176.第27話 2部目 共生の道

同日。ウェルス村。ミラー宅、裏庭にて。

僕は緑丸くんにウェルス村を離れていた5日の間の話をした後、

学園へ行くために再びウェルス村を離れる事を伝えた。

今度は暫く戻って来ない事を念頭に置きながら。

膝を抱えて地べたに座る僕の膝小僧に乗る緑丸くんはバッと羽を広げ威嚇体制を取って怒鳴った。

「俺様との約束破って逃げるつもりか!?俺様は認めねぇぞ!!」

今にも噛み付いてきそうな程の怒りっぷりを前に、僕は言った。

「約束は勿論守るよ。レオンくんに橋渡し役を頼むから、仲良くやっていって欲しい」

僕の言葉聞き緑丸くんは一先ず羽を畳んだ。

しかし、納得はしていないようで更に怒鳴る。

「何であんなふざけた奴と!」

「ふざけてても話が分からない子じゃないから大丈夫だよ」

「どうだか!」

そう言って、緑丸くんはそっぽ向く。

不機嫌な緑丸くんを見て、これからする話をしようか一瞬迷った。

だが、その話をしなければウェルス村を離れる上での不安が一つ残ってしまう。

僕は緑丸くんに受け入れて貰えないかもしれない事を考えながら、その話をする事にした。

「それから緑丸くん達キリキリムシには、これからウェルス村の畑を他の虫の被害から守って貰いたいと思ってる」

「はぁ!?」

またも羽を広げて威嚇体制を取って僕を睨みあげる緑丸くんに、僕は理由を説明した。

「これから、この村はどんどん人が増えていく。そうなったら当然畑の面積も広がっていくよね。

でも、その中の一枚の畑がキリキリムシ専用の畑だと説明しても、納得が得られなくなっていくと思うんだ」

僕の言葉を聞いて緑丸くんは牙を剥いて怒鳴る。

「そんなの俺様達が知った事じゃねぇ!てめぇら人間の方が持ちかけた約束だろうが!

それを破ろうとしてんのはてめぇだろ!」

「破ろうとは思ってない。ただ、この約束を維持していくのに必要な事だから言ってるんだよ」

「何だと!?」

首都から帰って来てから判明した、キリキリムシと人間の行き違い。

緑丸くんは僕やレオンくんが居ないから、畑の異変を誰にも伝える事が出来ず怒りを募らせていた。

一方で畑仕事をしていた農民達は、その事に気が付かなかった。

本来なら、手出し無用の畑と認知されていなければならないのに、その認知すら甘かった。

それが原因で行き違いが発生してしまったのだ。

だが、これは始まりであって終わる事は無い。

今後も幾度となく起こりうる事態の一つだ。

その事態を起こる度に「キリキリムシ達の畑だから」と説明して、納得が得られるかと言うと難しい。

人が増えていけば尚の事、キリキリムシへの理解も得られなくなるだろう。

村への貢献を何一つしていない虫達に畑一枚を耕してやるなど、馬鹿馬鹿しいと考えるのが普通だからだ。

囮用だと言った所で、それを信じろと言うのも無理がある。

本当にキリキリムシが他の畑に手を出していないかの確認が取れないからだ。

仮に、他の虫が畑を食い荒らしたら、真っ先にキリキリムシ達の仕業だろうと勘繰るはずだ。

そして、彼らの声が聞こえるのは僕とレオンくんだけ。

僕は学園へ行くし、僕が学園へ行っている間にレオンくん達の刑期が終わり、レオンくんが日本へ帰ってしまう事もあり得るのだ。

しかし、それでは緑丸くんと約束した僕達の人間との共存が守っていけなくなってしまう事になる。

つまり、僕達人間側と、緑丸くん達キリキリムシとの間に必要なのは、もはや通訳では無い。

必要なのは確実な信頼関係なのだ。

「そのためには、キリキリムシ達も村に貢献している事を態度に示す必要がある。

そして、中でも一番効果的なのは、各畑の警護だと思うんだ」

麦畑の一枚をキリキリムシに提供している代わりに、各畑を他の虫害から守っているとなれば、農民達も納得しやすいはずだ。

何故なら、その様子は農民達が一番に感じる筈だからだ。

毎日畑の作物の世話をし、様子を見ている農民達ならば、作物への被害は一目瞭然だ。

更に言えば、収穫の時にもその結果は目に見えて分かる事になるだろう。

状態の良い野菜の収穫量が多ければ、それだけキリキリムシ達の働きが伝わる筈だ。

「村に畑が増えれば、キリキリムシ達も増えていかなきゃならないと思うけど、その時はこっちで専用の畑を増やせば良い」

あるいはキリキリムシ達のみ、畑の作物を食べて良い事にするかだが…。

キリキリムシの歯形を農民達が把握しないと難しいな。

「ともかく、この村に居るキリキリムシ達は畑を守る存在になって欲しい。

そうなれば村民達の不満も抑えられるし、本当の意味での共存になれる筈なんだ。

…頼めないかな?」

ここまでの僕の説明を聞き、緑丸くんは面白くなさそうに牙を鳴らす。

「共存とか言っといて、てめぇは俺様の前から消えようってのか!?」

僕の説明は理解してくれたらしいが、それでも納得し難いようだ。

人との橋渡し役を放って、学園へ逃げようとしているように見えてしまって居るのだろうか?

「ごめんね。でも、どうしても学園へ行かなきゃならないんだ」

「はぁ!?何でだよ!」

「このアロウティ国に緑を取り戻すために必要な事だからだよ」

様々な生物に悪影響を生んでいる我が国の砂漠化。

この砂漠化に終止符を打つためには、植林技術を確立させ、各地に灌漑かんがい工事を敷き、更には木々の成長を早める魔法を作り出さなければならない。

灌漑工事だけでも相当数の年数がかかる事は必至な上、木々の成長には数十年と言う期間が必要となる。

だが、それを待ってるほどの時間は我が国にはもはや無い。

ならば、せめて木々の成長速度を早める魔法を作り出し、無理矢理にでも緑を増やしていくしかない。

同時に灌漑工事をどのように施すかも考えていかなければならないだろう。

乾いた土地にいくら木々を生やしても、枯れて行くばかりなのだから。

それらの技術を作り出すためには、魔法技術を1から学ぶ必要があり、それが出来るのが現状では学園しかないのだ。

学園へ赴き、植林技術を確立させれば国土に緑が戻れば、あらゆる生物にとって理となる筈なのだ。

「国土一杯に緑が戻れば、元々は樹液を主食としていたキリキリムシ達も、元の生態系に戻れるかもしれない。

キリキリムシだけじゃない。生態系を狂わされた生物達もきっと戻れる。

そのためにも、僕は学園へ行かなくてはいけないんだよ」

学園へ行く理由を説明すると、緑丸くんは僕の膝の上で地団駄を踏んだ。

「そんなものが、俺様を置いていってまでやる事か!俺様は麦食って生きてんだ!

今更、樹液なんてどうでも良いんだよ!余計なお世話だ!この裏切り者!!」

キリキリムシにも関係のある計画をそんなものと称され、僕は苦笑した。

しかし、まさかここまで理解を得られないとは思わなかったなぁ。

少なくともキリキリムシの食料確保の点においては良い話の筈なんだけど…。

僕がウェルス村を離れる事を、とにかく嫌がっている節すら見受けられる。

…。

いや、まさかな?

あの緑丸くんが、僕が居なくなるのが寂しいから何が何でも反抗してる何て事が…。

「てめぇなんか腹でも下して寝込んじまえ!!」

…いや、そんな気がして来た。

いつもの悪態には変わりないが、何となく村に引き留めようとして居る様に聞こえてくる。

僕の思い過ごしでも、緑丸くんが寂しがってくれて居るのかもしれないと思うと、自然と笑みが溢れた。

「何だその気味の悪い顔は!!」

「え?いや、何でもないよ」

今思って居る事を口にしたら、噛みつかれそうだし黙っておこう。

しかし、どうにも口の端が自然と吊り上がってしまって戻らない。

どうにか平常に戻ろうとしたが、そうこうしてる内に緑丸くんのイラツボを突いてしまったらしく…。

「キィイイイィイ!!へらへら笑ってんじゃねぇええぇ!!」

そう叫んだ後、思い切り僕の顔面に激突して縄張りへ帰って行ってしまった。

…僕はと言うと、暫く痛みに悶絶した後家の中へ戻った。

そして、赤くなった鼻を見たお袋さんに心配されながら床についた。

このまま緑丸くんと喧嘩別れのようになるのは避けたいなぁ…。

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