166.第26話 1部目 あばら屋
母方の祖父である神代と共に、ウェルス村に帰って来た僕は久々の我が家に足を踏み入れた。
レオンくん達がウェルスで暮らす様になってからの1年の間に、ウェルスの各家は少しずつ見た目を変えている。
特に各家の床は土間から、割った石をタイル状に並べて隙間をモルタルもどきで埋めた事で、石床に変わった。
これは、村の公衆浴場である銭湯の風呂場の床と同じ仕様だ。
あと、細かい所で玉鋼を作る過程で余る普通の鉄を使って、工具や調理器具なども増えた。
特にレオンくんが所望した製品が多く、フライパンは基本として、お玉やヤカンと言った少し形状の難しいもの。
鉄製や、川で採れた粘土を形成して作った陶器のコップなども作り、作業場や縫製所に看板を設けるなどなど…。
とにかく、レオンくんが思い付いた物を片っ端から作らせていくと言う構図が1年ほど続いていた。
そう言った意味でもレオンくんは村の発展に手を貸してくれている。
まぁ、それでもまだまだ発展途上の村には変わらないのだが…。
ミラー宅に足を踏み入れた神代は、複雑そうな顔をして家の中に目を配っている。
愛娘が住んでいる家が想像以上のあばら屋で驚いたのだろうなぁ。
「ー…お父様。どうぞ、席に着いて下さい」
お袋さんはそう言いながら、一脚の椅子を手前に引いて神代に声を掛けた。
「大したものは出せませんが、精一杯お持てなしさせて頂きますわ」
微笑みながら言うお袋さんの顔を見て、また男泣きしそうになる神代を横目に、僕は寝室の扉を開ける。
腕に抱えたアインをベッドに寝かせる為だ。
「母ちゃん。アインとスミレ、昼寝の時間で大丈夫?」
「えぇ、そうね。リズちゃん、スミレも寝かせて置いて頂戴」
「はーい!」
スミレを抱えたリズと一緒に寝室へ入り、二人をベッドへ横たわらせる。
じっと僕の顔を見てくるアインに、両腕両足を元気にバタつかせるスミレ。
直ぐには寝そうにないが、お袋さんと神代が二人で話す環境を作るためにも、僕が寝かし付けなければ。
…おっと、その前に。
「ありがとう、リズさん。もしかして、僕たちが出かけてる間、家の事手伝ってくれてた?」
「ふふふー!勿論よ!アメリアさんが困ってたら手伝うのは当たり前でしょう?
そ・れ・にー!アインちゃんと、スミレちゃんの着せ替えし放題で楽しかったし!全然、大変じゃなかったよー!」
…あぁ。見覚えのない服を二人揃って着せられているのは、そう言う事か。
弟妹は僕の代わりに、見事、着せ替え人形の役割を担ってくれていたらしい。
これからもそうであって欲しい所だ。
二人には…特にアインには申し訳ない所ではあるが…。
「あ、テオくん!テオくんも後で縫製所に来てね!新作沢山出来ててー…」
「ふわぁ。アァ、ネムイナー。ボクモ、フタリト、ネヨウカナー」
我ながら見事な棒読みだったが、何とか誤魔化して僕はリズを玄関先まで見送った。
渋々と言った様子で帰っていくリズ。
最後に念押しするように縫製所に来てくれと言われたけど、どうしたものか…。
とりあえず、今は考えないでおこう。
居間へ戻りつつ、僕は二人に声をかける。
「僕も少し疲れたから、二人と一緒に昼寝するね」
「えぇ。ゆっくり休んでね。二人がぐずったら、声を掛けて?」
「うん。…それじゃあ、お祖父様。失礼します」
「お、おぉ…」
我が家での僕の態度に違和感を覚えているらしい神代が、歯切れの悪い返事をしたのを聞きつつ僕は寝室へ入った。
双子の赤ん坊には広いベッドでゴロゴロしている様子を見て和みつつ、僕は二人の真ん中に入って、二人を抱きかかえた状態で横になった。
約5日ぶりの我が家の空気に心底安堵しながら、僕は二人をあやしつつ眠りにつくのを待った。
テオが寝室へ入って行くのを見送りながら、台所で何やら持て成しの用意をしているアメリア。
その後ろ姿は記憶の中の娘と違い、すっかり大人の姿をしている。
いや、正確には家出した当時のアメリアは16歳だったため、この世界の基準では成人していたのだが…。
神代の感覚としては16歳はまだ子供の内であり、保護する対象だったのだ。
それが今や三児の母とは…。
立派になり、にこやかに振る舞う娘の姿を見て、神代の目頭がまた熱くなる。
込み上げる物を押し殺しながら、神代はアメリアに声を掛けた。
「…お前達の事はテオから聞いた。テオ自身の事もな」
一瞬、用意する手が止まったアメリアだったが、直ぐに再開し答える。
「そうでしたか…。私達の事だけで無く、あの子の事まで…」
転生者である事を常日頃から隠したがっていたテオに、自ら秘密を打ち明けさせてしまった事にアメリアは罪悪感を覚えた。
すると、神代が言う。
「よく、放り出さずに育てたな」
背中から聞こえてくる父の声は、意外そうにも、感心してるようにも聞こえた。
転生者の存在は稀であるが、その存在は周知されている。
転生者特有の女神の印に加え、前世の記憶があると言う理由から、
世界中に現れる転生者の親の中には気味悪がって放り出す者も居る。
その点に於いて、アロウティ人は転生者や転移者には寛容であるため、それほど嫌悪の対象にはならない。
むしろ、同じ転移者が嫌悪する事の方が多いのだ。
アメリアの目の色を差別した様に…。
「我が子ですもの。当然ですわ」
そう言いながら、アメリアは笑顔で振り返った。
心の底からテオを想って言っている事が分かり、神代は釣られて微笑む。
持て成しの用意が出来たらしく、アメリアは片手に陶器のコップ、片手に陶器の皿を持ってテーブルへ運ぶ。
「お待たせしました」
神代は目の前に出された、飲み物と菓子を見て思わず首を捻った。
コップに入れられた白い飲み物。そして、皿に盛られた大ぶりのクッキー。
「牛乳がまだ合って良かった。あ…でも、牛乳クッキーに牛乳は牛乳が過ぎるでしょうか?」
ゲシュタルト崩壊しそうな言い回しをする、我が娘を前に神代は苦笑する。
「私は構わんが…今後の客人に出す物はもう少し一考しなさい」
父親らしく注意した後で、神代は牛乳を口にした。
父の注意を受け、アメリアは苦笑して言う。
「申し訳ありません。この村の財政では紅茶と言った高級品は購入出来ないもので…」
相手が父とは言え、侯爵を言う地位を持った貴族である事から、
アメリアは平民には手が出せない紅茶を例に出して、それ相応の持て成しが出来ない事を詫びた。
それを聞いた神代は手元の牛乳や、クッキーを見て一考する。
「…紅茶、か……」
「?。どうされましたか?」
「いや。気にするな。それよりも…」
コップを置き、神代はアメリアを真っ直ぐ見て言う。
「お前の無事も確認出来た所で、今後のお前達に対する処遇について話がしたい」
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