188.第29話 3部目
1週間後。
メイさんによる家庭教師が始まって1週間が経ち、
ここまでに習った事を理解出来ているかを確かめるための総合試験を受けた。
勉強中に使っていた蝋板と鉄筆とは違い、羊皮紙と羽根ペンで試験問題を解き、その結果をメイさんに提出すると言う形だった。
既に全て答え終わり、メイさんによる採点待ちである。
習った範囲は初等部2年後期までの内容。
授業数としては、国語、算数、社会、少しの歴史など。
僕の記憶が正しければ、日本の尋常小学校における4年生くらいまでの内容の様に感じた。
勿論、社会の仕組みや歴史は、アロウティ神国ならではのものなので、日本で習った事は殆ど当てにはならない。
ただ、歴史を聞く限り、やはり地球における1300年頃と、現在のアロウティ神国の歴史の辿り方に似通ったものを感じた。
中世ヨーロッパや、エジプトの歴史に似ている気もする。
それらの内容から、異世界の技術を無闇矢鱈に取り入れるのは、均衡崩壊に繋がりかねない事が理解出来た。
ならば、魔法技術をもっと発展させても良いと思うんだが……それも、そうでもなさそうだしなぁ……。
なんて事を考えていると、メイさんの採点作業が終わった。
「テオ。結果が出ました」
「……はい」
神妙な面持ちのメイさんを見て、僕は唾を飲み込む。
今回も前回の簡易試験の時と同じ様に、下手に手を抜く様な事はしなかった。
ちゃんと授業内容を飲み込めていれば、間違いなく全問正解しているだろうと言う自信はある。
だが、それでも合否の結果を聞くのは、それでも緊張する。
僕は背筋を伸ばし、メイさんの言葉を待った。
「……。今回、も、全問……正解よ」
歯切れの悪いメイさんの言葉を聞き、一瞬不安に思ったが、最後まで聞き僕は心から安堵して息を吐いた。
真面目に勉強するなんて行為、実に半世紀以上ぶりだしなぁ。
なんとか勉強法を思い出して、その方法が合っていて心底安心した。
「ありがとうございます!」
不安が大きかったのか自分でも驚くくらい、思いの外、声が張った。
少し恥ずかしい思いをしながら目を逸らすと、メイさんが小さく噴き出した。
「っ。ふふっ。子供っぽい所もあって、何かちょっと安心した」
困った様に微笑むメイさんを見て、恥ずかしさも少し和らぐ。
1週間と言う短い期間で、多少は馴染めたのなら良いんだが……。
未だにハリーさんからは不信感満載の目で見られているし、使用人の殆どは僕を好奇な目で見てくる。
まともに対応してくれている使用人はフレディさんくらいだ。
直ぐには受け入れられないだろうと覚悟はしているが、早めに馴染めるなら、それに越した事はない。
ここには、僕の理解者は神代しかいない。
それも前世の縁である以上、今世の僕の理解者は、ここ首都アルベロには居ないのだ。
転生者である事を隠して生きていくためにも、僕自身を理解してくれる人を少しでも増やさなければ。
万が一、転生者である事が知れてしまった後も、変わらない関係を築ければ一番なのだが……。
……まぁ、緑丸くん以上にあけすけに僕を相手にする人は居ないだろうなぁ。
そうそう。
緑丸くんからは、時々、唐突に通信されては、レオンくんに対する愚痴を言われたり、畑の世話をしてるウィルソン達、農民に対する不満を言ったりとされている。
遠くの地にいる僕にどうする事も出来ないのを分かった上で、言ってくるので僕はただただ聞くことしか出来ない。
ただ、その内容を噛み砕いて理解すると、どうやら緑丸くん達は畑の警備をする仕事を始めてくれたらしい。
自分達が人間のために、仕事をしないといけない事に不満を持つキリキリムシも少なくない様だが、緑丸くんが上手く回してくれている様子も伺えた。
更にレオンくんも、緑丸くんと話す事が多くなった様で、キリキリムシとの橋渡しも積極的にしてくれているらしい。
ただ、緑丸くんはレオンくんの態度が気に食わないだの、感謝がなってないだのと文句を言っている。
……まぁ、文句言いなのは、緑丸くんが通常通りな証拠だろう。
ともあれ、仲良くやってくれている様で何よりだ。
そう言えば、村に畑がまた増えたとも言っていたな。
それも、麦畑やコンダイ畑と言った既存のものじゃないらしい。
親父さんが新しい作物を育てる事を決意したんだろうか?
……うん。ウェルスに戻れる日が楽しみだなぁ。
何だかんだ、緑丸くんから唐突に来る通信からは、ウェルスの現状が少しでも知れるから有難い。
もしかしたら、愚痴がてら教えてくれてるのかもしれないな。
「――……明日は1日休んで、その次の日からは初等部3年の授業を始めましょ」
おっと、うっかりメイさんの言葉を聞き逃す所だった。
「はい。分かりました」
「……うーん」
返事をした僕を置いて、メイさんは何やら突然考え込み始めた。
今度は何だろうか……?
「勉強はともかく、やっぱり体育もしなきゃ駄目よね……」
……どうやら、体育をどの様に受けさせるか考えてくれている様だ。
確かに、勉強だけ習っても体作りが出来ていないのでは困る事も多そうだ。
そうだ。良い機会だし、僕の考えを伝えておこう。
「メイ先生。僕、故郷では父から弓術を教えて貰っていたので、今後も弓術を使える様になっておきたいです。
体育の授業の内容に、組み込んで頂けないでしょうか?」
僕の言葉を聞き、メイさんは一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに立て直して答えた。
「……そう言う事なら、父上とお祖父様に一度相談してみましょうか。
私でもある程度の体育を教えてあげられるけど、弓術ともなると話は別だしね」
そう言いながら、メイさんは針時計に目をやった。
「……丁度良い時間ね。そろそろ夕飯の時間だし、片付けたら食堂へ向かいましょ」
「はい」
メイさんに促され、僕達は授業の後片付けをしてから図書室を後にした。
夕飯時になり食堂には、神代、ハリーさん、メイさん、僕の4人が揃う。
出される料理を堪能しつつ、メイさんが中心になって歓談した。
神代、ハリーさん、僕の3人で食事をした時は、正にお通夜の様な雰囲気だったし、メイさんの様な食事の場でも華となる存在は非常に有難い。
「――……そうだ。父上、お祖父様。一つ相談があるのですが……宜しいですか?」
メイさんの問いを聞き、ハリーさんは怪訝そうな顔をして聞き返す。
「相談?」
「うむ?一体、何だ?言ってみろ」
対して神代は好意的な態度でメイさんに言葉を返した。
神代の言葉を聞いて、メイさんは満面の笑みで相談事を口にした。
「テオの体育の授業についてです。ある程度の事は、私でも教える事は可能なのですが、本人の希望もあって弓術の時間を設けたいと思ってるのです。……如何でしょう?」
メイさんの相談を聞き、ハリーさんは眉を顰めた。
対し神代は、嬉々としてメイさんの相談に即座に答えた。
「おぉ!そうか!なら、いっそのこと馬術も教えてやろう!場所は基地の一画を使えば良い。教官はブラウンにやらせれば良いだろう!」
……はい!?
「き、基地……!?」
あまりの提案内容に思わず驚きを声に出してしまった。
しかし、それは僕だけではなかった様で……。
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