167.第26話 2部目 贖罪の条件
神代の単刀直入な言葉を聞き、アメリアは目を見開いて驚いたが、直ぐに言葉を返した。
「…はい。私は罰を受ける覚悟は出来ております。ただ…」
「…ただ?」
アメリアの言葉の意味を神代が聞き返すと、意を決した表情でアメリアは言った。
「今回の件、全ての責任は私にあります。どうか、ネッドはこの村へお返し下さい。
このウェルス村にはネッドが必要なのです。
そして、子供達もこの村で育つ事をどうかお許し下さい。
都合の良い事を言っているとは承知の上で、どうか罰は私一人だけに…!お願い申し上げます!」
深々と頭を下げて言うアメリアの姿を、神代は苦い顔で見つめる。
アメリアも、ネッドも、お互いと子供達を守るために自分だけが犠牲になる事を望んでいる。
その事実が紛れもなく二人が想い合っている事を示しており、神代は複雑な思いだった。
だが、だからと言って、はいそうですか。と許す訳にはいかない。
アメリアの我儘で家出をしたにせよ、ネッドが独占欲を出した結果にせよ、二人が神代家に多大な迷惑をかけたのは間違いないのだから。
どちらか片方にだけ罰を与え、許す事は最早出来ないのだ。
「そう思うなら、何故自らの意思で帰って来なかった?」
神代の痛烈な問いにアメリアは身体を強張らせた。
帰ろうと思う瞬間はこれまでに幾度も合った筈だ。
ネッドと各地を旅していた期間に。
テオを妊娠した際に。
ウェルス村で苦しい生活を送りながら、子育てしている時に。
そして、ネッドが連行されていく瞬間に。
何度もその機会は合ったのだ。しかし、アメリアはその選択をしなかった。
今更、自分だけが罰を受けるから他は許してくれ、なんて事は虫の良い話なのだ。
そうしてこなかった理由を神代に問われ、アメリアは苦しげに答えた。
「…令嬢としての生活よりも、平民の妻としての生活の方が、生きている実感を得られたからです」
生きている実感。と答えられ、神代はガツンと頭に衝撃を受けた。
それはつまり、神代侯爵の娘として生きていた時よりも、幸せだからと言われた様な物だからだ。
どんなに不自由な生活を強いられても、愛する夫と子供達に囲まれ、親切な隣人達とウェルス村を支えていける事は、アメリアにとってこれ以上無い生き甲斐なのだ。
それを取り上げられそうになった今、ネッドを犠牲に捧げて自分はのうのうと生きて行くなんて耐えられそうにない。
それならば自分だけが犠牲となり、家族はウェルス村で平穏に暮らして行って欲しい。
遅すぎた贖罪として、どんな罰も受ける覚悟だが家族は見逃して欲しい。
アメリアの言い分はそう言う事なのだ。
「…そうか。実に虫の良い話だ。だから、お前の望む様な形で罰など与えてやらん」
「お、お父様っ!」
きっぱりと言い分を切り捨てられ、アメリアは焦りの表情で神代に縋った。
それに対し、神代は続けて言う。
「ネッドには、このウェルス村をグレイスフォレスト以上の街にすると言う罰を与える」
「…えっ?」
神代の言葉の意味が汲み取れず、アメリアは困惑した。
「ネッドにその才が無いと判断した時、離縁させて、お前と子供達は神代家に連れ戻す。
それが嫌なら、お前はウェルス村の村長の妻としてネッドを支えなさい。
それが、お前への罰だ。異論は認めん。…いいな?」
最後の問いかけに父としての甘さが見える罰の内容を、アメリアは必死に理解しようと頭を動かす。
少しして内容を理解したアメリアの表情は、先ほどと打って変わって明るいものとなり、笑顔で神代を見つめた。
「はい!お父様のお望みのままに、必ず、ネッドの妻としてウェルス村を立派な街にしてみせます!ありがとうございます、お父様!」
ネッドがウェルス村へ帰ってくる。返して貰えるのだと理解し、アメリアは心から喜んだ。
だが、神代は喜ぶアメリアにもう一つ条件を告げる。
「ただし。テオの力を借りる事は一切許さん。ネッドの判断の元でウェルス村が発展しなければ私は認めん。
そして、テオには成人するまで学園へ行って貰う」
テオを学園へ。その一言を聞き、アメリアはまたも表情を暗くさせた。
「つまり、お兄様方のどちらかの養子に…と言う事でしょうか…」
ネッドがウェルス村へ帰ってくる条件として、テオを我が子とは呼べなくなる事にアメリアは悲観する。
まるでテオを人質に差し出し、ネッドを返して貰う様な条件だと感じた。
すると、アメリアの思いを察して神代は言う。
「いや。テオには平民の子として学園へ行って貰わなければ意味が無い。
よって、神代家の養子となる事はない」
「平民の子として?けど、学園は貴族の子供しか入学出来ない筈では…」
学園の仕組み上、平民が入学出来る術は無いとされている。
故に”学園”とは貴族の物であり、平民には関係のない物と言われ続けて来た。
しかし、神代はその仕組みに亀裂を入れようとしているのだ。
…中隊長が言われた事を実行するために。
「心配は要らん。今、裏でハリーとフレディを動かし、テオが学園へ入れる様に手筈を整えさせている。
神代家が後ろ盾となり、テオを平民の子として学園へ入学させる。
尤も、私の孫である事は隠せん。余計なやっかみを、外からも身内からも買う事になるだろうが、テオならば問題にもならん筈だ。
中途入学だろうと、今年の後期までに初等部1、2年の授業内容などテオならば直ぐに理解する。
いっその事、中等部1年までの授業内容を覚えさせて…」
自信満々と計画を話す父の姿を見て、アメリアは驚く。
「…お父様は随分とテオを評価されているのですね」
ドキッと心臓が跳ねる感覚を覚えながら、神代はしれっと答える。
「転生者である事もそうだが、テオはこの私に臆さず意見した見込みのある男だ。学園へやらずにいたら、宝の持ち腐れだろう」
嘘と本音を織り交ぜながらアメリアの疑問に答えると、アメリアはぱぁっと顔を明るくさせて言った。
「正しくその通りです!テオは優秀な子ですもの。…きっかけはどうあれ、テオに勉強出来る環境を与えてあげられるなんて、親としては嬉しい限りです」
絵本一つ買い与えても、それではテオに十分な勉強をさせてやれない。
その事をアメリアとネッドは悔やんでいた。
このままでは、自分達ではテオの可能性を潰してしまう。
テオにはもっと広い世界を見せて、可能性を広げさせたい。
勿論、テオの弟妹であるアインとスミレにも。
そのためには、今回の条件は願ったり叶ったりなのだ。
しかし、平民の子として。とは本当に大丈夫なのだろうか?と言う不安も浮かぶ。
「お父様。テオは本当に私達の子供として学園へ入学出来るのですか?
ただでさえ、テオは8歳で中途入学が避けられません。
貴族の子供としてなら、ある程度は寛容されるでしょうが平民の子としてなんて…」
テオが学園で誹りを受けるのは必定だろう。
アメリアは、かつて自分が受けて来た思いを、テオには受けさせたくはないのだ。
その思いに対して、神代は答える。
「お前が思う様にテオが批難の声を浴びる事は避けられんだろう。
だが、それで折れるほどテオはヤワでは無い。むしろ、相手にもせん。
学園で得られる事を思えば、テオは批難などモノともせんさ」
「ですが…」
かつての上官であったテオの性格を読んで、問題ないと豪語する神代の言葉を聞いても、アメリアは不安が拭いきれない様子で食い下がった。
そんなアメリアに神代は更に言葉を重ねた。
「それに、お前達の子供としてで無ければ、学園へなど行きたく無いと言ったのもテオだ。
それはつまり、お前達の子供として学園に行くなら、やぶさかでは無いと言う事。
ならば、喜んでテオ・”ミラー”の名前を学園の歴史に刻むだろうよ」
そう言い切って神代は不敵にニヤリと笑った。
神代の言葉を聞きアメリアはスッと不安が消えた。
テオ自身が、アメリアとネッドの子供であり続ける事を望んでいる。
その事実だけでアメリアは嬉しく、誇らしく思えた。
「…お父様、分かりました。どうか、テオをよろしくお願い申し上げます」
アメリアは再び頭を深々と下げて言った。
その姿を見て、神代はアメリアの肩に手を置いて言う。
「任せなさい。…お前の時の様な事をテオの身には起こさせん。絶対にだ」
力強い父の手から、アメリアが受けて来た苦難に対し怒りを燃やしている事が伝わって来て、アメリアは嬉しさに涙を流すのだった。
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