第6話 名札と出会いと自己紹介、そして思惑 〜直緒&優斗〜

『直緒』


 シフトの終わった友美と一緒にお昼を食べるため、人でごった返すペデ下を歩いていた。普段から人で溢れる昼時だけれど、一年の中でも一番混むのはこの時期か新学期の授業開始直後だろう。


 新入生のオリエンテーションの日付は学部ごとに分かれているものの、基本的にその学部の一年生が全員来ることになっている。そこに加えて、新歓をしている在学生もいる。しかも、ペデ下に出店を出すもんだからここは混む、とにかく混む。


 しかも、勧誘する側も、手に看板を持ってキャッチさながらに勧誘するところもあるから、通行の妨げになる。だから、この時期は学食にたどり着くのも一苦労だ。


「やっぱこの時期って、人凄いね」


 本当に色々な人たちがいる。それぞれの部活や、活動の格好をしてる人。それに、あれはコスプレかな? 何のサークルか分からないけど、ゴスロリのフリフリの凄いのを着てる人がいたり。いろんな人がいるなってしみじみ思う。


「だね。しかも勧誘の側も、新入生だろうが違おうが御構いなしに声かけるし、大変だわ」


 友美の言うように、勧誘する在学生も新入生を逃すまいと、新入生に見える人に対して手当たり次第声をかける。私もここを歩けば、一日に一回くらいは勧誘されるけど、今日はまだされてない。


「私、声かけられる人だから大変なんだよね」

「私は声かけられないから、その気持ちあんまり分かんないなぁ。まあ、見た目が新入生に見えないだけなんだけど」


 流石に、金髪で背が高くて堂々と歩いてる友美を、新入生と間違える人はいないらしい。ってことは、友美と一緒に歩いてるから、私は声をかけられないのかもしれない。


 でも、その割にはなんだか普段より視線を感じる気がする。特にすれ違うとき。どうも顔をチラチラ見られてる気がする。


「なんか、凄い見られてる気がするんだけど、気のせいかな?」

「それ多分、私と歩いてるせいだよ。キンパでデカイから、普段からチラチラ見られててさ、正直もう気にしないことにしてるんだけど、一緒にいる人も見られちゃうんだよね」

「大変だね」

「まあ、身長は生まれ持ったもんだからどうしようもないし。髪の毛も色々試したけど、注目され度変わらなかったから、開き直って好きな色にしてるし。諦めだよね」


 ただ、友美はそれに加えて美人でスタイルもいい。だから、より注目されてるんだと思う。


 普段から全く注目されない私からすれば、ちょっと友美の顔になってみたいなぁ、なんて。


 でも、毎日その顔でいなきゃいけない友美は、周りが思ってるに対して色々言いたいこと、辛いこと、怒りたいことあるんだろうなって思う。対応するのが面倒になるくらいには。


「おっ!直緒じゃん」


 雑踏の中から耳慣れた、私を呼ぶ声がする。


「先輩!」


 そこを見るといつものように、爽やかな笑顔が私を迎えてくれている。その笑顔に、手を振って応える。


 ただ、いつもと違うのは、その隣に私の見たことない女の人が立っている、ってことだった。


「本当、優斗さんって、いつもカッコいいよね。にしても、あんた達見る度に恋人、って感じ。正直見飽きた」


 呆れ顔で友美が私に言う。


 私が先輩と呼ぶこの人は、裏永優斗。C大文学部の三年生で、同じ高校の先輩かつ、友美が言ったけど、私の彼氏なのだ。彼氏なのに先輩と呼ぶのは、高校の時の癖が抜けないからで、因みに言うと、一応友美も私たちと同じ高校だった。


 先輩とは高校時代に一度付き合ってたけど、進学とか色々あり別れ連絡も絶っていたけど、四、五ヶ月くらい前、大学で偶然再会し、それから紆余曲折あり、また付き合いだした。


「直緒はサークルの勧誘って聞いてたけど、友美ちゃんも一緒だったんだね」


 私たちのことを見るなり、先輩は友美に尋ねた。


「まあ、そうですね」

「あれ、先輩。私言ってないのにどうして分かったんですか?」

「そりゃ、だってそれ。見りゃ誰でも分かるよ」


 と先輩は笑いながら、私の胸を指差して言った。


「うわ、最悪! だっさ。言われるまで完全に忘れてた。てか、恥っず」


 それを聞いて、友美は恥ずかしそうに慌ててる。一体、何慌ててるんだろう。


「あっ」


 私も自分の胸を見てようやく気づく。さっき使った名札が付けっ放しだ。普通の服の胸元に、アクセントとして茶色のワンポイント。そこには学年と名前がビシッと書いてある。遠巻きに見れば、何書いてあるかまでは分からないけど、目立つところに貼られた、明らかにおかしいコーディネートは遠目でも分かる。


 なるほど、だから見られてた気がしたんだ。というより、本当に見られてたんだ。私は名札のガムテープを慌てて外す。もう、今更ながら顔から火が出そうになる。


「本当、直緒って分かりやすい。耳まで真っ赤」


 先輩にまでそう言われてしまい、その上隣の女性も笑いそうになっている。

 あー、恥ずかしい。火照りを冷ますため、手で顔を扇ぐ。


「せ、先輩は今日同好会の集まりあるから、勧誘無かったんじゃ?」

「浮気現場じゃない?」

「違う!」


 友美に茶々を入れられるも、先輩は全力で否定する。


「今がその同好会の集まりなんだよ。直緒には前言ったろ、メンバーに女性がいるって」


 ああ、確かに言われてたな。


「それがこの人なんですね?」

「そう。私が、彼の作ったオカルト同好会のメンバーの、鏡部ゆりよ。よろしくね、彼女さん。あなたの事はよーく聞いてるわよ」

「余計な事は言わないでいいから」

「心配しないで、私彼に興味ないから。ああ、別に、彼に魅力が無いわけじゃないのよ?ただ、ぶ──」

「それ以上、余計な事を言うなっての」


 先輩が鏡部さんの話を無理やり遮る。


「でも、鏡部って名字珍しいですね」

「私も聞いたことない」

 私の疑問に友美も乗っかる。


「よく言われるわ。なんか、先祖が鏡を使う占いをしてたらしくて、そう名乗ったらしいわ。それで家に占いの本がいっぱいあって、昔から読んでたら、その方面に興味持って、それでこの同好会にいるって感じかしら」

「そうなんですか」


 私の名字は平凡すぎて、今までそんなこと考えたこともなかった。なんか、そういうの羨ましいな。


「まあ、鏡部はそんな感じのメンバーだから、それで今そっちが終わったから、柱に貼ってるビラの回収してる」

「ビラの回収ですか?」


 まだ新歓期間は残ってるし、基本的にビラはずっと貼りっぱなしだから、回収するって聞くとちょっと変な感じがする。


「そう、貼ってる場所が悪かったらしく、大学から回収しろってさ。そのペナルティとして、大丈夫な位置に貼ったの含めて全部だって」

「めっちゃ厳しいじゃないですか!」


 流石大学当局。違反者に対して容赦がないとは聞いてたけど、本当だったとは。


「それなら私、手伝いますよ!」

「いや、これは俺たちの問題だから、直緒の手を煩わすわけにはいかないんだ」

「いやでも、先輩が困ってるなら──」

「いや、大丈夫。いいんだ」


 先輩は私の心配を遮って、自分たちでやると言い切った。とても冷たい視線で。本当は手伝いたかったけど、先輩がそこまで言うなら、諦めよう。


「分かりました」


 先輩は一瞬で表情を戻し、にこやかに私たちに聞いてくる。


「それで、二人はサークルの花見だったんじゃなかった?」

「そうです、そうです」

「大変じゃない? 花見って」

「まあ、準備は怠かったけど、私たちもうシフト上がりなんで。これからお昼なんですよ」

「そうだったんだ。そう言う事なら、俺たちもう行くわ。じゃあ、邪魔して悪かったね」


 先輩が行ってしまう直前、すっかり忘れたけど、先輩に言わなきゃいけない事を思い出した。


「先輩! 桜の件、後でラインします!」

「分かった。じゃあね」


 そう言って、先輩たちは雑踏の中へと消えていった。


「桜の件?」


 どうやら友美は、私が先輩に伝えた桜のことが気になるらしい。


「この前、先輩が一緒に桜を見たいって言ってくれてたんだけど、中々話が進まなくてね」

「はーん。じゃあ、要するにデートか」

「そう言うこと、になるかな」

「なら、楽しんできなよ。で? どこ行くの?」

「それが、まだ決まってないんだよね」


 歩きながら、友美が驚愕する。


「決めてないの⁈ そろそろピークだから、早くしないと散っちゃうよ。何でまだ決めてないの?」

「先輩が人がいっぱいいるの嫌だから、なるべく人いない所がいいってなってて。中々候補が決まらなかったんだよね。で、一応見つけたけど、それだと花見じゃなくて、むしろ散歩なんだよねぇ」

「デートの場所選びは相変わらずと言うか、何というか。でも、二人が納得すればそれでいいんじゃない?」

「だから、とりあえず聞いてみようって」

「まあ、今の私が言えるのは、晴れるといいねってことぐらいだから。はあ、やっと着いたよ」


 人の波に飲まれながら、私たちはやっとの思いで学食にたどり着いた。ただ、目的地に到着したところで、人の波が途切れることは無かった。


 私たちはそんな大混雑の中、お昼を食べる。ここまで来るのに消費したエネルギーを取り戻すために。


────────────────────


『優斗』


 俺と鏡部は、直緒と友美と別れビラの回収作業に勤しんでいた。


「それにしても、あんな言い訳よく思い付いたものね」


 ビラを柱から剥がしながら、鏡部が言う。


「まあ、この時期のビラ剥がしなんて不自然極まりないからな」

「じゃあ、そのまま置いておけばいいのに。こんなほぼ白紙のビラ。誰も気にしないわよ」


 鏡部が言うように、俺たちのビラには、A4サイズの紙に大きく「オカルト同好会会員募集」と、表向きはそう書いてあるだけだった。


「ただ、これ以上放置してると、アイツらに細工がバレかねない」

「アイツらってさっきのあの、あなたの彼女さんとそのお友達?」

「そうだ。アイツらが特殊な力を持つ『オモイビト』だ」

「あら、そうだったの」

「それを踏まえた、お前の見立ては?」

「別に、興味なし。だってまだ、彼女たち面白そうじゃなさそうなんですもの。だから、私は面白くなるまで、手は出さないわよ」

「まあ、それでいい」

「でも、私たちは、オモイビトに対抗するための仲間を集めてるんだから、ビラの掲示は長い方がいいんじゃないの?」

「言ったろう? そろそろ、コイツの存在をアイツらに感知される頃合いだ。それに」


 俺はそう言って、ビラを持つ手に集中し、力を込める。すると、ビラは小さく黒い炎を纏い、何も書かれていなかった空白に、俺の連絡先が浮かび上がる。


「あら、そんな仕掛けだったの」


 鏡部が感心している。


「俺たちは即戦力を求めてる。これくらい、できる程度のな。別に、ここまでできなくとも、細工して書いたこの文字が読めれば、合格にするつもりだった」

「そりゃ、誰も来るわけないわね」

「見つからなければ、今まで通りやるだけさ」


 そう言いながら、俺たちはビラを剥がし続ける。


「でも」

「ん?」


 鏡部が何か聞きたそうに口を開く。


「でもあなた。また、オモイビトと付き合ってるのね。リスク高いってのに」

「まあな、でも監視するにはもってこいだろう?」

「前もそんなこと言って、失敗して別れてるじゃないの」

「あれは一種の事故だ。憎念を操る精度が上がった今、もうそんな事は起こらない」

「だといいけど」


 その後、俺たちは黙々と作業し、貼っていた全てのビラを剥がし終わる。ただ、数えてみると、掲示したはずの枚数から一枚足りなかった。ただ、大学に回収されたんだと思って、さして気に留めなかった。


「結局、今年は誰も入らずってことでいいかしら?」

「まあ、そうなるな」


 その時、俺のラインに知らない奴から連絡がきた。名前はジョーカー、アイコンはピエロの画像だ。内容も、初めまして! と送られてきてるだけ。

 その時、もしやと思って、俺はそのジョーカーに返信する。


『どうして俺に連絡を?』

『オカルト同好会に入れてもらおうかと思いまして』

『どこで俺の連絡先を知った?』

『どこでって、ビラですよ。』

 そう送られてきた後、一枚の画像が送られてきた。

『これで合格ですよね?』


 その画像は、壁から剥がされたビラに、俺がさっき浮かび上がらせた黒い文字が浮かび上がっている、というものだった。ビラが一枚たりなくて、俺が文字を浮かび上がらせたビラはここにある。それが意味するものは一つ。


「鏡部、訂正する。今年は入会者いるわ」

「本当?」

 鏡部が聞いてくる。

「ああ、本当だ」


 そして、俺はそのジョーカーに返信する。


『ああ、合格だ。ようこそオカルト同好会へ。』


 期限はギリギリだったが、そんなことは気にしない。なんせ、即戦力になる、新たな仲間ができたのだから。


「さあ、歓迎会の準備だ」

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