情愛装甲戦姫オモイビト 〜大学生でも変身ヒロインできるんです!〜
梅谷涼夜
第1話 プロローグ 私の想い 〜直緒〜
ドキドキする。今、凄くドキドキしてる。
そんな私の緊張を、ほぐそうとする春先の弱いながらも暖かな日差しと、さらに加速させようとする冬の面影を残す冷たい風。その二つが共存している、三月頭の大きな公園。
私はここに今日、先輩に会いに来た。同じ大学で学部は違う、同じ高校の一つ上の先輩。
そして、昔も今も、好きな先輩。
そして今日はそんな先輩と、この公園にあるカフェでお茶をする。先輩が選んでくれた、ケーキが美味しいと評判のオープンテラスのカフェ。
集合時間にもまだなってないし、お店の外観もまだ見えない。それに当然、先輩の姿もまだ見てない。だというのに、緊張してドキドキが止まらない。
画面が暗いままのスマホを覗いて、髪の毛とメイクのチェック。髪型は大丈夫。メイクも崩れてはいない、朝の鏡の前の姿と同じ。
だけど先輩は気に入ってくれるか、そこが一番不安。上手に髪の毛をセットしたり、メイクしても、それを相手が気に入ってくれるかはまた別の問題だから。
自分の姿を確認しながら公園の小道を歩いていると、目的のオープンカフェが見えてくる。そして、先輩の姿も。その姿を直接見てしまったおかげで胸は更に高鳴る。
「先輩、遅くなってごめんなさい! 待ちましたか?」
「全然待ってないよ、ちょうどコーヒー頼んだくらい」
先輩のコーヒーカップからはまだ湯気が立ち上る。たしかに、頼んだ直後らしい。
「ほら、直緒も頼んできなよ」
私は店内に入りレジの前へ。そして一番人気のケーキセットにあったかい紅茶をつけて注文し、お金を払う。
「ご注文の品をお席までお持ち致しますので、こちらをお持ちください」
そう言われて、2と書かれた札を渡される。
「あ、どうも」
「それでは少々お待ちください」
私はその札を持って、テラスの先輩の席に戻る。
「おかえり」
「は、はい!」
な、何か。何か話さなきゃ。そう思うけど、言いたいことがいろいろあるせいで、口元で言葉が渋滞し、あわあわしてしまう。
「今日はいい感じの格好だな」
「ほ、本当ですか?」
褒められた。嬉しい。
「先輩もカッコいいですよ!」
「どうも。まあ、でも今日は来てくれて嬉しいよ」
「それはこっちのセリフですよ。今日は私が来てくれませんか、って頼んだんですから」
そう。今日は私が先輩を無理やり呼びつけたのだ。その上、お店まで選んでもらっているから、もう感謝してもしきれない。
「最後に会ったのが、期末のちょっと前だから大体二ヶ月ぶりくらい?」
「そうですね」
「大学の中で会ったときはびっくりしたわ」
「私もです」
「でも、なんとなく嬉しかった」
「どうしてですか?」
「また直緒の顔、見れたから」
そう言われて自分でも分かるくらい、顔が真っ赤になってしまった。恥ずかしくて、先輩の顔を直視できず、うつむく。
「恥ずかしがってる」
ご名答。私は今、恥ずかしいです。
「お待たせしました」
そんな中、助け舟を出してくれるように、店員さんが注文したものを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「それではごゆっくり」
淹れたてで熱々の紅茶を息で冷ましながら、飲む。
「ほら、食べなよ」
「いいんですか?」
「ほーら。いいからいいから」
「じゃあ、いただきます」
勧められて私はケーキを食べる。
ショートケーキは甘いけど甘すぎない。そしてたまに苺の程よい酸味が顔を覗かせ、とっても美味しい。
一口食べるごとに幸せが口の中に広がる。この幸せをいつまでも味わっていたい。
その衝動に身を任せ、パクパクっとケーキを食べ進める。
「美味しい?」
「はい! 絶品です!」
「やっぱり、表情も美味しいって言ってる」
「えへへ」
その後も私は、先輩とたわいもない話をしながらケーキを頬張る。そして、ケーキを平らげると、先輩が身をグッと乗り出してくる。
近い、近い、近い!
先輩の顔の近さに困惑していると、先輩が私の口元へ、スッと手を伸ばす。
えっ、あっ、いや、どうしたんですか! こんな人の多いところで、ちょっと大胆過ぎます!
口から心臓が飛び出そうなくらいドキドキして、顔から火が出そうなくらい顔が真っ赤になってる。
そして、先輩は私の口元を紙ナプキンで拭って、自席に戻る。
「口元、クリーム付いてたから取っちゃった」
ええっ! クリーム⁈ あっ、いや、普通に考えたらそうだよね。さっきのは先輩の顔が近かっただけ、近かっただけだから!
「顔真っ赤だったけど、何考えてた? なぁ、何考えてた?」
「な、何も考えてません!」
「分かった、分かったから。やっぱり直緒ってからかい甲斐があるわ」
からかっただけ? もう、先輩も人が悪い。
まだ寒さの残る三月の頭のオープンカフェ。そんな静かな場所で、暖かな日差しに包まれて、自分の大好きなものを食べながら、大好きな人と一緒にいられる。こんな幸せな時間が永遠に続けばいい、そう思った。
──でも、その平穏は一瞬で崩れ去った。
先輩が私をからかって笑っているそのとき、近くでとてつもない轟音がする。今までの人生で聞いたことの無いくらいの轟音。
耳鳴りがして自分の声を聞き取ることすらままならない。
そして、ガソリンの匂いと、何かが焦げるような嫌な臭い。ケーキや紅茶のいい臭いとは対極の嫌な臭い。
音がした方を見ると、その先は木々が立ち並んでいて直接は見えない。だけどその木々よりも高く黒い炎があがり、煙も立ち昇る。
「何が起きたんですか?」
「多分車が爆発した!」
爆発⁈ 目の前の現実を受け止められない。
私がその場で狼狽えていると、爆発のした方から人々が逃げ出してくる。
「助けてくれー!!」
「何が起きたんだ!」
「キャー!」
「マーマぁ!!」
「大丈夫だから、泣かないでね」
「誰か!!」
「爆発だ! 誰か、しょ、消防車を!!」
平和そのものだった公園は一気に、阿鼻叫喚の地獄へと変貌する。足が動かない私と、その場から微動だにしない先輩を除き、みな一目散にその場から逃げる。
しかも、みんなパニックになっていて、ここのカフェの机と椅子にぶつかったり、転んだり。逃げる方も酷い光景になってる。
「直緒、ここは危ないから早く逃げろ!」
先輩が私の身を案じて言ってくれる。
「じゃあ、先輩も一緒に逃げましょう!」
一緒に逃げようと思っていた私に対して、先輩はこう返す。
「俺はやることがある。だから、一人で逃げろ!」
なんで……? どうして残るんですか?
「やることって何ですか! ここにいたら、先輩死んじゃいますよ! だから、だから!!!」
「ごちゃごちゃうっせぇんだよ!! 早く逃げろっつてんのがわかんねぇのか!!」
先輩の怒号にも似た声が飛んでくる。それを聞いた私はその場に膝から崩れ落ちる。先輩の凄みとこの異常事態に恐怖し、足が竦んでへこたれてしまう。
先輩は大丈夫なんて言ってるけど、絶対そんなことない。
下を向いた頭を上げ、先輩の方をもう一度見ると、煙に覆われた木々の間から何がが出てくる。
それは、170センチメートルくらいの、胴体と頭部と四肢があるけど、顔の無い黒い塊。間違いない、憎念だ。
そんな、黒いマネキンみたいな奴らが木々の間から、一体、また一体、とぞろぞろ途切れずに出てくる。
それらが歩いた足跡は黒く燃えている。一歩、また一歩踏み出すたび、足元の青くなり始めの芝が黒く燃えてゆく。
「チッ、来やがったか。おい、直緒! そんなとこでへこたれてないで、さっさと逃げろ!」
「でも、私は先輩と逃げたいんです!!」
「俺はあの実体を何とかするから、早く立って、一人で逃げてくれ!」
何とかする⁈ 一体どうやって!
「無茶ですよ!」
「おい、いつまでそこで喚くつもりだ? 邪魔なんだよ。早く立って、とっとと失せろ」
この非常時に先輩はとても落ち着いたトーンで言う。先輩の目はどこまでも真っ暗で、見られている私が凍りつきそうなほど冷たかった。
私は先輩のことが好きだから、傷ついて欲しくない。一緒に逃げたい。
でも、それは叶いそうもない。先輩は私にだけ逃げろと言い、この場を離れようとしてくれない。
先輩がこの場をどうしても離れてくれないというのなら──。
私は先輩を、大好きな人を、アイツらから守りたい!
でも、今の私にはその力がない。あのときの私はここにはいない。足も竦み、自分の身すら守れそうにない。そんな私が一体どうしたら、先輩を守れるというの?
動けない私を尻目に、アイツらはどんどん先輩の方へ近づく。
「どうして、どうして……、私は何もできないの?」
この状況に、何もすることができない私は、もどかしさから左手を握り締め、それを地面に振り下ろす。
悔しさのあまり、目から涙が零れ落ち、その涙が左手の甲に触れる。
その瞬間、左手の握りしめた指の隙間から、眩い光が漏れ出し始める。
それに気づいた私は握り拳を開いて、その中を見る。
その中には、混じり気なく透き通り、強く光り輝く、色の付いていない綺麗なハート型の石。
その突然手の中に現れた、光り輝く奇妙な石を、私は知っている。そして、この石が私にもたらす力と、それが何を意味するのかを。
この石は私の心の具現化、輝く光は心に秘めたる「想いの力」。そして、その力を解放する鍵は自分の想いに素直になること。
それなら、私のすることは一つ。もう一度、想いの力を形にして先輩を守る、ただそれだけ。
先輩には逃げるよう言われているけど、私は戦う!
だって、私の想いはただ一つ。
── だって、先輩のことが好きだから!!
そう心の中で強く思うと、左手のハート型の石はまるで溶けるようにして、光を放ちながら左手に飲み込まれる。
その石が完全に飲み込まれると、そのまま左手が輝き出す。すると冷たく不安だった心の中を、段々と暖かく安心できる光が照らし出すように気分が晴れる。足にも力が入るようになり、立ち上がれる。
立ち上がって左手を見てみると、手のひらにはハート型の光が浮かび上がる。手の甲には、左手の薬指を始点に光の線が腕の外側を通り肩へ、そして大きくカーブして胸の中心に繋がるように浮かび上がる。その光の線は服の上からでもハッキリと視認できる不思議な光。
その光の線の中心の胸の中央にはハート型の光が、これも衣服越しからでもハッキリと浮かび上がる。
そして、この後何をすればいいか。それは、私の心が教えてくれる! 心に浮かんでいる衝動に身を任せ、逆らわずに身体を動かせばいい!
私は衝動に身を任せ、左手のひらを光り輝く胸の中央に当てる。そして、その左手の上に右手を被せ、その右手を左上へ突き出す。そうすると、左手の光のラインが、右手にも同じように浮かび上がる。そして、そのまま両手をその位置でクロスさせたまま、少し静止してこう言う。
「形を変えろ、この想い!」
右手をピンと伸ばしたまま左下方へ、左手を伸ばしながら右下方へ、両手の交差を保ったまま下ろし、心に浮かんだ言葉をそのまま叫ぶ。
「
そう叫ぶと間もなく、光のラインが広がって全身を埋め尽くし、私は眩い光に包まれる。
──その瞬間、私の大学生活は大きく変わることとなった。
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