185.第28話 5部目 神代次男一家


その顔は笑顔だが、少し困っている様に見える。

「お勉強中失礼いたします。夕食のお時間ですが如何されますか?」

「え!?」

フレディさんに言われ、僕は図書室に飾られている針時計に目をやった。

時間は夜の5時を当に過ぎており、6時に差し掛かろうとしている。

神代家の夕食の時間は5時と決まっており、その頃には食堂へ集まっていなければならないのだが…。

「す、すみません!今直ぐに行きます!」

フレディさんは気を使ってくれて、今が夕食の時間だと言ってくれているが、その時間は当に過ぎている。完全なる遅刻だ。

慌てながら本を棚に仕舞う僕を見て、フレディさんが図書室へ入ってきて僕の手から本を回収して言う。

「ここの片付けはこちらで行いますので、テオ様は食堂へ参られてください」

微笑まれながら言われて、僕は何とも居た堪れない気持ちになった。

「…はい」

フレディさんの厚意に甘え、僕は早足で食堂へ向かった。

息を整えてから食堂の扉を開き、中へ足を踏み入れる。

長机の奥の方に座っているハリーさんが目に入り、僕は真っ先に腰を折って頭を下げた。

「大変遅れました。申し訳ありません」

ハリーさんからの返事は無い。

神代が心配していた事態はこう言った事だったのだろうか?

これは完全なる僕の失態だ。神代に申し訳が立たない…。

ハリーさんも腹を据えかねている事だろう。

複雑な出生以上に悪印象を与えまいと思っていたのに、早速やらかしてしまった。

ハリーさんからの声がかかるまで、いつまでも頭を下げているつもりで待機していると、深い溜息を吐く音が聞こえて来た。

「…座りなさい」

たったその一言だけ言われ、言われた通りに僕は早々に席に着いた。

ハリーさんが座っている席から一番遠い、扉側の席だ。

頭は上げず、言い訳もせず、ハリーさんからの処遇を待つ。

しかし、ハリーさんは何も言わない。

これは相当腹を立てていると思い、僕は頭を上げるタイミングを見失った。

すると。

「食事を運べ」

「かしこまりました」

ハリーさんの言葉に即座に返事をして、使用人達が動き始めた。

周りの状況が分からない状態で居ると、僕の周りを使用人達が動き回っている。

ハリーさんの言葉から少しして…。

「…何をしてる。早く食べないか」

そう声をかけられ、僕はようやっと顔を上げた。

僕の目の前には前菜料理が置かれている。

恐る恐るハリーさんの様子を伺うと、ハリーさんの前には飲み物の入ったグラスしかない。

その様子から察するに、ハリーさんはとうに食事を済ませており、食後酒を嗜んでいる最中の様だ。

僕を待って、ハリーさんまでもが食事をしていない訳では無かった事には安堵したが、僕の食事に付き合って、酒を飲まれるつもりだろうか?

眉間に皺を寄せて、じっと僕を見つめるハリーさんの視線からは、早く食べろと伝わってくる。

僕はその意思を汲み取り、食事を始めた。

前菜、スープ、肉料理と続き、最後にデザートとしてスコーンが出され、

全て食べ終えてから果汁の飲料水を出されて、グビグビと飲み干す。

僕が食事をしている間、ハリーさんは一切席を立たなかった。

早くに食べて、ハリーさんを開放しなければ…!と言う気概で、なるべく早くに食べ終えたのだが、ハリーさんは変わらず仏頂面している。

「ご、ごちそうさまでした……」

空気に耐えかねて、僕がそう言うとハリーさんが突如口を開いた。

「その挨拶と言い、テーブルマナー…食事法と言い、アメリアに教わったのか?」

「え…?」

唐突な問いに困惑していると、ハリーさんが早く答えろと目で訴えてきた。

目の威圧感から、神代との血の繋がりを濃く感じる。

「…そうです」

全て前世からの知識ですとは答えられない以上、こう答えるしか無かった。

尤も、食事の挨拶に関しては、お袋さんも馴染んではいなかった筈だが…。

だからだろうか。

ハリーさんの疑いの眼差しが、最初に会った頃よりも強い気がするのは。

その視線の重圧に耐えるしかない僕は縮こまりながら、ハリーさんの次の行動を待った。

少しして、ハリーさんは無言で席を立ち食堂から出て行った。

一切の挨拶なく、ハリーさんが去っていくのに対し僕は何もしなかった。

何かしようものなら、藪蛇を突きそうだったからだ。

…ともあれ。

ハリーさんと二人だけの最初の食事は最悪な印象で終わったのだった…。




ー…数日後。アロウティ神国騎士団、首都駐屯地にて。

「ー…カジロ中佐。お嬢様をお連れしました」

「入れ」

駐屯地内に設けられた専用の書斎で、ハリーは書類仕事を片付けながら扉向こうの人物に指示を下す。

扉が開き、静かに部屋に入ってくる人物の確認に、ハリーは一瞬だけ目線を上げる。

直ぐに書類に目線を戻して、ハリーは言う。

「これを片付けるまで、そこで座って待て」

「はい。父上」

ハリーの指示を受け、長女メイは静かに椅子に腰掛けた。

暫くすると、また扉が叩く音が響く。

「カジロ上等兵です」

「入って待機しろ」

「失礼します」

名乗りとほぼ同時に指示を下され、扉の外にいた人物も指示に従って速やかに部屋に入った。

ハリーの長男ロイは、部屋に入って直ぐ目についた存在に眉を顰めた。

「お早い到着ですわね。兄上」

にっこりと笑顔で挨拶をする妹を見て、ロイは嫌そうに答える。

「…お前もな」

久々に顔合わせる兄妹で微かに火花を散らせる。

すると。

「ロイ。お前も座れ」

「はい。失礼します」

ハリーの指示を受け、ロイは一部下としての態度を崩さずに返事して席に着いた。

少しすると、書類仕事が一段落したハリーが顔を兄妹の方に向けた。

「呼んだ理由は理解してるな?」

父の問いに真っ先にメイが手を上げる。

「噂の従兄弟の事ですよね?」

「そうだ」

メイの言葉に同意し、ハリーは言葉を続ける。

「明日、父上が首都へ帰還する。その後は、例の子供の学園入学の計画が本格的に動き始める事になる」

「…」

ハリーの言葉を聞き、ロイは無言で心底不愉快そうな表情をしている。

対してメイは薄ら笑いを浮かべて、口を開いた。

「父上。その子は、本当に優秀なのですか?」

メイの問いに、実力主義である神代家の人間としての矜持を感じられる。

血縁の関係はともかくとして、実力無くして学園の入学は認められない。

その意味を暗に込めて問われ、ハリーは少し迷う様子を見せながら答えた。

「知識欲は人一倍ある様に見えるが…」

神代が神代邸を離れている間の数日間、テオは毎日図書室に閉じこもり、読書に耽っていた。

初日の夕飯遅刻は記憶に新しく、1時間の遅刻をするほどに熱中して読書していた事はハリーにも伝わっていた。

しかし、それだけではテオが優秀であるかは測れない。

「…まぁ、あの子供が優秀かはお前が確かめれば良い」

そう言いながら、ハリーはメイに視線を向ける。

父と目が合い、メイはにっこりと微笑みながら答えた。

「はい。私がその子が優秀かどうか、しっかり見極めて見せます」

祖父である神代から、テオの家庭教師にと学園から引っ張り出されたメイ・カジロ。

学園卒業後には、学園の教師の職に就くべく勉強しており、

その一環だと称して、メイは神代に学園から引っ張り出されたのだが…。

「本当に見極められるんだろうな?」

メイの実力を疑う様なロイの問いに、メイは堂々とした態度で答えた。

「勿論です。その為に私は学園で常々勉強し努力してるのです。

優秀な子供の実力を伸ばす為に…ー」

そう言い、メイは不敵に微笑むのだった。




第28話 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る