179.第27話 5部目 見送り
数時間後。
いよいよ、ウェルス村を発つ時間となった。
出発前に、神代とレオンくんと一緒に村を回り、親父さんが戻ってくる事と、僕が学園へ入学する事を説明して回った。
一番最初に訪れた作業場では、ジョンや、ケイ、ヘクター、元盗賊達に迎え入れられ、荒々しい激励の言葉の数々を受けた。
そして、すっかり工具職人になった、ケイとヘクターから、刃先が入れ替えられる彫刻刀を渡された。
刃先は小さい皮袋に入れられており、小さい角材も一緒にだった。
ジョンからは、刃先に使った鉄は俺が作ったから!と爽やかに微笑まれたが、
これに対しレオンくんを始め元盗賊達がブーイングをすると、ジョンは慌てて丁度良い大きさに割ってあった玉鋼の一部を僕に渡してきた。
側に居た神代が興味深そうに見て来たが、僕はそっとズボンのポケットに仕舞い、ジョンに礼を言った。
作業場の人員達に見送られながら、僕たちは他の場所へも向かった。
リズの縫製場では別れを惜しまれながら、あれもこれもと大量の服を押し付けられた。
その中には明らかに女子が着る様なワンピースなどもあり、悪戯心を持ったレオンくんが僕に着せようとしてきたが、全力で拒んだ。
大人しめの男児服だけを受け取り、これまた縫製してくれていた布製の鞄に詰め込んで持って行く事にした。
養鶏場や、大工達にも顔を見せ、暫しの別れを言ってから、僕達は最後に畑へ向かった。
畑にはウィルソンや、おばば達が農作業中だった。
僕が学園へ行くと話したら、おばば達は物凄く喜んでいた。
ウェルス村の誇りだとも言われ、代わる代わるに頭を撫でられたり、
背中を叩かれたりと作業場の若者達にも負けない激励を受けることに。
粗方の挨拶が終わった後、僕は単身でキリキリムシ達の畑へ向かった。
しかし、緑丸くん以外のキリキリムシには挨拶出来たが、肝心の緑丸くんの姿が無かった。
暫く会えなくなる事を考えると、喧嘩別れの様になったのは悔しい。
だが、それ以上会える機会を待っている訳にもいかず、僕達は一度ミラー宅へ引き返した。
家へ帰り、お袋さんと会話しながら出発の準備をしていると、お袋さんから英雄の絵本を目の前に出された。
「貴方の物だから」と微笑むお袋さんには悪かったが、「アインとスミレ用にして」と言って持って行くことを止めさせて貰う。
親父さんが買って来てくれて、お袋さんが読み聞かせてくれた古い絵本だが、その内容は好きになれない。
本当なら、アインとスミレにも読ませたく無いくらいだ。
だが、今は言うべきじゃ無いと思い、口を噤み、それらしい理由をつけて置いて行く事にした。
準備が終わる頃、アインとスミレに声をかけると不安そうに泣かれたが、何とか宥めて家の外へ出る。
神代が馬車の前で待機しており、レオンくんは玄関の直ぐ横で待機していた。
「ー…もう行っちゃうわけ?」
「うん。あまり長居しても、それだけ親父さんの帰りが遅くなるからね」
「ふーん。別に口煩い村長サンの帰りが遅くなっても、俺は良いけど」
素っ気なく言うレオンくんの目の前に立って、僕は言う。
「ありがとう。レオンくん」
「…は?」
怪訝そうにするレオンくん。
僕は真っ直ぐにレオンくんを見て、続けて言う。
「レオンくんが居なきゃ、僕達家族の問題は解決してなかった。
延いては、この村の未来は無かったと思う。
レオンくんと一緒に首都へ行けて良かったよ。本当にありがとう」
最後に頭を下げると、レオンくんは驚きすぎているのか一言も発さず僕を信じられない物を見る目で見下ろしている。
何も言えない様子のレオンくんに僕は一言付け加えた。
「これからもウェルス村の警備、緑丸くんと一緒によろしくね」
定職に着く事なく、警備と称してぷらぷらと村の中を回っていたレオンくん。
今は拘束魔法の効果で暴力を禁じられているが、その存在が十分な抑止力になっている。
それに、レオンくんならば言葉の使い方を間違えなければ、今回の様に問題を解決していけるはずだ。
それが出来たなら、彼は真にウェルス村を護る存在となるだろう。
僕の言葉に何も返事をしないレオンくんを置いて、僕は神代が居る馬車の前まで歩いて行く。
心配そうなお袋さんの視線を背中に感じながら、神代の前に立つ。
「お待たせしました。行きましょう」
「…うむ」
短い返事の後、御者が馬車の扉を開き神代が先に乗り込んだ。
その後に続いて、乗り込もうと足を持ち上げる。
すると。
「テオーーーーーッ!!」
「っ!?」
突然の呼び声に驚いて振り返ると、僕の目に弾丸の様な物が突撃してきているのが見えた!
咄嗟に左手で顔全体を覆うと、左手の甲に衝撃が走る!
「いっ……っっ!!」
左手に走る激痛に耐えながら、何が起こったのか頭で整理しようとした。
しかし、それよりも先に怒声が響く。
「ッチ!キイィイイ!何で防御しやがったコノヤロー!」
「み、緑丸くん!?」
地面に居る緑丸くんの姿を見て驚くと同時に、左手に生じた激痛を顔面に浴びていたのかと思うと悪寒がした。
殺意すら感じた突撃から緑丸くんの怒り具合を思い、僕は冷や汗を流す。
「こ、ここまで怒らせてるとは思ってなかったよ…」
「うるせー!俺様を置いて行く分際で防御なんてしやがって!ふざけんな!」
「流石に撃ち抜かれそうなほどの突撃を顔で受ける勇気はないよ…」
「フン!今更、顔に穴の一つや二つ空いてもテオなら問題にもならねぇくせに!」
「いや、流石に既にある穴以外の穴が開くのは、ちょっと…」
やいやいと文句を言い続ける緑丸くんに対し、困りながら返事をし続ける僕。
事情を知らない人間から見れば、さぞ不気味な光景だったろう。
しかし、この時はそんな事を考える余裕も無いくらいに、緑丸くんから怒涛の責めを受ける羽目になった。
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