第5話 新歓花見 〜直緒〜

 私は自転車を飛ばして、家から二十分もかからず大学に到着。駐輪場に自転車を停め、集合場所の正門の前に小走りで向かう。まだ開門前だと言うのに、結構な人が集まっている。


 実は、今日新歓花見をするのはうちのサークルだけでない。他のいくつかのサークルも、新歓花見をする。そのため、より良い場所を巡って場所取りの戦いが繰り広げられる。だから、開門前からこうして全力待機なのだ。


「皆さん、おはようございます」


 私は目当ての集団を見つけ、挨拶をする。イロハの花見担当の三年生の先輩と、同学年の二人。皆男性だ。


「直緒ちゃん、おつかれ」

「おはよう」

「おはよう」


 みんな挨拶を返してくれる。ほぼ形だけみたいなものとは言え、やっぱり挨拶を返されるといい気分になる。


 ただ、みんなの名前が思い出せない。普段、あまりにもサークルに出なさ過ぎる弊害だ。グループラインを見れば多分分かるけど、今見るわけにもいかないしなぁ。


 ただ、この中で最初に挨拶を返してくれた人が先輩だってことは分かる。まあ、私はサークルで基本敬語だから、その辺はあんまり影響しないんだけど。どうせ、私たちは名札つけるからその時見よう。


「それでさ、そろそろ門が開くから確認するけど、場合はどの範囲だっけ?」


 先輩が下見係の私に聞いてくる。こんなもんです、と昨日決めた範囲の写真を見せる。


「ありがとう。じゃあ、危ないから、直緒ちゃんは一旦離れてていいよ。一斉に走って危ないから。俺たちが場所取るから、ゆっくり来てくれればいいよ」

「あっ、ありがとうございます」


 そう先輩に促され、私はこの人混みを離れる。


 本当は私も走らななければいけないんだけど、先輩たち気遣いでそうしなくて済んだ。


正直、大人の男性が全力で走って場所を奪い合うところに、混ざるのはちょっと怖かったから、その配慮はとてもありがたかった。ただ、そうなると、私のいる意味がなくなるような気がして、ちょっとだけなんとも言えない気になる。


 開門時間になり、待機していた学生が一斉に走り出す。後ろから見ているにも関わらず、その迫力に圧倒される。あの場にいたら間違いなく怪我してる。


先輩、私をそこから外して下さって、ありがとうございます。


 先頭集団が入りきったのに続いて、私も大学に入る。


 桜広場に目をやると、もうみんなブルーシートを広げ始めてる。こんな傾斜なのにみんな凄いなぁ。


 目的の桜広場に向けて登山をしていると、下見で目星をつけた場所を抑えている先輩たちの姿が見えた。既にブルーシートを広げ始めていて、私も急いで手伝う。


 ブルーシートを広げ終わり、ちょっとベンチに腰掛け休憩。この間だいたい十分。逆に言えば、十分しか経ってないのに疲れすぎな気がする。


 そうこうしてるとガムテープとか、マジックペンとか、飲み物のダンボールとか、その他色々必要なものを抱えて、友美たち別班がやって来た。


「友ちゃんおはよう」

「おはよう、直緒。あー、重っ。目当ての場所取れたね」

「うん、みんなが頑張ってくれたんだ」

「こっちも、飲み物とかお菓子とか、色々買えたよ。ふぅー。運んでくるのマジ辛かったけど」

「おつかれさん」

「ありがと」


 私なんかより、見るからに友美の方が大変そうだ。一緒になって休憩してるのが申し訳なくなってくる。


 人が増え、ここも騒がしくなってくる。飲み物やお菓子を出したり、紙コップを用意したり、サークルに入会希望の人たちが書く紙を用意したり、麗らかな陽気とは反対に、私も含めて、みんな忙しなく動く。その甲斐あって三十分もしないうちに大体の準備が終わる。


「ガムテとペン回すから、名前と学年と学科書いて胸元に貼っといて」


 そう言って、みんなお手製の名札を作り始める。基本的に新歓にかけられる予算はそこまでないので、安上がりな方へと向かう。どこのサークルも割とこんな感じだ。しかも、新入生にもそうしてもらうし。


 二年、法律学科、ナオ、っと。そうガムテープに書き、胸元、と言うかほぼ首元に貼り付ける。胸元って指示だけど、胸より上で見やすいところならどこでもいい。


まあ、この辺は個人の感覚の問題だけど、私は名札が顔に近い方が話しやすいかなって思って、高めにつけている。最も、友美は胸元に堂々と貼り付けてるけど。


「そこに貼るんだ……」

「まあね、だって、みんながよく見る方につけた方が、覚えがいいでしょ?」


 そんなもんかなぁ。


確かに、友美は同性の私ですら惹きつけられてしまうほど、立派なものを持っている。より注目されるだろう所に、伝えたい情報を置くのは基本だけど、果たして友美はそれでいいんだろうか。別に見られて減るもんじゃないけど。


ただ、男の人って基本的に凝視しないように心がけるから、むしろ逆効果な気もするような……。これ以上は考えないようにしよう。


「それじゃ、一年生来るまで自由時間ってことで。来たらブルーシートに上げてあげて、色々説明してって感じで。履修相談とかも乗ってあげてね。入りたいって話なら、名簿に名前と学籍番号書いてもらって。そんな感じで、それじゃよろしく」


 先輩が号令をかけ、バラバラと人が散ってゆく。私と友美は午前からお昼までの担当だから、その場に残り、紙皿にお菓子をあけたり、コップを出したり、そのついでにつまみ食いしたりして、一年生を待っていた。


 待っていると、ここ桜広場にも若々しい顔が増えてくる。だんだんと一年生が来る時間になり、花見に参加する人たちが集まって来るからだ。ただ、遠巻きに私たちを眺めていて、中々こっちに来ないみたいだった。


「すいません、イロハの花見ってここでいいですか?」

 ちょっと不安そうな面持ちで、ビラを持った子が尋ねてくる。

「そうですよ。お花見希望?」

「はい、そうです!」

「どうぞどうぞ!靴脱いで上がってね」


 そう答えてあげると、安心した感じの嬉しそうな顔になる。フレッシュだなぁ、ってたった一年しか違わないのに、そう思わずにいられなかった。


 ペンとガムテープを渡して、名前を書いて貼ってもらう。法律学科のカシラ君か。珍しい苗字だな、なんて思いながら自己紹介をする。


「私は、法律学科二年の直緒って言います!よろしくね!」

「はい、法律学科一年のカシラです。よろしくお願いします」

「まあまあ、そんなに緊張しないで、くつろいでってよ。なんか飲む?」


 正座で座るカシラ君に飲み物を勧める。お茶でお願いします、って注文だったので、紙コップにお茶を入れて渡してあげる。それと同時に、お菓子の乗った紙皿を目の前に置く。


 他を見るとどんどんと一年生が来ていた。最初の一人が踏み切ってくれると、それに続いてどんどんと進める。なんかペンギンみたい。


「カシラ君って、昨日までにサー室の方来てる?」


 とりあえず、そのことについて聞いてみる。実はイロハの出店はサー室の方に誘導していて、そこでこのサークルについての説明をしている。だから、ここに来る人たちはもう既に入会を決めてる人か、まだここについて知らなくてどうしようか決めかねてる人の、二つに分けられる。


「実はそっちの方には行けてないんです……」

「全然問題ないよ!じゃあ簡単にうちの説明から始めよっか」


 彼のように、ここについてまだあまり詳しくない人には、サークルの概要を説明してある資料を渡し、簡単にうちのサークルの説明を挟んであげることになってる。


「うちはまあ、みんな『イロハ』って呼んでるサークルで、法学部の大多数の人が入ってるサークルで、活動のメインは文化祭で、模擬裁判やるくらい。あと文化祭でそれとは別に出店出すから、その関係だけだね。だから、兼サーとか、バイトとか、顔出す頻度とかは、自分の活動は基本自由にしてもらって構わないって感じですね」

「そうなんですね」


彼は真剣に話を聞いてくれてる。


「そうそう。あと、サークルの中でも長い方で、加入人数も多いから、情報を入手しやすいってのも大きな特徴かな。そうだ、あと、法曹目指してる人なんかも多くて、先輩が法律なんかのゼミやってくれたりもするみたい。私はそっち方面目指してないから、その辺疎いんだけど……。まあ、うちはそんな感じのサークルです!」


そう説明してると、別の子がやってくる。


「すいません、ここいいですか?」

「どうぞどうぞ!何か飲む?」


 説明してるうち、だんだんと一年生が増えてくる。それに伴いら一対一から、一対大勢へと話相手が増えてゆく。基本的にまず学科を聞いて、同じ学科になるように先輩があてがわれる。だから、私の前には法律学科の子たちが集まってくる。


 人数も増え、目の前には五人くらいがいる。もうサークルの説明も済ませ、だんだんと話題は雑談へと移ってゆく。


「私、こっから自転車で二十分くらいの所に実家があるんだけど、みんなはどの辺の出身?」


 とりあえず、無難な出身の話を振ってみる。


「僕、世田谷です」

「私は埼玉です」

「僕は横浜です」


 順番に答えていってもらい、関東勢はそこそこって感じだった。


「僕は宮城の仙台です」

「仙台かぁ、ってことは食べ物美味しい!」

「はい、その仙台です」

 仙台かあ、遠いなぁ。

「私は、山形です」

「山形かぁ、さくらんぼだね」

「そうです、そうです」


 へぇー。このグループは東の人たちが多いみたい。


「でもさぁ、やっぱみんなこの大学遠いよね?」


 そう聞くと、みんなが口を揃えて遠いって言う。そりゃそうだ。S宿駅からここまで大体一時間。この多摩の片田舎にみんなよく通うよね、って地元の人間が一番思う。


「私、下宿先からここまで歩いてくるんですけど、その時の景色が地元とそんなに変わらないのにビックリしました!」


 山形の彼女がそう言う。確かに、ニュータウン通りとかは大通りだけど、そこから少し離れ、大学の近くの路地に入ろうものなら、ほぼ森の中というか山の中だし、畑や田んぼだってある。本当に東京にいるのか不思議になる。


 みんな、東京の大学に通うって胸を躍らせ、いざここに通うとどんな気分なんだろう。まあ、ガッカリとは良く聞くけど。


「ナオ先輩、この辺が地元なんですよね?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、ネットで見たんですけど、この辺って電柱無いって本当ですか?」


 仙台の彼が尋ねてくる。


「うん、無いね。この辺、なんか電柱地中化の推進地域らしくて、元あった電柱を埋めたり、ニュータウンのそもそもの開発計画で最初から電柱無い設計になってる、って話」


 そう、この街には電柱が無い。この辺は──大学自体ははともかく──ニュータウンの後期に開発された地域で、本当に電柱が無い。私は、他の地域に行って初めて電柱というものを見た。


「やっぱ本当なんですね。じゃあ、電柱地中化には陰陽師が関わってて、その地下ケーブルで結界を作ってるって、ネットで見たんですけど、本当ですか?」

「いやぁ、それはどうかなぁ? 多分ただの都市伝説だよ、それ」

「別に、本気で信じてた訳じゃないっすよ。ただ、ちょっと気になって」


 まあ、都市伝説ってものに惹かれるのは分からないでもない。ただ、流石に結界の件に関してはそんな事無いとは思うけど。結界があったとして、何のためにあるんだって話だし、正直なところ埋まってるケーブルなんて見えないから分かんないし。


 ただ、京の都とか、江戸の街の都市計画には、陰陽師が関わってたって話だから、都市整備ってものにロマンを感じる人は感じるんだろうな、って思う。だから、こんな都市伝説が出来たのかもしれない。


 そんな雑談をしながら、春の日差しの中、桜色の傘の下、お菓子を食べたりジュースを飲んだり、入れ替わったり、替わらなかったりする一年生の相手をしてると、そろそろお昼という時間になる。


 私たちのシフトはあと一時間くらいあったけど、後ろの時間の担当の先輩が、やる事無いからって言って担当を代わってくれた。フリーになった私と友美はお腹が空いたので、学食にお昼を食べに行くことにした。

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