163.第25話 3部目 リョウ


翌日。

出発する一行を見送りに、リョウが準備中の食堂から姿を現す。

神代に礼をしつつ、エヴァンやテオに声を掛けていく。

最後にエヴァンの荷馬車に向かうレオンを呼び止めた。

「レオン」

「あ?なに?もう行くんだけど」

呼び止められたレオンは怪訝そうにしながら、リョウと向かい合った。

目の前に立っているレオンを見てリョウは言い辛そうにもごもごし始める。

「あー…その…」

「何だよ!?もう行くって言ってんじゃん!早く言えってー」

ハッキリしないリョウに苛立つフリをしながら、言葉を急かすレオン。

それに対しリョウもイラッとした様だったが、気を取り直して用件を伝えた。

「ありがとうな」

「は?何が?」

「昨日の夜、神代さんとの言い合いで怒ってただろ。それだよ」

説明を受けたレオンは合点が行った。

つまりリョウは味方になってくれた事に対して礼を言っているらしい。

「別に。聞いてたら腹立っただけだし。結局、金持ちだけが貧乏人を好きに出来んだって考えたら誰でも腹立つだろ」

本音を語るレオンに同意しながらリョウは言う。

「まぁな…。その中でも神代さんはマシな方だけどな」

「うわ、コーシャクさまに対して上から目線とか良いわけ?」

にやにやと意地悪く笑いながら、空かさずリョウを責め立てる材料にするレオンにリョウは静かに返す。

「実際、マシだからな。…ロールルを教えてくれたのは神代さんだし…」

【異世界人連盟】に不満はあれど、神代自身にはそれなりに恩があると言外に言うリョウにレオンは疑問を投げる。

「…ふーん。そのマシなコーシャクさまの所で働こうとは思わなかったの?」

「貴族に抱えられるなんて冗談じゃ無いって言ったろ。それに、神代さんは今の料理人達だけで十分って人だしな」

リョウの答えを聞いて、レオンは神代が貴族の中でもマシと言われる所以を理解した。

異世界文化を独占しようと考える貴族なら、何が何でもリョウを抱え込もうとするだろうし、ロールルなどと言った田舎に案内しなかっただろう。

やはり、自分が惚れた女の男親なだけはあると、何故かレオンは得意気になった。

すると、レオンを呼ぶエヴァンの声が響いた。

「レオンくーん!そろそろ行こう!」

「あー、分かったー」

本当に分かってるのか?と問いたくなる様な返事をしてから、レオンはリョウに背を向けた。

「じゃ。その内、また来るから」

「…気軽に来れる距離じゃ無いだろ」

「あ、そっか。まぁ、気が向いたら来るって」

軽くそう言いながらレオンは荷馬車に向かって歩き出す。

すると。

「あ!リョーちんさぁ、ロールルに飽きたらウェルスに来れば?」

「…は?」

「とりあえず、ロールルには無いモンが有るし?あと、俺って言う遊び相手居るから、いつでも来いよ。じゃーなー」

リョウを取り巻く現状をまるで無視した物言いに、リョウは呆れて何も言えず去って行くレオンを見送った。

一行がロールル村から姿を消した後、リョウは食堂へ行き開店準備を進めながら呟く。

「…本当、簡単に言ってくれるな…あいつは…」

去り際の思い付きに揺れる自分を自覚しながら、ロールル村で過ごした5年間を思い返す。

イモンディルアナに召喚されたリョウは、この世界での再起を夢見た。

元の世界…地球のフランスで、リョウは日本料理とフランス料理の創作料理で店を出す事を夢見ていた。

しかし、夢の先行きが見えず、一料理人としてしか働けず、心身ともに疲れ切っていた。

そんな時、眩い光に包まれたと思ったら、イモンディルアナに召喚されていたのである。

アロウティを救って欲しいと懇願されたリョウだったが、料理以外に得意な事がないと答えた。

すると、異世界の料理に興味を持った一部の貴族が、リョウの料理を所望してきた。

それを好機と見たリョウは言われるままに料理を提供し、絶賛された。

これが自分の店を持つ足がかりになるかもしれない!

そう期待したが、実際には貴族のお抱え料理人の内定ばかりで、店を出したいと願うリョウの要望は却下され続け意気消沈。

何故、要望が通らないのか?と問い続けるリョウに答えたのは神代だった。

ならば他で更に再起を図るしか無いと考えたリョウは、神代にロールルを紹介され5年近くの時間をロールルで過ごしてきた。

【異世界人連盟】や貴族の力を借りずに店を出す算段をして来たが、最近では貴族の内定を蹴り続けて来た自分が、本当に店を出す事が叶うのだろうか?と見えない先行きにまた悩み始めて来ていた。

しかし、ロールルの村人達や、今の食堂の経営をしている宿屋の主人には恩がある。

神代が言っていた様に、リョウが来てからロールルは宿場村として以前より名を上げた。

そんな現状から逃げ出し、ウェルスへ活動拠点を移して良いのか?とリョウは頭を悩ませた。

結局、ウェルスでも同じ様になるのではないか?

自分の思い描く店を出す事は、永遠に叶わないのではないか?

地球で何度も思って来た事を思い始めた自分に嫌気が差す。

神代の言う様に諦めた方が良いのかもしれない。

あるいは今から地球に帰る事を考えるべきか?

しかし、地球に戻ればイモンディルアナでの出来事を全て忘れてしまう。

地球でやり直そうにも、そもそもやり直すと言う感覚が元に戻ったリョウには備わらない。

八方塞がり。

その言葉を思い浮かべて、リョウは深い溜め息を吐くのだった。

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