第4話 早起きした朝、ニュースをつけて 〜直緒〜

 サークル花見当日、私は家を出る準備を済ませて、テレビを見ていた。時刻を知りつつ、時間を潰せる。ニュース番組で時刻表示があるというのは、とても便利だと思う。


「次のニュースです。昨日、東京都H市で、またしても『憎念』と呼ばれる……」


 台所に飲み物を飲みに行くため、テレビの前から離れる。


 しかし、もう昨日の事がニュースになっているとは。それにしても最近、本当に憎念のニュースが増えたなぁ、と思う。今は、対策処理班と私たちがなんとか抑えているけど、そのうち抑えきれなくなるかもしれない。


 そんな事を考えながら、台所から飲み物を飲んでテレビの前に戻ると、専門家の人の解説が始まる。


「そして陰陽稀事研究所、東日本支部所長代理で、同所の憎念研究室主任であられる、山田修平さんにお越しいただきました」


 そう紹介を受けた山田さんという人は、スーツをビシッと着こなし、人当たりの良さそうな、ダンディな顔の人だった。見た感じ、お父さんと同じ世代かなって気がする。


「最近出没頻度が上がり、我々のような一般の人々にも周知され始めた『憎念』と呼ばれている存在、その正体は一体何なのでしょうか。そして、その被害から我々の身をいかにして守るか、そのことについて専門家である山田さんに詳しくお話を伺いたいと思います。それでは、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 ちょっと緊張してそうで、返事が硬い。


「この『憎念』とは、人々の怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ、妬み、恨み、といった負の感情が本人から離れ実体化した、言わば負の感情が具現化したものだと、推測されています」

「負の感情の具現化ですか」

「はい。最近、憎念の活動が活発化し、頻繁に目撃され、被害も拡大していますが、この憎念は十世紀ごろ、すなわち平安時代ごろには既に記録に登場しています」

「なるほど」

「ただ、この時代の憎念は、現代のそれと違い、特定個人の強い負の感情が、本人の死後切り離されたもので陰陽師が対処していたと言います」

「陰陽師ですか」


 陰陽師ねぇ。


「なるほど。ですが、山田さん。先程、当時の憎念と現代の憎念は異なると、おっしゃいましたが、具体的にはどのように異なるのでしょうか?」

「現代の憎念は、特定個人ではなく、不特定多数の人々の負の感情が集合し、具現化したものなのです」

「不特定多数」

「現代は、交通の発展により、人々はより早く、より簡単に、より長い距離を移動する事が可能になりました。そうすると、同じ意見や感情を持った人々が、一箇所に集まりやすくなります。大規模デモ、といったのがいい例でしょう。そうすると、一人分の負の感情では実体化できなくても、同じ感情を持つ人々がいる事で、実体化に必要な負の感情の必要量をクリアしてしまいます。そうする事で、憎念が発生し、人々に被害をもたらすのです」

「なるほど」

「しかし、最近はインターネットの発展が、更に憎念の発生を助長させています」

「それは一体どういう事でしょう?」

「現代は、通信の技術が発達し、世界中に向かって、自分の感情を発信する事ができます。更に、最近、SNSが発達したことにより、より自分の感情を世界に向かって発信しやすくなりました。そして、SNS上では同じ感情を持つ他人と、簡単に繋がる事ができます。そうすると、同じ負の感情を持った人同士がコミュニティを形成し、さらにそれに賛同して、どんどん負の感情を持った人が増加、憎念として実体化する必要量に達してしまうのです」

「しかし、直接触れ合うことのないインターネット上で、そのようなことがありえるのでしょうか?」

「言霊という言葉があります。文字には魂が宿るという事で、文字には思いが含まれるのです。ですから、それが一定量を超えれば、ネット上の文字のやりとりだろうが、現実の言葉のやりとりだろうが、憎念は発生してしまうのです」

「一見、荒唐無稽に聞こえてしまうお話ですね」

「ええ、しかしながら、憎念は現実に出現して被害をもたらしています。そのような、荒唐無稽な話を真剣に研究するのが我々の仕事なのです」


 この人、結構いい事言うじゃん。そろそろチャンネルを変えようと思ってたけど、まだ時間もあるし、全部見よう。


「『憎念』というのがどのような存在か、ということは分かりました。それでは、実際にその憎念がどんなもので、遭遇したら私たちはどうすれば良いのか、という点についてお聞きします」

「はい、まずこの憎念は、大雑把に分けると、三つに分類できます」

「三つですか」


 こちらの図をご覧下さいと言うと、フリップが出てきた。そこには黒い炎の絵、黒く燃える化物の絵、そして黒く燃えたというか、黒いオーラを纏っているような人の絵が、描かれていた。


「まずこちら、黒い炎が燃えているように見えると思いますか、これを『憎念霊体』と呼んでいます」

「憎念霊体ですか」


 へぇー。昨日の黒い人魂は、憎念霊体って言うんだ。あれ? これって前、友美に教えてもらったような……、もらってないような……。まあ、知らないか忘れてるかで頭に入ってないのは確かだから、ちゃんと聞いておこう。


「はい、これが実体化した負の感情の初期段階です。この段階は、実体化しているとは言え、まだ初期段階、言わばガスのような状態でして、触ろうとしてもすり抜けてしまいます。ですから、これ自体、そこまで害があるわけではありません」

「なるほど」

「ですが、害が少ないと言っても、強い負の感情そのものです。楽しい感情があふれる所に引き寄せられたり、不安な気持ちが伝播するように、強い感情は伝播したり、同じ感情と共鳴して、その感情を強めたり、引き寄せます。ですので、この憎念霊体も、周囲の人の負の感情を高めたり、周囲に出現している憎念霊体を引き寄せてしまいます。ただ、そうなってしまうと、厄介な存在になります」

「と言いますと?」

「この憎念霊体は、数が集まると別の、人々にとって害のある形態に姿を変えてしまうのです。それがこの二つ『憎念実体』と『憎念憑依体』というものです」

「『憎念実体』と『憎念憑依体』ですか」

「はい、『憎念実体』はどんなものかと言えば、憎念霊体が集合した状態のことを指します。この段階になると、実体化の度合いが進み、触れることができます。そうすると、人体や、物質を破壊できるようになってしまうのです」

「破壊……、ですか?」

「まあ、怪我したり、物が壊されたりと言った感じです」


 そう、昨日の触れる化物の『憎念実体』は物を壊し、人を傷つける。だから、私たちが積極的に倒さなきゃいけないんだ。


「最後に『憎念憑依体』でありますが、これは、憎念霊体が人に取り憑いてしまった状態のことを言います」


 憎念が人に取り憑く? 私は今までそんなの見たことない。だけど、話に出てくるってことは、いずれ戦わなきゃいけなくなる。ここの話も、よく覚えとかないとな。

「人間に取り憑く?」


「ただ、誰にでも取り憑く、というわけででは無いようです。研究によると、霊体に取り憑かれてしまう人は、元々かなりの強さの負の感情を抱えている、ということです。持っている負の感情に霊体が引かれてしまい、そのまま取り憑いてしまいます。そして、取り憑かれた人は、持っている感情を増幅させたような行動を取ります」

「どんな行動でしょうか?」

「怒りの感情であれば、周囲に対して攻撃的になり、人を傷つけたり、物を壊したりします。悲しみであれば、泣き叫んだり、場合によっては自傷行動をとる場合もあります」

「それは恐ろしいですね」

「ええ。ですが、私たちには、自分の身を守る方法があります」

「それは一体何でしょうか?」

「それは逃げることです。陰陽師のいない現代社会、彼らに代わり、憎念の対処は『警察の憎念対策処理班』が行なっています。警察の一部隊とは言え、彼らもプロですので、憎念を見かけたら、何よりもまず、落ち着いて対策班の指示に従い、落ち着いて逃げて下さい」


 普通の人は憎念に対して何もできないし、対策班の人たちが対処するっていっても、彼らのできることには限度がある。だから、力を持つ私たちがみんなを守らなきゃいけないんだ。テレビを見ながら改めてそう思ってたら、お母さんの声がする。


「直緒、そろそろ時間じゃないの?」


 そう言われて時間を確認すると、もう七時半。

 やばっ! もうこんな時間だ。


「うん! じゃあ、行ってきます!」

「気をつけてね」


 お母さんと挨拶を交わし、家を飛び出し、大学に向けて自転車をかっ飛ばす。

 やっぱり髪は大学でセットし直しだなぁ、なんて考えてるうちに、大学へ到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る