164.第25話 4部目 【英雄】神代 勇
ロールルを出発した馬車の中。
再び斜め向かいに座り合った僕と神代は言葉を交わす。
僕が見て来た日本での話を一通り終えた後で神代に問う。
「ー…こちらに来た後の神代の話を聞いても良いかな?」
「…。そうですね。お話ししておきましょう」
そう言って、神代はイモンディルアナに召喚されてからの事を語り始めた。
ー…戦時中にイモディルアナに召喚された神代 勇。
しかし、神代を召喚したアロウティもまた戦時中であった。
アロウティをこの窮地から救って欲しいと願った当時の皇帝。
それに対し、元の場所に戻して欲しいと願う神代。
だが、戻れる場所は神代が足を挫き取り残された戦地。
生き残れる可能性が極めて低く、アロウティに来た時の記憶も無くなると知り、神代は生き延びる可能性が高い方を選んだ。
その結果、神代は正式な騎士では無いものの、軍人の名をそのままに戦争に参加する事になった。
召喚されると同時に持ち込まれた重火器や防具のまま戦争に参加したが、重火器は弾切れや整備不慮で直ぐに使えなくなり、
防具もまた剣や弓で戦争していたアロウティでは、却って危険だった。
異世界人の特権である、元素魔法と転換魔法の使い方を学びながら、軍事力不足が嘆かれるアロウティでどうにか生き残ろうと必死に食らい付く。
その後ろ盾を買って出た貴族が一人。
名前をケリー侯爵と言い、大陸西の海際に位置する土地を領地に持ち、戦争に於ける激戦地に立つ騎士だった。
そして、神代もケリー侯爵領での戦争に多く参加していた。
剣を片手に、背中に弓を背負い、最低限の防具を身に付け、
元素魔法で敵を吹き飛ばし、燃やし、埋め、水責めと何でもした。
転換魔法で自身の筋力強化や体力強化をしては、戦地を駆け回り、飛び回り、敵も味方も翻弄する動きを見せた。
常人離れした動きで戦場を制した神代は、後に”アロウティ防衛戦の英雄”と呼ばれる事になり、歴史上の人物として現在も語り継がれている。
そんな英雄の存在にアロウティは畏敬の念を注ぎながら、各地の戦場での活躍を望んだ。
神代は望まれるままに戦場に赴き、各地の騎士に戦闘訓練も同時に行なっていく。
そんな中で、敵軍の侵攻情報を掴んだアロウティからの要請で、神代は活動拠点としていたケリー侯爵領とは正反対の土地へ向かう事になった。
事実、敵軍の侵攻作戦は行われたが、神代の策戦により防衛に成功した。
しかし、その裏でケリー侯爵領が敵軍に攻め落とされると言う悲劇が起こる。
恩人の危機を知った神代は、急ぎケリー侯爵領へ向かった。
見知った土地の酷い惨状を目の前にし、神代は劣勢の状況を覆すほどの猛攻を見せ、敵軍をケリー侯爵領から追い出す事に成功。
しかし、恩人ケリー侯爵は既に戦死していた。
領主を亡くしたケリー侯爵領の管理に困った皇帝は、一時的に神代に領有権を譲渡。
その後、ケリー侯爵領を守り切り、アロウティも防衛しきった状態で、防衛線は終戦した。
侵略国との和平を結び、危機を乗り切ったアロウティは英雄・神代を称えた。
褒賞として貴族位を賜る予定だったが、それを上回る褒賞が神代を待っていた。
それは、一時的に領有権を保有していた筈のケリー侯爵領を、ケリー侯爵令嬢と結婚する事で正式に領主として着任する事だった。
それが褒賞となり、神代は一代にして侯爵にまで成り上がったので有る。
本来ならば直系であるはずのケリー侯爵令嬢の元に婿入りと言う形で結婚する筈だったが、周囲の同意や空気から神代の名前を後世に残すべきだと判断され、ケリー侯爵領から神代侯爵領に変更となった。
異例の事態に反対する人間も多くいたが、神代の功績が非常に大きく決定を覆せる人間が皇帝以外には存在していなかった。
むしろ、当時の皇帝や皇太子が神代を支持していたために叶った異例だったと言える。
こうして神代は日本で上等兵の立場だったにも関わらず、アロウティに召喚されて生き残ったら侯爵にまでのし上がると言う快挙を成した。
そして、現在。
神代は侯爵だが軍務大臣も務める、国の重鎮となっており領地よりも首都に居る事の方が多くなっている。
それでも領地経営に問題がないのは、偏に神代の妻の存在が大きい。
周りの推しに負けて侯爵領を継いだものの、上等兵であり軍人の神代に領地経営は厳しかった。
しかし、妻が領地経営を学んでいたため、大半を妻に任せ、重要な案件や了承の印を押す役目は神代が担う事で、上手く回して来た。
今では、長男が妻から領地経営を叩き込まれているため、長く領地を空けても問題無いくらいに任せられる様になっている。
生前領地継承が出来るなら、そうしたいと思うくらいに立派に成長した。
領地への不安が無い現在の神代にとっては、軍事問題の方が重要だと考え、1年の殆どを首都で過ごし国軍基地で業務に当たっている…ー。
神代が自身の半生を語り終えると苦笑して言った。
「生き残る事に必死になっていたら、柄にも無い立場に立ってしまいましたよ」
神代としては、戦争が終わったら一時的に預かっていた領地を返還するつもりだったのだろう。
領地経営が出来る訳ないと分かっていただろうし。
だが、いざ戦争になったら敵軍がこぞって攻めてくると思われる場所を任せられるのは、戦争に慣れた神代しか居ないと判断されたのだろうな。
「立派じゃないか。中々出来る事じゃないよ」
「そうでしょうか?領地経営は妻に任せっぱなし。
長男の教育も含め、家の事は殆ど妻に仕切らせました。
アメリアの事も…軍務に掛かりきりで、俺は何も知らなかった…」
そう言いながら、神代は悔しそうに拳を握り締める。
お袋さんが自分から遺伝した黒目で、苦しんでいた事実が神代を苦しめているのだろう。
「それを言ったら、僕も仕事にかまけて家の事は千代子に頼りきりだったよ。
それ所か、会社の事で千代子に心労を掛けた事もあるしねぇ。
子供の事もちゃんと見れてやってたか、僕には分からない。
…何も、神代だけがそうじゃないさ」
何事も完璧な人間など居ない。
親だろうと、子だろうと、完璧で居られるなど出来はしない。
大事な事を見逃す事もある。それを知った時にどうするかは、人次第だ。
そして神代は今、見逃して来た出来事を直視するべくウェルス村へ向かっている。
結果がどう転ぶかは分からないが、やっと愛娘に会えるのだから成果は得られるだろう。
それが神代の望みではないだろうか?
身を切った僕の発言に対し、神代は微笑んだ。
「…はい」
静かに短く返事したのを聞いて僕は言う。
「それに、神代は今もケリー侯爵への恩を返している途中なのだろう?」
「…え?」
僕の問いに目を丸くする神代。
僕は続けて言う。
「幾ら後ろ盾をしてくれていた貴族と言えど、激戦地である領地を娘ごと貰い受けるなんて、よっぽどの覚悟じゃないか。
僕はお前を救えなかったけど、ケリー侯爵に救って貰ったんだろう?
だから、領主を引き受ける事にした。中々出来る事じゃないさ。
いつか、神代領地にお邪魔する事が有ったら、墓参りに行かせて貰いたいな。
僕に救えなかった神代を、この世界で救ってくれた事の御礼を伝えにね」
神代から聞いただけでしかケリー侯爵を量る事は出来ないが、かつての部下を助けて貰ったのは事実だ。
その事だけでも御礼を伝えたい。
故郷で僕は神代を助ける事が出来なかった。
救えなかった部下は神代だけでは無いが、神代だけでも、こうして生き延びてくれた事を誇りに思う。
そして、その助けとなってくれたケリー侯爵には、僕の悔しさを救って貰った気持ちだ。
是非、墓参りをしたい所である。
「…そ、んな事を思う必要は無いですよ」
言葉を詰まらせながら俯く神代。
…神代を救えなかった僕がケリー侯爵に御礼を言う事自体が無礼か?
「流石におこがましかったか。すまん」
「なっ…!そ、そうではなくて……」
否定してくれたが神代は言葉を詰まらせて、それ以上の事は言わなかった。
…いつか、ケリー侯爵の墓までの案内を頼む事にしよう。
尤も、今はそんな暇ないのだが…。
俯く神代を見て、僕は話題を変えた。
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