181.第28話 1部目 リョウの迷い


ー…宿場村・ロールル。

僕と神代は再び、リョウくんの料理に舌鼓を打ちに店を訪れていた。

二人しかいない状況をリョウくんに怪訝に思われ、僕が首都へ行く理由を話すと心底驚いていた。

「ー…神代さんの孫って事に驚いたのが、ついこの前なのに…」

その上、平民の子供である身で学園へ通う事になるなど、驚くのも無理はない。

尤も、入学が決定しているわけではないのだが。

「…しっかし、学園へ入学するって事は、暫く家へは帰れないんだろ?

…大丈夫なのか?」

親元から離れて学園へ行こうと言う僕の精神的な部分が大丈夫なのか、リョウくんが心配そうな顔で尋ねる。

「うーん。確かに寂しいけど…色んな事が知れるって思えたら、楽しみの方が勝つかなぁ」

僕の答えを聞いて、リョウくんは少し目を見張った後でフッと微笑んで、僕の頭に手を置く。

「そうか。お前、言葉数は少ないけど、好奇心が強い子供だったんだな。

勉強、頑張れよ」

「…。うん!」

優しく頭を撫でられながら受け取った激励に、子供らしく答えられたか内心不安になりながら僕は夕飯を口にした。

その隣で神代とリョウくんが会話し始める。

「…ところで、神代さん」

「む?」

「あー、いやその…ウェルス村って所はどうだったんですか?」

ウェルス出身である僕の口からではなく、神代の口から聞きたがっている所を見るに、リョウくんは客観的な感想が欲しいらしい。

ウェルスの事で何か気になっているのだろうか?

「どう、か…」

そう言いながら、神代はチラリと僕の方へ視線を向ける。

夕飯を頬張りながら神代と目が合ったため、僕は目を伏せて神代の視線に答える。

率直な意見を言っても構わないかと言う訴えかけに、構わないと返した。

「発展途上の田舎に変わりはない。ロールルの方が人口の面では勝ってるだろうな」

神代の答えに耳を傾けるリョウくんは真剣な眼差しで続きを待っている。

「ただ…環境が段違いで良い。木々に囲まれており、

近くを川が通ってるため灌漑工事を施せば、水気が十分な土地が確保出来る。

加えて、ウェルス村独自の特産品も既に存在しているし、見所もある。

村民は少ないが、それもこれからドンドン増えていくだろう。

それだけの価値はある村だ。一度見に言っても損はしないだろう」

最後の一言は過剰評価な気もするが、侯爵の位を持つ人物からの口から出る言葉としては相当に評価が高い。

この評価を聞いたリョウくんは何かを逡巡させている。

少し考え込んだ後でリョウくんは再び神代に問う。

「…食物は、どうでしょう?」

料理人ならではの質問が飛び出し、神代はううん…と唸った。

神代が言うように発展途上であるウェルスは、食材が豊富とは言い難い。

ただ、少し変わったものを扱っている事は事実だ。

リョウくんが大豆…オオマメに興味を持ってくれるなら、別なのだが。

神代の答えを待つリョウくんに神代は、指で直ぐ近くまで来るように指示を出す。

耳打ち出来るまでの距離になると神代は答えた。

「決して種類が多いわけではないが、他では栽培していないものを栽培している」

「例えば、何ですか?」

「そうだな…。今言えるのは…大豆」

神代の答えにリョウくんは素早く身を引いた。

驚愕の表情で神代を見つめるリョウくん。

少し考え込んだ後、リョウくんは今度は自ら神代へ近づき小声で問う。

「それは、つまり…大豆製品が作れるかもしれないと…!?」

「うむ。醤油も作れるだろう」

恐る恐る尋ねるリョウくんに対し、神代は期待に満ちた表情で答えた。

自信に満ちている神代を見て、リョウくんは更に信じがたいと言いたげな表情をしている。

リョウくんの様子を見て、神代は更に自慢げに言った。

「醤油が作れれば、副産物で味噌も出来るだろう。麹は私の…」

「味噌が副産物!?何を言ってるんですか、神代さん!」

唐突にリョウくんが声を張りあげた。

神代の言葉を遮って言われた言葉から、明確な怒りを感じる。

そして、その様子のままリョウくんは神代に詰め寄った!

「神代さん!まさか、味噌は醤油の出涸らしだとでもお考えですか!?」

「う…。い、いや…」

リョウくんの勢いに飲まれ神代は言葉を詰まらせてしまっている。

その様子から、リョウくんの指摘通りに思っていた事は筒抜けだ。

「いいですか!醤油は醤油!味噌は味噌!それぞれにそれぞれとして作ってこそ、良いものが出来上がるんです!

味噌を醤油の出涸らしなどと思わないでください!そんな認識では醤油と味噌に侮られます!」

「う、うむ!そ、そうか!分かった!すまんかった!だから落ち着かんか!」

目を血張らせながら論ずるリョウくんに圧倒され、神代は慌てた様子で言葉を訂正しながらリョウくんを諭す。

直ぐ側で鬼気迫るものをリョウくんから感じ、自分の認識が彼の地雷だった事に冷や汗が流れる。

そうかぁ…。味噌は醤油の出涸らしじゃないのか…。

その後、どうにかこうにか落ち着いたリョウくんだったが、その目には炎が燃えているように錯覚した。

無言で逡巡しているらしいリョウくんを見て、神代は口開く。

「ー…責任を果たせば、お前の好きなようにすれば良い」

「…はい?」

唐突に投げられた言葉の意味を理解出来ず、リョウくんは聞き直す。

「お前をこの村へやったのは私だ。その結果、ロールルは以前より潤った」

静かに紡がれる神代の言葉にリョウくんは真剣な面持ちで聞き入っている。

「お前の存在はロールルにとって救いだったろう。…だが、お前が他へ行きたいと願うならそうすれば良い」

「神代さん…!?」

ロールルを紹介した張本人から思ってもない言葉を言われ、リョウくんは困惑している。

だが、神代は構わず続けて言った。

「ただし、この店で出している料理の作り方を他人に教え込め。

他で作るなとは言わん。ただ、この店でお前の料理を食べる事を

生きる喜びとしている者達の為に残しさえすれば、お前がここに縛られる事はない。

お前は元より、好きなように料理し、多くの人に食べて貰いたい事が目標だったのだろう?

行きたい場所が出来たなら、責任を果たしてから向かえば良い。

…それがダメだと思ったら、またここへ戻って来れば良いだろう」

神代が伝えたい事を伝え切ると、リョウくんは迷う素振りを見せた。

そして、辿々しくその思いを口にする。

「俺が…居なくなったら、この村は困るのでは…?」

リョウくんの問いに神代は答える。

「お前がロールルに恩義を感じていて、離れる事が裏切り行為だと思っているのだろうが…。

言ってしまえば、この村に必要なのはお前の料理であって、お前ではない。

お前の料理が再現できる人材がいれば事足りる。

尤も、その人材を育てるのはお前である必要があるだろうがな」

容赦のない神代の言葉で、ガツンと殴られたリョウくん。

がっくりと項垂れてしまった。

自分の料理が求められてるのであって、作る人物は自分である必要がないなんて相当な衝撃だったろうなぁ…。

しかし、本人がロールルを離れてウェルスへ行きたいと思っているなら、ロールルへの罪悪感などは少ない方が良いだろう。

良いとは思うのだが…。

役目を終えたらお前の存在は要らない、と言われたような物であってリョウくんとしては新天地を夢見るどころの話ではない。

「えっと、つまり、リョウさんは何処に行っても怒られないって事ですか?」

あえて空気を読まずに神代に問うと、側で聞いていたリョウくんがパッと顔を上げる。

その様子を見て察した神代は慎重になって答えた。

「…うむ。転移者ではあるが、官職についてる訳じゃないから、その身柄は基本的に自由だ。

そもそも、この国には好き勝手に過ごす転移者がそこらじゅうに居るからな。

リョウがそうした所で、咎める事は出来ん。

…まぁ、度が過ぎれば異世界人連盟が首を突っ込みにくるだろうがな」

神代の答えを聞いてリョウくんは少し顔色を良くした。

神代の言うように、好き勝手に過ごす転移者がいるから、この国の人は異世界人には叶わないと意識づけられているのだろう。

その証拠として、レオンくんと言う存在がいるのだから。

それを思えば、リョウくんは転移者としてはむしろ遠慮がちと言える。

遠慮がちのリョウくんの為には、責任を果たしたと言う理由さえあれば、次へ行けると神代は考えたのだろう。

だからこその後任育成の提案だ。

これはロールル村のためと言うよりは、リョウくんのためなのだ。

ロールルを離れて良い理由を作る機会を与えれば、あとはリョウくんの気持ち次第だ。

それでも悩む様子を見せるリョウくんを見て、僕は神代を見て言った。

「確かに、レオンくんも自由に過ごしてますもんね!」

「う、む…そうだな…」

歯切れの悪い返事を返す神代だったが、これで少しでもリョウくんの憂いを軽く出来れば…。

そう思い、リョウくんの様子を伺おうとチラッと視線を向けると、何とも言い難い顔をしていた。

少なくとも嬉しそうではなく、むしろレオンくんの存在を思い出して、より悩みを深めたように見える。

…余計な事を言ったかもしれない。

そう思いながら、僕は夕飯を食べ進めるのだった。

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