169.第26話 4部目 監督責任


「今、僕の頭の上に乗ってるキリキリムシは緑丸くんと言って、この村で僕達と共生してる虫です」

「きょ、共生?キリキリムシと?」

未だ困惑の表情が抜けない神代に苦笑で返しながら、続けて言う。

「はい。1枚の麦畑を彼らに提供する代わりに、他の畑には手を出さない様にと言う協定を結んでるんです。

ただ、彼らと会話出来るのが、僕かレオンくんしか居ないのですが…。

ここ数日、二人揃って村を空けていた間にキリキリムシ達の畑から、

麦が刈り取られてしまったらしく、その抗議に来た。と言ったのが今の状況です」

僕の説明を聞いた神代は、僕の頭の上に居る緑丸くんを怪訝そうに覗き込む。

「何だ、このオヤジ!やんのか!?」

「あ。あまり見つめて居ると鼻を噛まれますよ。容赦ないですからね、この虫」

神代に対して威嚇体制を取る緑丸くんの様子を伝えると、神代は慌てて首を引っ込めた。

「緑丸くん、この人は…」

「やい、テオ!いつまで、のんびり寛いでるつもりだ!早く俺様達の麦を返せ!」

緑丸くんに神代を紹介しようとしたが、その隙間もなく文句が挟み込まれ僕は紹介を断念する。

「分かってるよ。…お祖父様。申し訳ないのですが麦畑の一件を片付けたら家へ戻りますから、家でお待ち頂いて…」

「いや。一緒に行動した方が都合が良かろう。それに…虫専用の麦畑とやらも見てみたい」

僕の言葉を聞き、神代は即座に同行すると言った。

もはやここまで事情を説明したなら、同行を断る理由も無い。

…それに、早い所問題を解決しなければ、緑丸くんから噛みつき攻撃が文字通り飛んでくるかもしれない。

僕は神代の腕から下ろして貰い、緑丸くんを頭の上に乗せたまま麦畑へ神代と一緒に向かった。

緑丸くん達の麦畑に到着し、様子を見てみると、畑の端っこのごく狭い一角の麦が確かに刈り取られていた。

そもそも、今は春で時期的にまだ刈り取り時期では無いのだが、何故一部だけ刈り取られているのだろうか。

それに、この畑はキリキリムシ達の畑である事が分かる様に、畑の周囲には縄で簡単な囲いを設けてあるのだが…。

「これだこれ!この部分の麦を返せ!」

そう言いながら、緑丸くんは僕の頭で飛び跳ねて怒りを露わにして居る。

人間から見れば狭い一角だが、キリキリムシ達からすれば大きい損失だ。

「うん。勿論、ここの麦は返させるよ。でも、まずはウィルソンに話を…」

「俺がどうかしたかー?」

実に良い所にウィルソンが鍬を持って現れた。

僕は早速ウィルソンに事の次第を説明し、緑丸くんが怒って居る事、刈り取られてしまった麦を返して欲しいと伝えた。

それに対しウィルソンは。

「おー!そうだった、そうだった!間違えて刈り取っちゃったって言ってたなー!それがキリキリムシ達の畑だったのかー!

よし、麦を返せば良いんだな!任せとけ!」

そう朗らかに答えるウィルソン。

間違った刈り取りはあったと把握していても、その場所は把握していなかった所を見ると、ウィルソンの大雑把さが伺える。

危うくキリキリムシ達との協定が崩れる所だったのだが。

「…ウィルソン。僕は、緑丸くん達の畑は育てても刈り取るなって事を、周知徹底する様に伝えてって言ってた筈だけど?」

僕の指摘を聞き、ウィルソンは少し面食らった様子で答える。

「勿論、伝えてたさ!キリキリムシ達の囮用の畑だから、実った後は手出しするなってな!」

「それは、ウィルソンが直接伝えたんだよね?誰かに話して置く様に、なんて事にはしてない?」

「え、いや…新しく来た女の子達には、男共に機会を与えようと思って任せたけど…」

「そう。それならそれで良いけど、伝えたって事をウィルソン自身は報告を受けた?」

「えっと…受けた様な受けてない様な…」

旗色が悪くなってきた事を感じ取ったのか、ウィルソンの笑顔がぎこちなくなっていく。

「どんな風に情報を伝達したのか詳細を報告させて、ウィルソン自身もその情報を共有してないと、周知徹底してるって事にはならないよね?」

「あ、いや…」

狼狽始めたウィルソン。僕は真っ直ぐウィルソンを見つめ返事を待つ。

答えられずに居る初老のウィルソンを、8歳の子供の僕が圧をかけて見つめて居ると言う構造は側から見て違和感の塊だろうな。

まぁ、ませた子供が大人を困らせて居るとも見えるかもしれないが。

答えられないでいるウィルソンを見かねて、僕は口を開く。

「ウィルソンの大雑把さは農業をしてくれている若い人達にとっては、取り付きやすいだろうし、働きやすいと思うよ。

無理強いで働かせて、恨みを買うよりずっと良い。

これからも、良い雰囲気で皆が働ける様に頑張って欲しいよ。

僕達の食を支えてくれて居る農民の皆は、僕達の生命線だからね。

でもね。キリキリムシ達との協定を結んでるからこそ、

僕達は毎年、期待値通りの麦を収穫出来てるんだよ。

そう言う意味では、キリキリムシ達も僕達の食の生命線なんだ。

キリキリムシ達をただの虫だからと侮って、対応を疎かにする様な事はしないで。

キリキリムシ達も僕達と同じくウェルス村で暮らしているんだから、敬意を払ってキチンと約束を守る様に言い伝えてくれるかな?」

長々として説教を終え、ウィルソンを見上げると真剣な面持ちで受け止めてくれて居る事が分かった。

そして。

「…分かった。二度と起こらない様に注意する」

「うん。お願いします」

理解してくれた事に安堵して微笑むと、ウィルソンも苦笑で返す。

「一応言っておくけど…刈り取ってしまった本人を必要以上に責めない様にね?

起きてしまってから結構経っている様だし、一度目でウィルソンが気が付けなかった事も原因だから。

少し注意する程度に抑えてね」

今回の事は、ウィルソンが農民達を管理出来ていなかった事がそもそもの原因だ。

注意事項を伝える事をウィルソンでは無く、別の人間に任せる事は別に良い。

ただ、伝えた内容をウィルソンが把握しておらず、また問題が起こった時になあなあで話を終わらせてしまった事が不味かった。

そこには少なからずキリキリムシ達への軽視が混じっている事も要員だろう。

尤も、彼らの声が聞こえるのは僕とレオンくんだけともなれば、無理のない事だが…。

しかし、それでもウィルソンが畑のどの部分を刈り取ってしまったのか把握していれば、そもそも僕達の通訳など必要なかった筈だ。

そこがキリキリムシ達の畑で、刈り取ってはいけないと分かっていたなら、刈り取ってしまった後でも返す事は出来たのだから。

まぁ、ウィルソンが理不尽に怒鳴りつける様な事をする男では無いと思っているが、念には念を入れておこう。

「…と言った感じに話をまとめたけど、緑丸くんとしてはどうかな?」

ウィルソンとの話し合いは終わりと判断し、頭の上の緑丸くんに意見を尋ねる。

「ふん!俺様は麦が戻るまで信用しねぇからな!」

ご尤も。奪われた財産が戻らない内は、許す事も出来ないだろう。

「分かった。とりあえず、最優先で刈り取った麦をキリキリムシ達の麦畑に戻してくれるかな?」

緑丸くんの意思をウィルソンに伝えると、パッと表情をいつも通りに切り替えて答えた。

「おう!分かった!じゃあ、取ってくるから待ってな!」

そう言って、ウィルソンは倉庫の方へ走っていった。

その後ろ姿を見送った後で、僕は緑丸くんに言う。

「ごめんね。見てた通り、ウィルソンにはキツめに言ったから、次は無いと思うよ。

だから、今回の所はこれで納得してくれないかな?」

「…ふん!次があったら、刈り取ったやつに群れ総出で攻撃するから覚悟しておけ!」

「…うん。まぁ、それは致し方ないね。それも警告として伝えておくよ」

他の麦畑に手を出してやる。と言わないだけ、まだ温情だろうな。

注意を聞いているにも関わらず、キリキリムシの麦畑と分かっている畑に手を入れたのなら、それはその人物の責任だ。

その人物にだけ報復すると言うなら、僕には止めようが無い。

僕達は共生しているのであって、お互いに搾取してはいけないのだから。

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