
友美とお昼を食べた後、私たちはサークルの手伝いをしたり、片付けをしたり忙しかったけど、大きなトラブルもなく、結構な人数の新入生を確保し、花見は幕を閉じた。
あとは歓迎会担当とか、ゼミ担当の人たちに頑張ってもらうだけ。私の新歓は終わったのだ。
そういうわけで、私は家に帰ってボケーっとニュースを見ていた。
「欧州内における犯罪の取り締まり目的以外での、武器の使用禁止条約の締結を発表しました。また、この条約は犯罪の取り締まり目的であっても、殺傷力のある武器使用を禁じ、犯罪率の減少と共にゆくゆくは──」
そこまで聞いて、意識を手元のスマホに落とす。先輩から花見の件で連絡が来たからだ。
『それで、どっか良さそうな場所があるんだって?』
『でもそれだと、花見っていうより散歩っぽくなっちゃうんですけど』
『俺は人がなるべくいないのがいいから、別にそれでいいよ』
『本当ですか?』
『場所はどこなの?』
『内裏公園って言って、私の最寄りからちょっと歩いた所です』
『どんぐらい?』
『25分くらいです』
『うーん、そっから歩くんでしょ?』
『そうですね』
『もうちょっとその公園に近い駅ないの?』
『私の最寄りから一駅いけば、10分しないで行けますけど……』
『じゃあ、そっちでいいんじゃない?』
まあ、そうだよねぇ。流石に三十分ぐらい歩いてから、また歩いて桜見る気なんかしない。だから、集まるのは近い方がいいに決まってる。
でも、そうじゃない。
ただ、ちょっとでも長く先輩と並んで歩いてたい、なんて言えない。私のワガママでこっちに来てもらうわけだし、あんまりしつこくても仕方ない。
『わかりました』
『じゃあ、週末の11時にそこの駅でいい?』
やっぱり私の最寄りが、自然と指が動いて、そこまで入力欄に入れてしまう。慌ててバックスペースを連打して打ち直そうとしたら
『やっぱ』
と間違えて送ってしまった。
『どうしたの?』
そりゃ、そう返されるわけで。大慌てで弁解を送る。
『間違って送っちゃっただけで、なんでもないです』
『本当?』
『本当です』
そう送ったところで、今まで送った瞬間についていた、既読表示がつかなくなってしまった。多分、スマホを放り出して宅配便とか受け取ってるとかかな、って思って特段気にせず、またテレビの方に意識を向ける。
やってたコーナーが面白く無く、チャンネルを回すと、今朝見たダンディな山田さんがまた出ている。ということは、また憎念の事やってるのね。私と同じで、この人も今日は忙しそう。
「これが、憎念対策処理班の正式装備の画像です」
その話ってことはもう結構後半だろうな。ラインを見ても返事がないし、大人しくテレビを眺める。
「おお。なんと言いますか、とても近未来的なロボットという印象が見受けられます」
「確かに見た目はそう見えますけど、これは警察と我が研究所が共同開発した特殊な強化スーツです」
キャスターの人の言うとおり、その装備の画像はロボットに見えた。ぱっと見の印象では、どこかの車のメーカーが開発した二足歩行型ロボットのような印象を受けるが、手足はスーツってこともあり、着る人に合わせてシュッとしている。色は全体的に警察の人が着ている制服のような紺色をしていて、胸には警察の旭日の紋章が入っている。
全体の印象で言えば頭以外、なんだっけ、えーっと……。あっ、思い出した。昔お父さんと見た、アメリカ映画のロボット警官の日本版って感じだ。
そして、頭はマスクのようにしっかりと覆われていて、顔には大きな目、そして立派な角が付いている。
「しかし、憎念の対処にはどうしてこのような重装備が必要になるのでしょう?」
キャスターの人が、この装備を見た人の全てが抱くであろう疑問を投げかける。
「それは、対処に当たる警察官の保護を最優先としているためです。現代の技術では、遠隔操作による無人機での対処は難しく、有人での対処が求められます。そして、憎念実体の物理攻撃はかなりの威力があり、生身ではひとたまりもありません。それに、このスーツは搭乗員の精神へのダメージを防ぐために必要なのです」
「精神へのダメージ?」
「はい。憎念は霊体、実体、憑依体それぞれ共通して、強い負の感情の塊です。ですから、直接対処すればその負の感情に当てられ、精神に悪影響を及ぼしてしまいます。人間の感情は五感が刺激されたときに大きく変化するため、このスーツを着ることで極力五感への刺激を抑えるのです。更に、酸素供給ユニットもあるため、外気に頼らずに極限環境下での活動も可能になります」
「なるほど、それで強化スーツという方式を採用するわけですね」
「その通りです。それにパワーアシストも搭載しているため、憎念の対処だけでなく、ゆくゆくは災害時の活用も期待されています」
憎念の対処だけでなく、災害時にも活用できるパワードスーツ。というより、むしろ災害用に開発されていたのを、憎念対処に転用したんじゃなかろうか。それか、憎念というものが警察の中で災害として認識されてるか、そのどっちかって気がする。じゃなきゃ多分、こんなハイテクな近未来装備を開発する予算は下りないと思う。
「憎念の対処に関して、山田さんには見ていただきたい映像があります」
「はい、なんでしょうか?」
「それがこちらの映像になります」
そう言って画面に映し出された映像は、私と友美が情愛変化して憎念と戦っている、昨日の映像だった。割と綺麗撮られてて、友美が使う炎や雷も写っている。視聴者提供ってことは、多分スマホかなんかで撮られたやつだ。戦いに夢中で全然気づかなかった。
「ほー、凄いわね」
すぐにチャンネルを変えようとしたけど、いつのまにかにお母さんも見入ってる。小声で、へぇー、なんて言ってるときに、チャンネルを変えようものなら物凄く不機嫌になる。だから、私は仕方なく、内心冷や冷やしながら、そのまま画面を眺めることにした。
「これは、当番組の視聴者が昨日撮影したもので、見たところ若い女性二人が憎念と呼ばれるものと戦っている様子に見えます。これは一体どういう事なのでしょうか?」
あーあ。私たち自身もバッチリ映ってる。顔は暗さと撮影場所の距離的にギリギリ見えないくらいだけど、見る人が見れば分かってしまいそう。
「話では、加工して作ったイタズラ、なんて言われてたりもするようですが、私はこの映像は本当のものだと考えます」
「それは一体どうしてでしょう?」
イタズラで済ませてくれればそれでいいのに。
「ここに映っている彼女たちがどうかはともかく、研究では憎念と反対の力を纏う者の存在が確認されています。憎念が負の感情の実体化であるところの逆、すなわち、正の感情を身に纏い戦う存在。古来より日本ではその者たちを『オモイビト』と呼称していました」
「オモイビトですか?」
「はいそうです」
オモイビト。それが、私たちのように力を纏って戦う存在の名前。いつの間にかに憎念と戦える力に目覚めていたから、私は呼び方なんて気にしてなかった。だけど、そんな名前が付いてたんだ。
「しかしどうして、オモイビトという名称が付けられたのでしょう?」
「一説によると、彼女たちの力の在り方に由来すると言われています。彼女たちが持つ力は憎念とは反対に、心の中にある強い正の想いが実体化したもので、その力の源は『愛』だと言われております。愛という感情をベースに、正の想いを具現化させ戦うと記されています。愛とは誰かや、何かを想う気持ち、そのような気持ちを抱いて戦うから『オモイビト』と呼んだのです」
「なるほど、彼女たちは基本的に我々に害なす存在ではないんですね。そして、話だけ聞いていると愛を力の源にするというと、ロマンチックに思えてしまいます。ですが、この者たちも憎念に対抗できるのなら、対策組織に組み込むということはできないのでしょうか?」
「現時点ではそれは不可能だと考えています」
「何故でしょう?」
「それは、我々はまだオモイビトの事を詳しく分かっていない、ということが挙げられます。確かに、彼女たちに関する記述や資料は存在しますが、中身は彼女たちの活躍を描いた物が多く、研究がほとんど進んでいないのが実情です。確実に分かっている事と言えば、オモイビトは女性である事、それと男性の元服にあたる年齢以降、現代で言うところの思春期に力に目覚めるという事だけです」
「なるほど」
「そもそも、オモイビトとなるのは一部の女性で、どんな女性がなっていたのかも資料によってバラバラ、法則性も見出せておらず、その上資料によっては悪に走った者もいる、とまで書かれています。それ故に、オモイビトの女性を探し出すのが難しく、探し出したとして私たちに協力してくれるとも限らず、敵対する可能性すらあります。ですから、現段階では協力を仰がないという方針になっています」
言われてみれば、確かに私は高校時代にいつの間にかに力に目覚め、どうして目覚めたのか、いつから目覚めたのかも分からない。それに私と友美はオモイビトだけど、お互いに共通点があるというわけでもない。
別に、私たちは対策班に対して敵対的な感情を抱いていないけど、彼らからしてみれば、国民の安全を守るためとはいえ、本人たちですらよく分からない存在と手を取りたくないってところだと思う。
「ですので、番組を見ている方々は憎念を見かけてもくれぐれもオモイビトの真似をせず、速やかに対策班の指示に従い避難して下さい」
「でもね、山田さん」
辛口で知られるコメンテーターがそう言う山田さんに噛み付く。
「いくら視聴者の皆さんに注意喚起をしても、その……、なんでしたっけ? まあ、その自己顕示欲の強そうなコスプレ集団が活動をやめない限りは、いくら真似するなって言ったところで真似する人も出てくるわけじゃないですか。だから、このコスプレ集団が活動しないようにキチンと警察官の対応として職務質問をするだとか、活動の妨げになるようなら公務執行妨害を適応するとか、やらないとダメだと思いますよ」
「しかし、警察の方でもそれは行なっています」
「でも、ここにあるのは視聴者の方から映像なわけで、あなたたちは、このコスプレ集団を捉えられていないわけじゃないですか。それって、キチンとできていないって証拠ですよね? 確かに、捕まえるのは警察仕事ですけど、それをサポートするのがあなたたちのような、偉い先生の仕事なんじゃないでしょうか」
「仰る通りです」
「あと、コスプレ集団に言うぞ! 君たちのやっていることは、警察の仕事を邪魔する行為だからな! 今すぐにやめなさい!」
コスプレ集団かぁ。凄い言われようだ。
でも、これが私たちに対して世間が抱く一般的な意見。警察の職務遂行を阻害する者たち、という目で見られている。
友美は戦ってるとき、警察に見つかると面倒だから早く逃げるよ、って言うけど、こんなんが放送されたら今まで以上に面倒になりそう。
「と、言うわけで本日は山田教授、お越しいただきありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」
特集が終わり、山田さんが拍手されスタジオを後にする。あんだけ言われて、ちょっと痛いとこつかれたというか、暗い表情をしてスタジオを出て行った。
「最近、その憎念っていうの? 怖いわねぇ」
テレビを見てたお母さんが、私に向かって言う。
「そうだね」
「最近、ニュースでもいっぱい出てるし。それにしても、さっきの映像に出てた女の子達、危ないことするわよね」
「そ、そうだね」
急に私の事を言われてビクッとする。そしてヒヤヒヤしながら答える。
「直緒は危ないから、あんな事しちゃダメよ」
あれ? もしかして気づいてない? それなら、まあいいか。そう思うと、バクバクだった心臓もゆっくりになってくる。
「分かってるって」
テレビも次のコーナーに移り、スマホを見ると先輩から通知が来てた。
『ゴメン、ちょっと呼ばれててライン出られなかった。』
『別にいいですよ。』
『やっぱり、週末集合するの直緒の最寄りにしよう』
どんな風の吹き回しか、先輩が予想もしないことを送ってきた。急にどうしたんだろう?
『別に無理しなくてもいいですよ』
『無理なんかしてない。気が変わって、そっちから行ってみたくなっただけ』
『本当にいいんですか?』
『そんなに止められたら、俺の気も変わるよ?』
ちょっと、しつこ過ぎたみたい。せっかく先輩がこっちから来たいって言ってくれてるんだ。私だってそうしたかったんだから、これ以上詮索せず先輩に甘えよう。
『じゃあ、私の最寄りに11時で』
『オッケー。楽しみにしてる』
『私もです!』
今から週末が楽しみだなぁ。雨降らないといいけど。
「どうしたの、直緒?ずいぶん嬉しそうだけど?」
また顔に出てるらしい。私は平静を装おうとするけど、顔に出るニヤニヤを止められそうにない。
「なんでもないよ、お母さん」
「あら、そうなの? てっきりデートでも決まったのかと思ったけど」
流石お母さん、私以上に私のこと分かってる。
「なんでもなーい」
私はお母さんにそう言い残し、自室へ戻る。そこで、またスマホを眺め、そして嬉しくなる。そのときは凄い嬉しかったんだけど、思い返せば完全に危ない人だな、って自分でも思った。
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