189.第29話 4部目

「本気ですか!?父上!」

驚く僕の声に被る様にして、ハリーさんが声を張り上げて問うた。

ハリーさんの問いに神代は何食わぬ顔で酒を飲みながら答える。

「弓術を教えるには、この邸の庭では危険だろう。馬術はついでとしても、弓術を教えるなら基地ほど安全で適任な場所はあるまい?場所は基地だが、教官役はブラウンに任せるのだから、大した問題にもならん」

確かに、邸の庭で弓矢を取り扱うのは事故の危険がある。

神代の指摘は尤もなのだが、それにしたって基地の敷地の一画を、子供の弓術訓練に使わせるなんて、流石に……。

「しかし!前代未聞です!いくら、アメリアの息子を名乗ってるとは言え、平民の子供を我が国の国軍基地に入れ、その上、弓術の訓練など……!」

ハリーさんの苦言も尤もだ。

僕の事を思ってくれているからこその提案だと言う事は理解出来るが、いくら何でも無理がある。

神代の職権濫用にならないだろうか?

そんな心配をしていると、神代がコップを叩きつける様にして机に置いた。

ドンッ!と言う大きな音で、ハリーさんが途中まで出て居た言葉を飲み込んでしまった。

それだけではない。

神代から尋常ではない気迫を感じる。

どうやら、腑が煮え繰り返っているようだ。

「ハリー。貴様、アメリアの息子を”名乗っている”と言ったか?」

神代の問いに、ハリーさんは緊迫した表情のまま問いには答えない。

神代の出方を伺う様な体勢を取るハリーさんに対し、神代は怒気を纏ったまま言葉を続ける。

「貴様は、テオがアメリアの息子でないと疑っている訳だな?つまり、アメリアがネッドに対し不義を働いたと?あるいは、アメリアが私たちの知らぬ所でネッド以外の男から手籠に遭ったとでも?それとも、ネッドが他所の女に産ませた子供を、アメリアに育てさせてると?エェ?どうなんだ?ハリー、答えろ」

事実ではない事だが、耳と心が痛む様な想定を神代から問われ、ハリーさんは冷や汗を流した。

そのどれもが、お袋さんを侮辱してる事に他ならないからだ。

そして、僕をお袋さんが産んだ子供だと認めた神代の決定に意義を示す事だからだ。

答えろ。と言われながらも、ハリーさんは答えられないのか沈黙する。

ハリーさんが答えられないのを見て、神代は更に続けていった。

「ネッドが平民だろうと、アメリアが元貴族の娘だろうと、テオが二人の子供である事は間違いない。そして、テオが優秀である事もな。平民だからと言う理由で下に見て、才能を伸ばす場を与えないつもりか?貴様は何のために国を守る職に就いている?国土が守れれば良いか?自分が守れれば良いか?財産を守れれば良いか!?」

言葉を紡いでいるうちに熱くなった神代が、突然立ち上がり、ハリーさんの胸ぐらを掴み上げた!

「我々の職務は!!この国に住む人々を脅威から守り、国を国たらしめる事だ!国土を守れても人が死ねば国は滅びる!!国土が枯れ果てれば人は死ぬ!!そして!!人は!!貴族、高官、皇族だけではない!!人と国土を守り、育む事が出来ずして何が国か!!貴様が望む我が国の姿は、持たぬ者が持たぬまま野たれ死んでいく姿か!?エェ!?どうなんだ!?答えろ!ハリー・カジロ少佐!!」

神代の怒声で机や椅子が震えるほどの気迫に、メイさんが怯える様子を見せる。

ハリーさんも神代の気迫に押され気味のようで、顔を顰めている。

しかし。

「ッ!我が母国を守る意思は、昔も今も変わりません!!しかし!国家機密を抱える国軍基地に、平民の子供を招き、訓練を受けさせるなど、前代未聞だと申し上げているまで!!いくらアメリアの子供だとしても、行き過ぎな判断ではないかと苦言を申し上げているのです!!ご理解頂きたい!!」

神代の気迫に負けじとハリーさんも大声を張り上げて、改めて神代に苦言を呈す。

元々の話の内容とズレて来てしまっているのを、軌道修正し最初の話に戻したハリーさんの根性は見事と言いたい。

だが。

「前代未聞が何だ!!この俺が!そもそも前代未聞の存在だぞ!神代家の人間全てが、その前代未聞の子孫だろうが!今更、前代未聞くらいで及び腰になるな!!前代未聞を捩じ伏せるぐらいして見せろ!!」

メチャクチャな言い分に、ハリーさんがつい言葉を失ってしまった。

更に、周りに待機していた使用人達も余りの事に放心している。

メイさんも神代の言葉を飲み込むのに必死な様子だ。

うーん……流石に熱くなりすぎだなぁ。

神代にはちょっと頭を冷やして貰おう。

「……僕は弓術が安全に出来るなら、何処でも構いません」

神代とハリーさんの激論をぶち壊す発言をすると、食堂にいた使用人含め神代達の視線を一気に集めた。

僕は続けて言う。

「ハリー叔父様の言う様に、僕は平民ですし、国軍の基地で弓術の訓練なんて無理があると思います。元々は田舎の村で獲物に向かって矢を射ってたような田舎者ですから、場所は安全であれば何処でも良いんです。ただ、父から学んだ事を無駄にしたくないだけの、僕の我儘にそこまで気を遣われなくても良いですよ」

無茶を言っているのは何方なのか。を分かって貰うために、僕は神代に視線を送った。

これ以上ハリーさんを困らせて、僕の印象を余計に悪くなる様な事はしないでくれ。と言う意図を込めて。

すると、ギクっとしたバツの悪そうな表情を一瞬見せて、神代はハリーさんの胸ぐらから手を離して席に座った。

「う、うむ……」

ギクシャクしながら目を泳がせる神代を見て、場の空気が一気に変わった。

先ほどまで口を噤んでいたメイさんも少し表情を柔らかくして口を開く。

「ち、父上とお祖父様のご意見、参考になりました。ただ、弓術ともなると、街中で訓練させる訳にもいきませんから、基地は無理でも人気のない場所を見繕って、簡易的な訓練場に出来ればと思います」

それはそれで大変そうだが、軍基地の敷地を使うよりは現実的かな。

ただ、問題は首都内にそんな敷地があるのか。だなぁ。

メイさんの結論を聞き、ハリーさんが渋い顔をしながら言った。

「……その話は一旦保留にしなさい。暫くは基本的な体育の授業を庭で行えば良いだろう」

「は、はい。分かりました。父上」

ひとまず話が纏まり、僕達は食事を再開させた。

メイさんの努力の甲斐あって、食事が終わる頃にはいつも通り歓談出来る様になっていた。

食事中、神代からチラチラを視線を感じたものの、僕はその全てを無視して食事に集中する事にした。

全く。現れて1ヶ月も経たない孫に対して顔色を伺いすぎだ。

僕が弓を扱うなら、当然国軍の基地程度の訓練場でなければならないとでも思っていたのだろうか?

困るぐらいに前世の僕の存在を引き摺りすぎだなぁ。

どうにかして止めさせたいが……。

……いや、言って止めるくらいならこうはなってないか……。

その後、神代はこっそり僕に謝って来た。

対して僕は、理解を得られない事を下手に押し通すのは良くないと言い含め、謝罪を受け取った。

心から反省した様子の神代に、ハリーさんにも謝る様に提言しておいた。

ハリーさんはただ父親である神代の暴走を止めたかっただけだろうから、悪く言うのは間違えている。

僕の存在を警戒する事も何も悪い事ではない。

軍人として、疑わしい存在を慎重に見極めようとするのは正しいのだから。

要は、僕自身がハリーさんに実力を示せば良いだけの話なのだ。

そこに神代の力は要らない。むしろ邪魔だ。

勿論、協力してくれるのは有難いが、行き過ぎな援護は攻撃にもなりうるのだから、控えて欲しいのだ。

これらの事も神代に言い含めると、更に落ち込む様子を見せた。

そんな姿を見ると、上等兵時代の神代の姿を重ねてしまい、複雑な心境になる。

……少しの慰めとして、神代が語っていた軍人としての言葉を持ち出して、同感しつつ褒めておいた。

前世の僕の教えを引き継いでくれている事に対して、礼も付け加えて。

すると、みるみるうちに神代は平常を取り戻してくれた。

これからは丁度良いぐらいの支援をしてくれれば助かるんだけど……。

はてさて、どうなることやら……。

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