165.第25話 5部目 神代親子


「神代。侯爵としてのお前の話は分かったが、軍務大臣としてのお前の役目も聞いて良いかな?」

「っ。は、はい。勿論です」

気を取り直した神代は僕の問いに答えた。

軍務大臣を務める神代の役目は、各地の領地に騎士団を派遣し管理しながら、犯罪の摘発や治安維持をさせている。

正式には憲兵隊と呼ばれる騎士の集団だそうだが、神代としては軍隊警察と言った印象が強いらしく、騎士団と言う言い方をしているらしい。

実際には、一般警察も担う憲兵隊であるため国家憲兵隊の立場だとか。

それらの管理に加え、国防や、国軍の軍力強化、それに伴う実験などを行なっている。

神代が持つ私兵団で軍力強化に於ける実験を最前線で行なっており、その結果により国に提案書を提出しているらしい。

各地の騎士団…憲兵隊で有力性を認められれた上に、皇帝の認可が降りれば正式に軍備に加わるそうだ。

そして、現在、神代が私兵団で行なっているのが、軽装備での軍力強化である。

そのやり方は、全盛期の神代が行なっていた方法そのものなのだが、魔法含め装備を使いこなせる人材が居らず、徐々に育てる他ないと神代は言った。

重装備の相手に対して、軽装備で挑んで勝てる人材を育てるのは中々に骨が折れるだろう。

神代は自分が出来たんだから、今の若い奴らにだって出来る筈だと豪語するが、流石にその言い分が無理がある。

一騎当千な戦果を上げた神代と同じ戦力になれとは、無茶振りだ。

重装備に対して機敏に動けるのは利点だろうが、重い一撃を一度でも貰えば重傷は避けられないだろうし…。

そういえば。

「ー…軽装防具の他に転換魔法で強化をさせていると言っていたけど、その内容は?」

以前に親父さんとレオンくんが戦闘した時の様子を聞いた感じでは、筋力強化?や目の強化などと言った事をしていたそうだが…。

「ブラウン達には、身体強化と痛覚無効の転換魔法を使わせています」

痛覚無効。

その言葉の響きだけで僕を嫌な気持ちにさせた。

恐らく、その言葉通り、人間に備わっている痛覚を一時的に感じさせない様にする転換魔法なのだろう。

しかし、それは人体の危機を知らせる機能を無くしているのと同義であり、危険な魔法としか思えない。

痛みもなく知らない内に死んでいた、と言う事になるだろう。

今にも死にそうな人間に慈悲として施すならまだしも、戦う兵士に施す魔法ではない。

ただでさえ死ぬ可能性があるのに、更に無駄死にしかねない状況に追い込んで何になるのか。

それが伝わったのか、神代の顔に焦りが出る。

「む、無理がある事は重々承知しています。ですが、軽装備で戦闘を行うには、今の所それしか方法が無く…!」

必死の弁解を聞き、僕は静かに息を吐く。

「…納得は出来ないが、とりあえず今は良い。話を続けようか」

「あ、ありがとうございます…」

…とは言ったものの、神代が言う様に現状の技術では、転換魔法による強化に頼るしか無いのだろうなぁ。

軽くて丈夫な防具を作るには凡ゆる壁があるだろうし…。

異世界の文化を無用に取り入れる訳にはいかないと言う制約もある。

しかし、防具はともかく武器に関しては、現状の弓からもう少し取り扱いやすい武器に変える事は可能の筈だ。

重火器などと言った武器こそ、異世界文化による蹂躙になるだろうし、生産も扱いも難しいだろう。

使用したい近接武器に日本刀を望む割に、遠距離武器に重火器を望むのは神代がその当時の軍人だったからだろうが、思考がそこで止まってるのは何故なのか?

僕は考えた末に神代に問う。

「神代。そもそも、何故、重火器なんだ?ボウガンじゃ駄目なのか?」

そう。いっその事もっと歴史を逆行して見れば良いのだ。

と言うより、歴史をなぞると言うべきだろうか?

ともかく、ボウガンならば弓の仕組みを半自動化した物だから

受け入れやすいだろうし、訓練によっては十分な軍事強化になる筈だ。

少なくとも遠距離攻撃が弓矢や魔法しかないなら、ボウガンは有効な手だと思うのだけどなぁ。

僕の問いを受け、神代は渋い顔をした。

「…その選択は現状のアロウティでは叶えられないかと……」

「何故だ?」

「無闇矢鱈に樹木を消費する訳にはいかないからです」

その答えを聞いて、僕はハッとした。

僕が尤も気になっていた”植林”問題に大きく関わる雰囲気を感じ取ったからだ。

聞くなら今しかないか…?

僕は意を決して切り込む。

「神代。何故、アロウティでは…」

そこまで言った所で馬車が止まった。

何事かと思い窓の外に目を向けると、見慣れた風景が広がっていた。

草原の向こうに広がる木々。

ぽつりぽつりと立ち並ぶ古めかしい民家。

長閑な時間が流れる雰囲気。

そう。ウェルス村に到着したのである。




開けられた馬車の扉から外に出ると、変わらないウェルスの風景が広がっていた。

やはり、森に囲まれた場所に戻ってくると、胸がすく思いを感じるなぁ。

…神代に訊こうとした事は、また後で聞く事にしよう。

今は、帰ってきた故郷での事を優先しなければ。

「テッちゃーん」

真っ先に僕を呼んだのはレオンくんだ。

心なしかレオンくんの足取りが軽く見える。

「やっっと帰って来たって感じだなー!」

「離れてた時間は5日ほどだけど、不思議と安心するね」

「だよなー」

二人揃ってウェルスを見渡して、ホッと息を吐く。

すると、馬車から神代が降りて来て言った。

「最後の砦、ウェルス村か…」

意味深な発言を怪訝に思った。

最後の砦?一体、どう言う意味だろうか。

強烈に気になった僕は神代に質問しようとしたが…。

「テーオーくーん!!お帰りなさーい!!」

聞き慣れた声と話し方に言葉は遮られた。

声のする方を見ると、ミラー宅の方面から全力で走ってくるリズの姿が見える。

「うわ、リッちゃんだ。…何か、持ってねぇ?」

「う、うん…」

か、帰って来て早々、着せ替えされるんじゃないよな…?

気持ち戦々恐々としてると、リズは僕の目の前に屈み、持っているものを見せながら言う。

「お兄ちゃん帰って来たよー!嬉しいねー!」

その言葉に嫌な予感がして、リズの腕の中に視線を向けると…。

「え。えぇ!?ちょ、リズさん!アイン抱えて走ってたの!?」

「うっそだろ、お前!どんだけ命知らずだよ!」

「大丈夫!アインちゃんはテオくんが帰って来て喜んでるよ!」

「相変わらず話通じねー!!」

帰って来て早々に肝を冷やされるとは思わなかった。

幸いにもリズに抱えられているアインは無事の様だ。

目が合うと嬉しそうに笑いかけて、腕を伸ばしてくる。

「あっ。お兄ちゃんに抱っこされたいみたい!はい!」

そう言いながらリズは勢いよく僕にアインを渡した。

また肝を冷やしながら慌てて受け取ると、アインに顔をぺたぺたと触られた。

…帰って来たんだなぁ。

そうして、アインの顔を見て和んでいると。

「お帰りなさい。テオ。レオンくん」

リズの後を追う様にして、ゆっくりと歩いてくるお袋さんの姿があった。

その腕にはスミレが抱かれている。

「ただいま」

「アメちゃん!たっだいまー!」

僕の返事に続いて、レオンくんがお袋さんの出迎えに嬉しそうに返事をすると、お袋さんは微笑み返した。

しかし、僕の背後に立っていた人物に目をやってお袋さんは顔をハッとさせる。

少し迷う様子を見せたがリズにスミレを預けると、

いつもと違う顔付きで僕の直ぐ横まで歩いて来た。

遂に神代親子の対面である。

「…ご無沙汰し、申し訳ありませんでした。…お父様」

目の前にいる神代に対し、侯爵令嬢らしく片足を曲げながら、お袋さんは深々とお辞儀をした。

綺麗なお辞儀は誰がどう見ても、育ちが良いお嬢様のものだ。

愛娘の姿を9年ぶりに見た神代は、泣くのを我慢する様にしかめ面になって言う。

「…息災だったか」

「はい。凡ゆる人々の助けを得て、今日こんにちまで大きい病一つせず、生き延びて参りました」

頭を下げたまま答えるお袋さんと、しかめ面で問う神代。

親子の対面としては実に堅苦しく、周囲の人間に緊張感を持たせた。

だが。

「そうか。……アメリア…幸せか?」

戸惑う様な質問を投げた神代に、お袋さんは体制を直し、顔を上げる。

「はい」

短く、しかしはっきりとお袋さんは微笑んで答えた。

その顔を見て堪えきれなくなったか、神代はしっかりとお袋さんを抱きしめた。

突然の事に面食らうお袋さん。

「…すまなかった…っ」

噛み締める様に謝る神代。その肩は揺れている。

その言葉を聞き、お袋さんも神代を優しく抱きしめ返す。

「…私こそ…心配を掛けて、ごめんなさい」

そう言うお袋さんの目にも一粒の涙が浮かんでいた。

9年もの時間を経て、この親子は分り合う事が出来たのだろう。

そして、これからもっと話し合う事が出来る筈だ。

恐らく離れていた9年間は、この親子にとって、きっと必要な時間だったに違いない。

その結果生まれたモノ達にとっても、決して無駄な9年間ではなかった筈だ。

神代親子が無事に対面を果たした事で、これからの未来は大きく変わって行くだろう。

その選択も僕達次第である。




第25話 完

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