168.第26話 3部目 キリキリムシの畑


その日の午後。

昼寝から目覚めた僕は、すっかり和解した様子のお袋さんと神代の姿を見て安堵した。

お袋さんがお茶うけ…ではなく、牛乳うけとして出したクッキーを食べて、神代は物足りなさを訴える。

「うーん。これはこれで良いが、やはり甘味あまみが足りんなぁ…。

もっと甘味があれば、もっと高値で売れるものを…」

そう言いながら、大ぶりのクッキーをサクサクと食べ続ける神代。

彼は昔から甘い物には目がなく、”男なのに”などと言う人目も気にせず、菓子があれば素早く食い付いていた。

尤も、彼の子供時代に相当する昭和初期も、今のアロウティの砂糖事情と似通っており、高給取りで無ければ砂糖は手に入れるのは困難だった。

軍人となった青年時代でも同じ事だろう。上等兵の給料はそれほど高く無い。

恐らく、自分で甘味を買った事は数える程しかなかったのでは無いだろうか?

それを考えたら、神代が甘味を何よりも好むのも無理はない。

「ふふ。お父様は甘い物がお好きですものね」

「うむ。しかし、この国では砂糖は高い。今の村の財政では買う事は叶わんのだろう?」

「あ、それでしたら…」

神代の問いにお袋さんが答えそうになった所で、急いで僕は口を挟む。

「お祖父様。その辺りの事も含めて、村の状況をご紹介したいのですが、これからのお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

暗に案内役を買って出る事で、二人だけで話したい事も話しておきたいと伝える。

それを察してか、神代は食いかけのクッキーと飲みかけの牛乳を口に放り込み、素早く咀嚼し、すかさず飲み込んでから椅子から立ち上がった。

「うむ!見せて貰おう!」

意気揚々と僕の提案を飲む父の姿を見てか、お袋さんは少し戸惑う様子を見せた。

今の返事の仕方は、若干上等兵時代の神代が入っていたからな…。

「…では、外へ参りましょう」

僕が促すと神代はさっさと玄関へ向かい、外へ出て行ってしまった。

戸惑うお袋さんに行ってくると声をかけつつ、僕は家の外へ出る。

すると、護衛として家の前にずっと立っていたらしい、ブラウンさんに神代が何やら声をかけている。

少しすると、僕の存在に気が付いたらしく、ブラウンさんへの対応をそこそこにして僕の方へ歩いて来た。

「よし!では、案内して貰おう!」

「は、はい…。ええと、その前に…ブラウンさんは…」

離れた場所にいるブラウンさんに目をやると、困った様子でこちらの様子を伺っている。

すると、僕の視界が突然、上へ揺さぶられた!

「奴は留守番だ!村巡りは二人で行くぞ!」

気がつくと、僕は神代の片腕に乗せて抱えられていた。

8歳の子供を容易く片腕に抱えられる筋力は、歳の割りに素晴らしい事ではあるが、問題はその対象が僕であると言う事だ。

「えー…」

目を輝かせながら明後日の方向を見る神代の姿を見て、思わず困惑の声が漏れる。

幾ら、体面上は祖父と孫でも、意識が違う事を思うと微妙な感情にならざるを得なかった。

尤も、この姿を他人が見ても、ただ仲がいい祖父と孫にしか見えないだろうから問題はないのだが…。

元部下に抱えられる僕の身にもなって欲しい。

「さて、まずは何処から行く?」

僕を下すつもりの無さそうな神代を見て、諦めのついた僕は小さくため息を吐いてから答えた。

「そうですね…。まずは先ほど話していた砂糖について…」

と、まで口にした直後。

「テオーーーーー!てめぇ!今の今まで何処行ってやがったー!!」

「えっ」

聞き慣れた怒声に驚き、声がした方向を見ると身に覚えのある衝撃が顔面を襲った。

「あだっ!」

「テオ!?」

目の前で僕が仰け反ったのを見て、神代が驚愕の声を上げる。

少し離れた位置に居たブラウンさんも警戒体制を取っている。

そんな人間達の反応など意にも返さず、仰け反った僕の顔に緑丸くんがへばり付いた。

「やい!どういう事か説明しろ!!」

「み、緑丸くん…。それはこっちの台詞だよ…」

僕の顔面にへばり付いたキリキリムシの姿と、何やら独り言を言う僕自身を怪訝な表情で見る神代とブラウンさん。

緑丸くんの事情を聞く前に、二人に説明を…。

「何だと!てめぇだけじゃなく、あのヘラヘラも居なくなってた癖に、そっちが文句言える立場か!?」

緑丸くんが言った”ヘラヘラ”とはレオンくんの事だ。

理由は、いつも締まりのない笑顔で村の中をぷらぷらしてるからだろう。

しかし、二人が居ない事で緑丸くんが激怒するほどの事と言えば…。

「麦畑で何かあったの?」

僕の質問を聞き、緑丸くんは僕の顔面から上って頭の上に乗った。

そして、僕の頭で地団駄を踏みながら言う。

「分かってんなら早く返せ!!」

「返す?僕たちの中の誰かが、緑丸くん達から何か奪ったの?」

「麦だ、麦!見覚えのない人間の雌が、俺様達の麦畑から刈り取って行きやがったんだよ!!」

「見覚えのない女性…。と言う事は引っ越してきた女性の誰かか…」

現在、ウェルス村の人口は38名となっている。

レオンくんたち元盗賊の皆が加わってからの1年の内に、ミラー家で次男長女が誕生した分を含め12名増えている。

実際には10名ほどの大人がグレイスフォレストから移住してきており、建築、養鶏兼狩り、農業へと人員が分けられている。

件の見覚えのない女性と言うのは、農業を請け負ってくれている女性3名の人達の事だろう。

ウェルス村から、売れそうな商品をエヴァン経由で売りに出していた中で、

グレイスフォレストで職から溢れている三男坊や三女と言った人々をウェルス村で働かせられないか?とエヴァンから提案されたのである。

尤も、エヴァンも持ち掛けられた話を橋渡ししてくれた感じだった。

エヴァン自身も結婚するまでは手に職を得られない状況だったと聞いた事があるし、親近感から話を持ちかけてきたのだろう。

とまぁ、その結果、現状のウェルス村は38名の住民が暮らしている。

引っ越したいと希望する人材はまだ居る様なのだが、際限なく受け入れていては村が破綻するため、現在は様子を見ながら受け入れて居ると言った所だ。

さて、問題はその引っ越してきた女性の3名の内の誰かが、不可侵領域に手を加えてしまった事なのだが…。

「育てるだけ育てて放って置く様に、周知徹底しろってウィルソンに言ってある筈なんだけどなぁ…」

元盗賊の男達が農業に準じる時にも、言って置く様にウィルソンに伝えて、その後で問題が起きた事はないんだけどなぁ。

「なら何で俺様達の畑が荒らされてんだ!!」

「うーん…現場の様子とウィルソンから話を聞かない事には分からないね」

緑丸くんの話だけで判断するには情報が少なすぎる。

荒らされた。と言うのもどの程度なのか気になる所だ。

「きぃィぃ!!早く、俺様達の取り分を返せ!約束破ったらただじゃおかないからな!」

「分かってるよ。僕たちも食い扶持を食い荒らされるのは困るからね」

と、そこまで会話をして、僕はフと神代を見た。

困惑した表情で神代は僕を見て居る。

近くにブラウンさんも居る事から、僕は軽く現状を説明する事にした。

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