177.第27話 3部目 異界の神の御名
翌日。
リベラ伯爵の屋敷に泊まった神代が、朝早くからミラー宅を訪ねて来た。
神代を巻き込みながら、アインとスミレの世話に追われる朝を過ごした後、リベラ伯爵邸で話した事を聞いた。
お袋さんが無事に見つかった事を祝福してくれた事や、親父さんに会ってみたいと言って下さった事などを聞き、リベラ伯爵の人柄の良さを感じた。
そして。
「ー…それから、植林についてもリベラと話をした」
その話題がどれだけ危険を孕んでいるかを、昨日今日で嫌と言うほど理解した後に聞き身構えてしまった。
神代は言葉を続ける。
「リベラは元々、この周囲の森を残していく事を目標としていた男だ。
ウェルス村の発足に許可を出したのも伐採だけでなく、密かに森を維持していく方法…植林が出来ればと画策していたらしい。
だから、ウェルス村での植林事業は諸手を挙げて受け入れると言っていた」
その言葉を聞き、僕の緊張は解けた。どころか心から安心した。
領主から理解を得られたのは大きい。
だが、問題は他にもある。
「それは喜ばしいですね。…ですが、教会はそうもいかないでしょう?」
「うむ。ウェルス村はこれから嫌でも注目される土地となるだろう。
なれば、教会の宣教師が訪れるのも遠くない未来にあり得る話だ」
現在、ウェルス村には女神ティアナを祀る教会が存在していない。
そのため、僕が密かに始めていた植林も目を付けられる事が無かったのだ。
しかし、今後はウェルス村が大きくなればなるほど、教会の目に入る可能性が高まる。
そうなった時、この土地でも植林を禁じられてしまったら非常に都合が悪い。
いや、明確に禁じられるならまだしも、村民達が洗脳されてしまうのが恐ろしいのだ。
禁じると教会から告げられれば、それに抵抗する事は可能だが、じわじわと村民達を洗脳されてしまっては、そもそも抵抗する意思が生まれなくなる。
故に、ティアナ教会そのものの出入りを禁じるだけの理由が、ウェルス村には必要なのだ。
尤も、村民達に女神ティアナへの信仰を捨てろとは言わない。
ただ、ウェルス村の緑を守るためには、女神ティアナへの信仰だけでは足りないと伝えた上で、別の神を信仰してるように外部には見せかける必要があるのだ。
「別の神を用意する必要がありますね。それも異界の神を」
「ふむ…。なれば、我らを生み出せし神々の一柱から御名をお借りしましょう」
神代の畏まった口調から察した僕は、御柱の御名を口にした。
「日本における木の神・クグノチノミコト」
僕が出した御名を聞き、神代は深く頷いた。
「このウェルス村で祀る神として、これほど適任の一柱が在わすでしょうか?」
目を輝かせて言う神代を見て、日本の情景を脳裏に描いて居る事が伝わってくる。
古来日本より伝わる古事記にも記された、神の名前を異世界でも聞く事になろうとはなぁ。
だが、この状況を少しでも良くする為には必要な御名だ。
「うん。尤も、御名をお借りするからには、クグノチノミコトを祀る建屋を建てなければならないね。それが無理でも、せめて祠くらいは作らなければ…」
「それは勿論ですとも!クグノチノミコトを祀る立派な神社をこの村に…!」
神代のこの熱意。流石に由緒ある神社のお家に生まれただけはあるなぁ。
尤も、日本を恋しがる故の言動とも取れるが…。
「…ふふっ」
熱くなる神代と、真剣に話すを僕を見てかお袋さんが声を漏らして微笑んだ。
その声を聞き、ぎくりと肩を揺らす僕と神代。
途中から上官と部下の会話になってしまっていたような…。
「やっぱり、同じ世界の記憶を持つ者同士、通ずるものがあるのですね。
お父様とテオが仲良しな姿が見れて嬉しいですわ」
お袋さんの心からの笑顔を見て、僕と神代はほっと胸を撫で下ろした。
まぁ、流石に元上官と元部下なんて思いもしないだろう。
僕の年齢が前世と合わせると109歳ともなれば、神代が敬語を使ったとしても違和感はないと思ったのかもしれない。
「ぅおっほん。と、ともかく、クグノチノミコトを信仰して居る事を内外に周知させる必要がある。
しかし、テオは今日にでも私と共に首都へ向かう事になる訳で…」
「はい。ネッドが戻ってくるまでの間、私が村民達にクグノチノミコトの名を広めますわ。お任せください」
神代が気を取り直して言った言葉にお袋さんは頼もしい言葉を言ってくれた。
しかし、残念ながらそれだけでは足りない。
「広める事も重要だけど、発祥元を明らかにしないと納得して貰えないだろうから、僕からレオンくんに事情を話すよ」
「む…レオンか…。あの青年に任せて大丈夫か?」
不安そうにする神代に聞かれ、僕は少し考えた。
「…。まぁ、大丈夫じゃないかな」
「絶妙な無言が余計な不安を煽ってくるのですが…」
「あはは。まぁ、とりあえずレオンくんを探しにいきますね。
…作業場にも行ってみようと思ってますが」
「む!ならば、私も同行を!」
もはや口調がブレブレな会話を無理矢理に終わらせて、僕達はお袋さんの微笑みから逃げるようにしてミラー宅を出た。
レオンくんを探しながら、作業場へ向かう道すがら行き合った住民達から「お帰り」と声をかけられた。
挨拶を返しながら、川の方に向かう森の道を歩きながら、僕と神代はクグノチノミコトを祀る社の相談をした。
結果として、僕が設計図を描き、それを村に移住して来てくれた大工達に一任する事になった。
今回は設計者の名前を神代とし、設計図を渡す役目は親父さんに担って貰う事になる。
僕が村に戻ってくる頃には社が村のどこかに祀られて居る事だろう。
誰が見ても信仰を納得出来るような社の設計図を描かなければなぁ…。
前世の記憶を振り絞って、後世にも残るような社を建ててみたいものだ。
…いや、くれぐれも異世界人の色に染めすぎないようにしなければ…。
うっかりすると、ウェルス村もそうなってしまいかねない。
それでは不味いのだ。ウェルス村はウェルス村としての色を出していかねば。
…。
…まぁ、社の一つくらいは許される事を信じよう。
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