180.第27話 6部目 友の加護

数分の格闘の末、緑丸くんが背中を向けて言う。

「フン!俺様から逃げられるからって良い気になるなよ!

テオ!てめぇの事は何処に居ても監視してるからな!

約束を破る素振りの一つでも見せたら、村の畑全部食い荒らしてやる!!」

「えぇっと…?監視って…?」

緑丸くんの言葉の意図が分からず困惑の声を出すと、緑丸くんは得意気に踏ん反り返って言った。

「人間だけが魔法を使えると思うんじゃねぇぞ!俺様はキリキリムシの中でも優秀だからな!

てめぇには俺様の奴隷印をつけてやったぜ!!ざまぁみろ!」

「奴隷印!?」

ぎょっとして緑丸くんが接触した左手の甲に目を落とした。

しかし、印らしい印は何処にも見えない。

益々理解出来ずに首を傾げていると。

「フン!俺様を置いて行くんだ!せいぜい人間の吹き溜まりで苦しめ!ばーかばーか!」

捨て台詞を残して緑丸くんは去って行ってしまった。

登場から退場まで、見事に掻き回して行った友の姿を見送りながら、僕は呆然とする。

一体、なんだったんだ…?

「…テ、テオ。だ、大丈夫か?」

馬車の中で待機していた神代から声をかけられ、ようやっと我に帰った。

「あ…。す、すみません。今、乗ります」

すごすごと馬車に乗り込み、締まらない気持ちで馬車から外を眺めると、いつの間にかウェルス村の住民達が全員で見送りに来ていた。

さっきまでの緑丸くんとのやりとりを見られていたのかと思うと、顔から火が噴き出そうだった。

…レオンくんが上手く誤魔化してくれる事を願うしか無いな。

「テオ…っ!」

馬車の外から聞こえた声の方を見ると、泣き出しそうなお袋さんの顔が見えた。

何か言おうとしている様子のお袋さんの顔をじっと見る。

お袋さんは、何度か逡巡した後になって微笑んで口を開いた。

「いってらっしゃい、テオ」

その言葉にうっかり泣きそうになるのを堪えて、僕は微笑み返した。

「…いってきます。母ちゃん」

挨拶を終えると同時に、お袋さんが馬車から離れ、神代が出発の合図を御者へ出す。

そして、ゆっくりと馬車が動き始めると、村民達が声を張り上げて僕を見送ってくれた。

目を閉じて、それぞれの声を聞き入った。声が遠くなるごとに寂しさが募る。

完全に聞こえなくなる頃、目を開いて目の前を見ると、男泣きする神代の姿があった。

「ー…お前が泣いてどうするんだい」

「う、ぐ…ず、ずびばぜん…!」

僕を故郷から引き離す事に罪悪感を覚えているのか、お袋さんの気持ちを慮って泣いているのか…。

そのどちらも、か。

男泣きが直ぐに止まりそうに無い神代をそっとしておき、僕は緑丸くんにぶつかられた左手の甲に目をやった。

やはり、何度見ても何の印もない。

キリキリムシが書いた物だから小さすぎて見えないのだろうか?

疑問に思いつつ、僕は左手の甲を鑑定眼で見ると魔法陣が見えた!

それも手の甲を覆わんばかりの大きさだ。

人の視覚に見えない魔法陣なんて、どうやって書くんだ…!?

魔法の基礎も分からない身であっても、緑丸くんがとんでもなく優秀である事は再確認出来る。

僕は更に鑑定眼で魔法陣の内容を確認した。



【緑丸の加護】

説明:種族名、キリキリムシ。個体名、緑丸より受けた加護。

効果:

 種族キリキリムシとの共生を可能とする。

 対象、または加護主の意思により通信を可能とする。

 対象の一定ダメージを、加護主が肩代わりする。

 加護主の一定ダメージを、対象が肩代わり出来る。

 加護主、または対象の死により加護は効力を失う。



ー…。

えーっと…。

目の前に見える情報の数々を目にして、先ず分かる事は一つ。

緑丸くんの言った、奴隷印とは程遠そうな物である事だ。

むしろ、加護と名がついている以上、僕は緑丸くんからの援護を受けられるも同義なのでは…。

『俺様から逃げられると思うなよ!テオ!』

「うわぁ!」

考え事をしていた所に、突如として緑丸くんの声が聞こえ心底驚いた。

「ち、中隊長?どうされましたか…?」

目元を赤くさせ、鼻水を啜る神代に問われ、先程の声は僕にしか聞こえない事を察した。

「あ、いや…何でもない。気にしないでくれ」

「?。はい。了解しました」

神代の問いへの答えを濁したあと、僕は試しに頭に言葉を思い浮かべてみる。

『…監視ってこう言う事かい?緑丸くん』

『フン!俺様がてめぇをタダで村から出すと思ったか!?てめぇの命は俺様の手の上だ!どうだ!参ったか!!』

どうやら、通信のやり方はあっているらしい。

しかし、これ、不測の事態の時に話しかけられたら、辛いものがありそうな…。

それはともかく、僕は緑丸くんと会話を続けた。

『…あぁ、うん。参ったよ。まさか、緑丸くんから加護を受け取る事になるなんて予想外だった』

『ア!?てめぇ!何で知ってやがる!』

『僕が鑑定眼で見れる事、忘れてないかい?』

『…キィイイィィイ!やっぱり、テオなんてどうにかなっちまえ!』

緑丸くんがそう言ったと同時に、プツっと何かの線が切れる感覚を味わった。

どうやら、緑丸くんとの通信が切れたらしい。

…これは、会えない時期が多いからと言って寂しがってる余裕もなさそうだな。

緑丸くんが静かなのは冬の間だけだろう。

それまでは僕の脳内で時折緑丸くんの声が唐突に聞こえる事になる様だ。

参ったな。と思う反面、魔法陣に込められている効果の事を考えると、緑丸くんの心境の変化を感じ取れて嬉しく思った。

それに。

「…今までは”てめぇ”とか”この野郎”とかだったのにねぇ」

「…はい?」

僕の呟きに反応する神代を見て苦笑する。

「いや。素直じゃない友の激励ほど、苛烈なものはないなと思っただけだよ」

「…。!。なるほど…その様ですな」

苛烈と言う言葉で、緑丸くんの事だと察したらしく、神代も苦笑して相槌を打つ。

過ぎ去って行く外の景色に目を向けながら、喧しい毎日が続く事に苦笑する他無い。

だが、自分でも疑問になるほど不思議に嫌では無いらしい。

むしろ何処か安心してる自分を客観的に見ながら、僕は首都アルベロへ向かう馬車の中で、これからの事を考えるのだった。




第27話 完

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