170.第26話 5部目 サトウコンダイ


問題が一段落したと見切ったのか、僕達の間で繰り広げられた会話の一部始終を少し離れた位置から、見学していた神代が僕の方へ近づいて来た。

「…テオ。そろそろ説明してくれないか?」

「え?」

唐突な問いに首を傾げて返すと、神代は続けて疑問を口にする。

「どうして、お前はキリキリムシと話が出来る?」

「…あぁ。えっと、それは…ー」

神代から説明を求められた僕は、6歳頃からキリキリムシ達と会話が出来る様になったと答えながら、

その原因は言語理解能力と言う力によるものだろうと説明した。

すると、これに対し神代は。

「言語理解能力と言うと、異世界人がこの世界へ来た時に問答無用で得られる能力の事だな。

…しかし、まさか、異世界人からしたら一番身近な能力にそんな使い道があるとは…」

僕の説明に納得はしてくれたが、信じがたいと言いたげに神代は眉間に皺を寄せた。

「前例はないのですか?」

「どうだろうな…。魔法もそうだが、この”能力”と言うのも未知数でな。

幾つあって、それがどんな効果を齎すのか、完全に把握出来ていないのだ」

神代の言葉を聞き、僕は疑問に思った事を口にする。

「鑑定眼は商人が持つ標準的な能力だと聞きましたが…」

「鑑定眼はそれなりに、分かりやすく証明しやすい能力の一つだからな。

それに、鑑定眼はその気になれば人も鑑定出来る。

故に分かりやすく、証明しやすいのだ。尤も、商人程度の鑑定眼では人を鑑定する事は難しいだろうが…」

ふむ。ここまでの神代の話を聞く限り、能力とは…。

「能力は使い方次第によって成長するのですか?」

「うむ。テオの言語理解能力で、キリキリムシ…緑丸の声が聞こえる様になったのも、その影響だろう」

やはり、そうだったか。

そうでなければ、僕の鑑定眼が人並外れた理由が説明出来ないものなぁ。

そんな会話をしている間に、刈り取られた麦を持ってウィルソンが戻って来た。

畑で戻す様子を見て、緑丸くんも一先ず納得してくれた様だ。

ただ、刈り取られた麦は収穫時期前の物であり、成長途中だった物と考えると、その分麦が失われた事は覆せない。

これは、麦が収穫時期になったら、同じ量を人間の分から差し出すしかないな。

などと言う事を思いながら、僕はウィルソンに緑丸くんの警告を伝えつつ、収穫時期になったら改めて同じ量の麦をキリキリムシの畑へ戻す様に伝えた。

それを聞いた緑丸くんは満足したのか、僕から離れ畑の中へ帰って行ってしまった。

結局、緑丸くんに神代を紹介する事が出来なかったが、ウィルソンには紹介した後に、僕と神代は別の畑がある場所へ向かって歩き出した。

その道中。

「ー…さっきの話の続きだが…緑丸の声が聞こえるのは、テオだけではなく、レオンもそうなんだな?」

「はい。レオンくんは…感覚で魔法や能力を使う節があるらしく、僕と緑丸くんが話している所を目撃したら、直ぐに緑丸くんの声が聞こえる様になりました」

「うぅむ…。やはり若いと順応も早いな…」

「…全くですね」

レオンくんの力の使い方を見ていると、まるで最新の携帯電話をあっさり使いこなせる前世の子供達を思い出す。

どの様に動くのか。と考えるよりも先に、感覚で使い方を覚えて行くあの様子だ。

「だが、感覚で行けると言うなら、その感覚さえ掴めば私でも…」

何やらブツブツと呟きながら思案しているようだが、その内容が筒抜けである。

動物と意思疎通が可能になると言う事は、動物と結託して敵を攻撃する事も、情報を集める事も容易くなるからだろう。

軍務大臣である神代としては軍事利用出来ないか考えるのは無理も無い。

僕としては人間の争いに動物を巻き込むのは違う気もするが…。

尤も、動物の方が望んでいるなら話は別と言う側面もある。

ブツブツと呟く神代を横目に、次に紹介する畑へと到着した。

「お祖父様。こちらでは、根菜とオオマメを栽培しています」

「む」

僕の声を聞き、神代は思考の世界から帰還して紹介した畑に目を向けた。

すると。

「…これは!大豆!何故、ここに…!」

何をそんなに驚いているのだろうか?

「父がグレイスフォレストの市場で買って来た物ですが…」

変わった豆として売られていた事を除き、普通に市場に出回っている物に神代が驚く理由が分からない。

「何だと!?うぅむ…となると、奴の趣味の産物がまた流出したのか…」

奴?

まるでオオマメの産出元が分かっているかの様な口ぶりだ。

いや、本当に知っているのだろう。

流出した。と言う表現も気になる。

「…栽培するのは危険な物ですか?」

まさか、オオマメが危険植物とは思えないが、念の為僕は確認する。

すると。

「いや!むしろ好都合!何と言っても、大豆があれば日本の調味料を作れるだろう!?」

僕の心配は杞憂とばかりに神代は目を輝かせて振り向いた。

日本を恋しく思っている神代ならば、大豆からなる調味料である、味噌や醤油を欲しがっても不思議では無い。

「そうですね。でも、麹が無くて…」

味噌と醤油は、大豆と麹を発酵させる事でなる。

しかし、肝心の麹を作るのには米が必要なのだが、未だに耳にした事も無い。

「麹…。それなら、私にアテがある」

「え!?」

それはつまり、米の入手先があると言う事か…!?

もし、米が入手出来たら、本当に味噌と醤油も夢じゃ無くなるでは無いか。

僕は期待で胸を膨らませて神代を見上げた。

「…と言ったが、正直に言うと私の領地で少量を栽培しているのだ」

「…えぇ!?」

更に驚きの発言をされ、僕は目を見開く。

まさか、これだけ砂漠化が進んでいるアロウティの土地で米を栽培出来るとは…!

米を栽培するには大量の水が必要になる。

故に、砂漠化が進むアロウティでは入手は不可能だろうと思っていた。

だが、入手先のアテが目の前にいるなんて、何と言う暁光だ…!

「酒を作らせるために、極々少ない量の米を栽培させている。

私が飲むためだけに作らせているから、米も酒も市場には出回っていないがな」

米で酒…と言う事は日本酒か!

だとしても、少量とは言え、良く米を栽培出来ているな。

神代が管理する領地は、それなりに水気が多いのだろうか?

しかし、少量しか作っていないと言う事は、それ以上は栽培出来ないと言うことでは無いだろうか?

「大量に栽培する事は出来ないのですか?」

「出来ん。そこまでの肥沃な土地と水気が確保出来んのでな」

ふむ。しかし、それだと麹を作るだけの米を融通して貰うのは気が引けるな。

稲をタダで分けて貰うのも違うしなぁ…。

そうやって僕が頭を悩ませていると、神代がしげしげとオオマメを眺めた後、少し離れた位置に植えられている根菜に目を向けた。

「あれは…」

神代の視線の先を見て、僕はそもそも家を出て来た理由を思い出した。

「そういえば、先ほど砂糖の話について話す途中でしたよね」

「ん?うむ…あれが、何か関係しているのか?」

「あれは、サトウコンダイ…甜菜てんさいです」

「………!!?」

僕の説明を聞き、今度は神代が目玉を落としそうなほどに目を見開いて驚いた。

驚くのも当然だ。こちらの世界ではサトウコンダイと言う名の、甜菜と呼ばれる根菜は、その名の通り砂糖を抽出出来る根菜なのだ。

砂糖、あるいはそれに近い物を作り出すには、幾つか方法がある。

その中でも、一番簡単で手間が掛からないのが、甜菜別名砂糖大根から抽出する方法だ。

根菜であるが故に、土の中での栽培になり保存が楽な事。

増やす事も、サトウキビなどの他の植物よりも容易である事から、この世界においても優秀な根菜と言えるだろう。

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