第2話 二人は大学生で変身ヒロイン!〜直緒〜

  或る日の雲一つない夕暮れ。街全体が燃えるような橙色に染まり、青々とした草原も橙に包まれている。その中で小さな女の子が黒い炎に怯えて泣いている。

  誰かが少し離れた位置で、その黒い炎から泣いている子を必死で守ろうと手を伸ばしている。しかし、その手はすぐに草原の中に埋もれてしまう。

  私にできるのはその炎と必死に戦う事。そいつらと初めて戦った私は、方法なんて分からないからただただ殴る。

  それを彼女たちから遠ざけ、必死に戦う。それが、その時の私にできた、唯一の事だった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……お。直緒。おーい。大丈夫?」

「ん、ふぁーあ。今のは夢か」


  直緒、と呼ぶ声が私の意識を現実へと引き戻す。


 気づくと、ここはC大内の桜広場。ベンチに腰掛けてた私は日頃の疲れもあり、春の陽気に誘われて、少しばかり夢の世界に足を踏み入れていたみたいだ。


  私の目の前は見渡す限り、いちごみるくを溢したかのような薄ピンク。その色の洪水の中で、隙間から時折見える青色は暖かい春の日差しを運んでくる。


  私はその日差しに負けて、つい眠ってしまった。


「直緒、大丈夫?体調悪いなら、明日もあるし帰った方がいいんじゃない?」

「気温がちょうど良くて、寝ちゃってただけだから、大丈夫だよ!」


  さっきから私のことを心配してくれてる、背の高い、綺麗な金髪の女性は、土方友美。同じサークルかつ、語学のクラスが同じで、ある秘密を抱えた、一年生のときからの友人だ。


  そんな私の名前は、坂本直緒。C大法学部二年生で、サークルも入っていて、まあ、側から見れば普通の、友美と同じで、ある秘密を抱えた女子大生。


  今は友美と二人で、サークルの新歓花見の場所取りの下見に来ている。


  今の日付は四月の一桁。大学は新入生のオリエンテーション期間、ということでまだ授業も始まっていない。いわゆる新歓期間という時期にあたる。


 この時期は各サークル、同好会、そして部活が、オリエンテーションにやってきた新入生に向かって、自分のところに入ってくれるよう、全力でアピールをしてもいい期間だ。


 その一環として、私たちのサークル、通称「イロハ」は明日、新歓花見をここ桜広場で行うことになっている。そして、その下見として、今日私たちが駆り出されている。


「この辺から、あの木のとこまでなんか良さそうね。ちょっと、直緒! 試しに向うまで行ってみてよ」


 友美の指示通り目的の桜の木の下に向かう。


「これー?」

「そうそう!オッケー、戻ってきて良いよ!」


 そう言われ、私は友美の元へ戻る。


「どう?」

「奥は直緒が居てくれた所までて、あとは、あそことあそこのベンチを巻き込むように場所取りすればいい感じ。よしオッケー、こんなもんでいいかな」


 二年生の新歓担当の友美は、キッチリと仕事をこなしてゆく。一方、ただの場所取り係の私は、ほとんど隣で見ているだけだ。


「ふぅ、疲れたぁ。とりあえずやる事終わったし、ちょっと、そこのベンチで休憩しない?」

「いいよ」


 私は快諾し、二人でベンチに腰掛ける。


「また寝ないでよね。起こすの大変だからさ」

「さっきは疲れてただけだから、大丈夫だって。もう意地悪だなぁ」

「ゴメンゴメン」


 そう言って、私たちは笑い合う。


「それでさ、お昼に外で寝落ちしちゃうくらい、疲れることって何があったの?」


 友美が落ち着いた声で、私に尋ねる。多分、心配してくれているんだろう。でもその目は、誤魔化さずに言って欲しい、と言っているように見えた。


「それはね、──」

「一人で憎念と戦ってた、とか?」


 私が言おうとした台詞を遮って、友美が言う。それはまさに、今私が言おうとした事だ。


「友ちゃんは、何でもお見通しだなぁ」

「だって、顔に書いてあるから」


 私の表情は人一倍読みやすい、ってよく言われる。だけど、まさかそんなに事細かに書いてあるとは……。分かり易いなぁ、私って。そのうち、友美は会話をしなくても、私の考えてることを読み取れるようになりそう。


 まあ、私の表情の話は正直どうでも良くて、大事なのは友美が言った内容の方。これこそが、私と友美が抱えている、とある秘密なのだから。


 友美が口にした『憎念』という言葉、それは、人の感情が生み出した化物。それに対抗しうる、特殊な力を持つ私たちは、日常の合間にその怪物たちと戦っている。


「直緒の性格なら、戦わなきゃって気持ちになるのは分からなくもないけど、力もまだキチンと引き出せてなくて、経験も浅いんだから、一人で無理しないで」


 憎念は出現すれば、人に危害を加える。だから、私としては一刻も早く、出現した憎念を倒して、みんなを助けたい。


 でも、友美の言うように、私は力もないし、経験もない。友美に追いつこうと一人で頑張っていたけど、そのことも見抜かれちゃってる。


「ゴメン。でも、私も追いつこうと頑張ってはいるんだけどね」

「今はまだ無理しないで、私に任せてればいいの」


 確かに、友美の言う通りだ。無理してたら、肝心なときに頑張れない。


「大丈夫、私が全部守るから」


 続けて、友美がそう呟いたような気がしたけど、その小さな呟きは春風にかき消されてしまった。


「飲み物買ってくるよ。直緒もいる?」


 さっき何を言ったのか聞こうと思ったが、友美は飲み物を買いに行こうと立ち上がってしまう。


 その瞬間私の胸の中に、ザワッとして、何とも言えない、黒くてモヤモヤっとした感覚が広がる。友美も同じことを感じたようで、私たちはお互いに顔を見合わせる。


「ゴメン、飲み物は後」

「憎念が先だね」

「ここから、そう遠くなさそう。ちょうどいい、二人で行くよ!」

「うん!」


 そう言って、私たちはモヤモヤした気持ちの発生源、即ち、憎念の発生場所に向かった。


 私たちは、憎念が出現すると胸の中に、何とも言えない黒くてモヤモヤした感覚を覚える。その感覚は、憎念に近づけば近くほど大きくなる。だから、その感覚を追いかけていけば、私たちが戦うべき現場に辿り着くことができる。


 そして、私たちはその現場に辿り着く。

 これから戦いの幕が上がる。




「見えたよ!どうやらアレみたいね」


 友美が指差す方向を見ると、黒く燃えている人型の化物や、黒く燃える人魂が大量に存在している。その化物や人魂が『憎念』だ。

 人間の持つ強い負の感情が、本人から切り離され、何人分も集まって、実体化したもの。それが憎念。あの人魂や、燃える化物は、誰かのマイナスの感情が集まってできている。


「誰にも……見られてなさそうね。よし、直緒!とっとと力を身に纏うわよ!」

「分かった!」


 友美に促され力を纏おうとするけど、見ると相手がいっぱいいる。まだ戦闘のカンを取り戻してない私は、相手する憎念の量に少し不安になる。


「大丈夫かなぁ」


 それを聞いた友美は私の肩にポンと手を置き、にこやかに言う。


「たとえ不安だったとしても、大丈夫って思うことが大事」

「そうだったね」

「それに私もついてる」


 なんと頼もしい言葉だろう。友美に元気づけられたおかげで、やれる気がしてくる。


 友美が周囲を確認し、私に合図を出す。


 それと同時に、私は左手を胸に当て、右手をその上に被せ、被せた右手を斜め上に突き出す。すると、胸の中心から肩を回り手の甲まで光のラインが両手に伸びる。そして、胸に当ててる左手を伸ばしながら両手を下ろし、身体の前で両手をクロスさせ、こう叫ぶ。


情愛変化じょうあいへんげ!」


 こうして私は、私たちが持つ憎念に対抗しうる力を纏う。

 私たちが、持つ憎念に対抗しうる不思議な力。それは憎念とは反対の、正の感情の『愛の力』。その愛を力の源にして、私たちが抱く様々な『想い』を具現化させ身に纏う。


 隣の友美もポーズを決め、私と同じセリフを言い、力を纏う。


 力を纏った私たちの服装はお互いに、春のキャンパス生らしい服装から、大きく変化する。


 私は、何だろう……なんて言えばいいのかな。柔道の道着をカッコよくした感じのものをベースに、それに合うような、小さな男の子が好きそうな感じの装甲装備。


 一方友美は、身体のラインを強調するような、セクシーな感じのボディスーツをベースに、胸部、肩、腕、腰、脚部に、カッコよくて、動きを阻害しない装甲を纏っている。友美自身のスタイルの良さもあり、変身した姿は、目のやり場に困っちゃうくらいの魅力を醸し出している。


 そしてお互い、装備の胸のところに、宝石のような、輝く石がはめ込まれ、それを覆うような装甲が出来る。


「お互い準備はできたようね」

「さあ、行こう!」

「ああ、ちょっと!」


 さあ、頑張ってみんなを守らなくちゃ。


 そう思い、私は友美の制止を振り切り憎念たちに向かってゆく。


 この場でまず目に飛び込んで来るのは、そこら中に浮かんだり、地面にあったりする、黒い人魂。この人魂は強くなく、力を纏って触れば、簡単に消滅する。だから、私でも簡単に倒せる。


 人魂を捌いていると、目の前に黒く燃える人型の憎念が近づいてくる。先輩とカフェにいたときに現れた奴ら。私たちのメインの相手はコイツらで、倒せなければお話にならない。


 向かって走ると距離が近づき、接敵の瞬間が刻一刻と迫る。一歩、また一歩と近づく。そして、互いの間合いに私の左足が踏み込む。

 同時に拳を固く握り締め、左手を憎念に向かって突き出す。拳に力を纏わせながら振りかぶり、殴る相手をギッと見つめ、


「うりゃあああ!」


 と叫び、私は力の限りの一撃をぶつける。

 拳が憎念に触れた瞬間、何かにヒビが入るような音がして、そいつは綺麗さっぱり消滅する。


「よし、この調子」


 私は一撃で倒せたことに喜んで小声でそう呟き、小さくガッツポーズ。気分もアガり、寄り付いてくる憎念に対応するため、両手両足にエネルギーを集中させ、構え直す。


「たぁ!」


 敵の左頬に、右ストレート一発。その後ろの奴のみぞおちに左拳を滑り込ませて消滅させ、身体を捻りつつ左にいた奴をチョップして身体を削り、その体制のまま右手に左手を添えて、後方へ肘打ち。後ろにいた奴の胸部を砕く。そうやって、相手の動きを見てから一体一体頑張って倒す。

 そして前方から走り寄ってくる憎念の頭部を、


「えい!」


 と蹴り上げて倒す。


 今日は技のキレも威力もある! これならもっといける!


 そう思って、私は憎念の群れの中へと、ドンドン切り込んで行く。迫り来る憎念を殴って、殴って、蹴って、殴る。


 憎念の集団の中で暴れている最中、右後ろの死角から殺気を感じ、咄嗟に身体を捻って憎念の拳を間一髪躱す。

 殺気を感じるのが一瞬でも遅れてたら、今のは確実に喰らってた。どうやら今日はいつも以上に防御のカンも冴えてるらしい。


 そのまま反撃しようと左後ろ蹴りの構えを取り、左足を地面から離す。その足が憎念に当たろうとするそのとき、私の右頬目掛けて別の個体の拳が向かってくる。


 攻撃を喰らうのだけは避けないと。瞬間的にその考えが私の頭を支配する。

 ただその攻撃を躱そうにも、私の身体を支えるのは右足一本のみ。左足は憎念を蹴り飛ばしたが、足場にはならない。そこで私は左足を思い切り振り上げて、無理やり上体を起こし、憎念の攻撃を躱す。


「うわっ!!」


 躱したのはいいけれど、私はその瞬間、勢いをつけ過ぎ、叫びながらすっ転ぶ。


 イタタ。地面にしたたかに打ち付けたお尻が痛い。

 ただ、そんなことを気にしてる場合ではない。私は今、敵陣のど真ん中で憎念に囲まれながら、無防備に倒れ込んでいる。誰がどう見たってヤバい。


 ジリジリと確実に詰め寄ってくる憎念たち。それはまるでカウントダウンのよう。導火線に着いた火のように痛みがにじり寄ってくる。


 一番近い奴が私を壊すべく両手を振り上げる。


「キャー!!」


 私史上最大の危機! どうなる私の大学生活⁈

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