172.第26話 7部目 教会の教え


僕にぶつけられた疑問を受け、神代は思い悩む様子を見せたが、隠す気は感じられなかった。

ただ、その理由を話す事が単純に嫌だと言った所だろう。

僕が真っ直ぐ見つめ続けていると、神代は静かに話し始めた。

「…結果から言えば、ティアナ教団が【植林】そのものを伝えさせないために、情報規制を行っているからです」

「ティアナ教団…?」

名前からして、女神ティアナを信仰する教団のようだが…。

何故、教団が植林自体の情報規制をしているんだ?

「ティアナ教団曰く、「アロウティ神国の砂漠化はひとえに、女神ティアナの力が弱まったからであり、その原因は国民の信仰不足である」…と」

教団の言葉を代弁した神代の表情は苦々しい。

それが明らかな間違いであり、教団が本心で言っている事ではないと分かっているかの様だ。

「それはつまり…教団に対して多額の布施を渡し、女神ティアナを信仰していると国民全員で示さなければ、砂漠化は…樹木は実らないと言う事か?」

「その通りです」

僕の言葉に寸分の迷いもなく同意した神代を見て、僕はカッとなって言葉を連ねる。

「何故だ!間違っていると分かっていて、何故、教団の凶行を抑えられない!?

信仰では樹木が、緑が戻る事はないと知っている筈だろう?

現にアロウティの砂漠化は歯止めない。それも信仰が足りないからだと教団は押し切っているのか?

馬鹿馬鹿しい。何が、信仰だ。そんなものは信仰ではない。

ただの詐欺師の商売じゃないか!」

お構いなしに不満をぶち撒けると、神代は苦々しい表情のまま言う。

「…何も、教団だけが糸を引いている訳ではありません。

教団は裏で利権を貪る貴族派と手を組み、教会で平民達を洗脳して回っています。

「異世界人には力及ばない」。「我々は既存の力しか扱えない」。「だが、新しい力は女神ティアナの名におき、異世界人が齎してくれる」。…伽話の英雄の様に」

神代の最後の言葉を聞き、いつかお袋さんに読んで貰った絵本の内容を思い出した。

読み聞かせて貰う中、気味の悪い伽話だと思った事を記憶している。

困った人々は全ての、事の解決を英雄と呼ばれる人物に丸投げし、それを奉り、それを良く思った英雄が好きに振る舞う。

今の異世界人とアロウティ人の、関係そのものではないか!

…そうか、あの絵本は子供を洗脳するために作られた伽話だったのか。

はらわたが煮え繰り返る感覚を久々に覚える。

「…つまり、何か?アロウティ神国は今、正に、異世界人に侵略…いや、支配されている。と言う事か…?」

「…そう言われても否定は出来ません」

苦い表情で答える神代を見て、僕は更に頭に血が上った。

国の軍務大臣である神代がそう答えると言う事は、皇帝陛下も分かって居ない訳がない。

それでも尚異世界人を呼び寄せるのは、異世界人に解決して欲しいからだ。

…異世界人にアロウティ人は敵わないから…!

「このままでは、アロウティ神国だけじゃない!外国にまで異世界人が…!」

最悪の事態が頭を過り口にすると、神代が焦りながら口を挟んできた。

「中隊長!諸外国はそもそも異世界人が作った国々です!」

「何!?」

「この世界固有の人間はアロウティ人しか居ないんです!

それ以外の人間は全て、異世界からやって来た人間達…あるいはその子孫でしかない!

…そして、今の貴方もまた…」

日本から転移して来た自分の血を引く子孫。

それが、僕。テオ・ミラー。

純粋なアロウティ人ではない事を言外に主張する神代の言葉に、僕は頭を殴られるほどの衝撃を受ける。

分かっていた筈なのに、衝撃だった。

何故なら、純粋なアロウティ人の存在が最早希薄だからだ。

いや、もしかしたら既に純粋なアロウティ人など居ないのかもしれない…。

この国は…いや、この世界は異世界人に乗っ取られてしまっているのだ!

「…そんなの、最早、”この世界”なんて言えないじゃないか。

異世界人が作り上げた、異世界文化の習合世界だ!」

全てが異世界の色で塗られている。

伽話から言葉を借りれば、女神ティアナが望んだ「世界を広げなさい」とはこんな形だったのか?

本当に、これがアロウティ人の望んだ国なのか?

…。

……。

…いや。

「これ以上、アロウティ神国が破滅に向かうのを、ただ見ている訳にはいかない」

少なからず、国の全土が砂漠化してしまう前に、植林技術を普及させる!

元から、植林技術を広める事を目標に据えていたが、目標では足りなくなった。

これは義務だ。

僕は、この国に植林技術を絶対に広める。

この国を。そして、この国に住まう善良なアロウティ人の為に!

「中隊長…」

決意を固めた僕を見て、神代は何とも言えない複雑な表情をした。

そんな神代に対し、僕は言う。

「神代。お前なら分かる筈だ。人を、文化を、国を踏み躙られる悔しさが」

「!!」

今此処にいる僕達にしか分からない思いを共有すると、神代は顔を引き締めさせた。

「僕は、お前の血を引いているから純粋なアロウティ人とは言えないだろう。

でも、少なくとも僕はこの国で生まれた。アロウティを母国と思っている。

その国を異世界人に蹂躙され、親しい人達がその被害を被るのは我慢ならない。

女神ティアナの名を良い様に使う教団や、甘い蜜を啜り続ける貴族派と呼ばれる連中などが被る被害など知った事ではない。

僕は僕のやり方でアロウティ神国を建て直す。

植林を、この国に必ず広める!」

僕の決意を聞き、神代は無言のまま真剣な表情で力強く頷いた。

そして、僕の目線に合わせて屈み…。

「中隊長。それならば、中隊長はやはり学園へ…【クラーク・レッドウッド学園】へ行くべきです!」

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